第5話 美少女編集者 尾崎 まこさん
学校に向かうため4人は玄関から外へと出た。
4人は「「「「いってきます、パパ」」」」と言い、僕は「いってらっしゃい」と笑って返す。
僕を背に姉妹たちは、新たなる一歩を踏み出していく。
心から4人にエールを送る。
「頑張れ!」
彼女たちが新しく通う、『私立第2北海道女子中学校』は、生徒数445人。北海道最大の女子中学校だ。場所はここから歩いて10分ほどの所にある。
本当はみんなお金がかかるという理由で、私立ではなく県立に入りたがっていたが、僕は親として断固拒否した。
お金のかからない普通の中学校でもいいけど、やっぱり世の中 学歴があって損はない。あったほうが将来の幅が広がるのはたしかだ。
僕は学歴のせいで、将来娘たちが夢を諦めるような事があってほしくないのだ。
僕はこの世の中が学歴社会だということを身をもって知っている。だからこそ前の学校の閉校と共に、彼女たちに今度は私立中学校に入ることを強く勧めた。
彼女たち今日から入学する『私立第2北海道女子中学校』は、高校、大学とエスカレーター式で上がることができる。
ここに引っ越してきたのも、ここの環境が子供たちに良いのと、この中学校が近くにあるという理由でだ。
4人を見送ったあとお茶をすすり、気を落ちつかせたあと、袖をまくり、腕をぐるぐると回して仕事に取りかかる気合いを入れる。
「さてと、あの子たちに負けないよう頑張らなくっちゃな!」
明日、『尾崎さん』が来る前に。
尾崎さんというのは、僕の絵本の担当編集者で、東京の出版社から1カ月に1度、この北海道まで原稿を取りに来てくれるのだ。
優秀な編集者なのだが、ぶっちゃけ苦手である。
理由は―――
《 ピ――――ン ポ――――ン 》
「は、は――い!」
あわてて玄関へと向かう。
一瞬、尾崎さんッ! と思いギクリッとしたが、尾崎さんが来るのは明日のはず。今日来るはずがない。ってか、来たらヤバい。まだ原稿は終わっていないのだから。
作家という人種は、常に締め切りに追われているものなのだ。自分の作品を世の中のみんなに読んでもらえるという幸福感はあるのだが、締め切りという圧迫された環境は、あまり体に良いものとは言えない。
だからこの職業をおいそれとは他人に勧める事はできない。なんらかしらの信念と情熱とハングリーさがないと続かないからである。僕なんかいつもギリギリまで原稿を書き直すため、締め切り前はいつもテンテコ舞いだ。幻覚すら見えるときもある。そして明日は原稿の締め切り日なのだ。
僕の担当編集である 尾崎 まこ(24)さんは、編集者として優秀なのだが、ぶっちゃけ苦手である。
見た目はもの凄く美人で胸も大きく、大人の色気むんむんという感じの女性なのだが、どうやら僕に好意があるらしく何かと迫ってくる。というか、1度 告白もされている。
彼女の事は嫌いじゃないけど、そのときの告白は断っている。その拍子で『心の声』を聞いてしまう。もちろん故意ではない。
普段はこの力をコントロールできているのだが、感情が高ぶるとうまく制御ができなくなって一瞬 暴走してしまうのだ。
彼女の心の声は純粋だった。
僕の絵本の大ファンで、僕の優しいところを本気で好きでいてくれた。
嬉しかった。
だが僕は、誰かと一緒になる事はない ――『今』は。
もし、彼女の好意を返すときは、娘たち4人が全員独立して、自分の家庭を持ち幸せになったときだ。
それまで僕は、誰かと結婚しないことを心に決めている。
それが娘たち4人を引き取り、立派に育てると決めた僕の覚悟であり、責任であり、信念なのだ。
母親がいた方がいいというのは正論だ。けれど僕はその人のことを、娘たちと同じように愛することはできない。断言して。
僕にとって何よりも、娘たちが一番なのだ。
それに誰かと一緒になっても、僕はこの力について一切話すつもりはない。
この『力』は使いようによっては、さまざまな悪用可能な力だ。持っていると知られれば娘たちに危害が及ぶ可能性もある。
だから僕は、この力の事をおいそれと話したりはしない。
何度でも言うが、僕にとって娘たちが一番なのだ。
この力を隠したまま誰かと一緒になるなんて良いはずがない。娘たちに悪影響だ。
それに僕は最低の人間だ。
誰かと一緒になる資格なんてないほどに。
僕は娘たちのためなら、この力をどんなに悪用しても構わないと思っている。
誰かに最低であっても、娘たちにとって最高であればいいのだ。いや違う。娘たちにとって最低でもいい。
娘たちが幸せであってさえすればいいのだ。娘たちのためなら命すらいらない。
だから僕は誰かと一緒にはならない。どんな相手でも、どんな事があっても。
尾崎さんは編集者として優秀だし嫌いじゃないけど、僕が告白を受け入れないと決めている以上、あきらめず迫ってくる彼女は、ぶっちゃけ苦手というしか他ならない。
「はい」
チャイムが鳴った玄関を開けると、目の前には、僕の担当編集である『尾崎 まこ』さん(24)が笑顔で立っていた。
「お、尾崎さんッ!」
微笑む彼女の姿に、心臓が止りそうになった。
(な、なんで、尾崎さんが……? もしかして、今日が締切日だったのか? いやいやいや、明日のはず。いやいやいや、今日だったか……う~ん)
何がなんだかわからず混乱して頭の中がグチャグチャになった。
僕には作家としてのプライドがある。
『締め切り日は絶対守る』――その誓いのもと、いつも締め切り日ギリギリに原稿を完成させていた。
だから このときの僕の動揺は半端ないものだった。
いつもどうりの明るい笑顔でペコリとお辞儀した。
「おはようございます、先生ぇ。原稿はできていますでしょうか? まあ、聞くだけ野暮ってものですよね、先生の場合は」
担当編集である彼女の言葉は、いまの僕にとってとてつもなく痛いものであった。
汗がドッと流れ出る。
「え、え――っとー……あのー……尾崎さん。きょ、今日が締め切り日でしたっけ?」
たどたどし聞くと、彼女はクスッと笑みを漏らし。
「もう、ボケないでくださいよぉ、先生ぇ。今月は1日早くなるって、先月言ったじゃないですか、もう」
「あ、あははっ……そうでしたっけ?」 (しまったァァ――――――ッ! 忘れてたァァ―――――――ッ!)
心の中で頭を抱えた。
「じゃあ、上がらせてもらいますね、先生ぇ。原稿読ませてくださいねぇ」
家へと上がり尾崎さんは、原稿が置いてある仕事場へと歩いていく。
恐る恐る彼女の背中に手を伸ばし。
「あ、あの、尾崎さん、待ってください……。じ、実は、まだ原稿ができてなくて……」
たどたどしく伝えると、足をピタッと止めて――
「ま、マジですか……?」
引きつった顔でこちらに振り返る。
「あ、あははっ……マジです、申し訳ありません……」
「あ、あの……いままで1度も落としたことのない先生が……。私が尊敬する先生が……。マジで落したんですか、マジで?」
「ううっ、マジです……申し訳ありません。今日の夜にはできるのですが……」
引っ越しのゴタゴタのせいでと言いかけたが、その言葉を飲み込んだ。
そんな事はいい訳にならない。僕はプロなのだ。プロである以上 現状を受け入れ、今どうするか考えるべきだろう。それがプロなのだと僕は思う。
それにこれ以上情けない事を言って、僕の作家としてのプライドに泥を塗る訳にはいかない。
癒すように彼女は微笑んだ。
「そうですか、わかりました。でも、仕方ないですよ、先生ぇ。今月は引っ越しとかのゴタゴタが色々ありましたからねぇ」
気遣い溢れる言葉に心が救われた。
さすが尾崎さん。作家の心を読み取りすかさずフォローしてくれる、一流の編集者だ。
「はぁ……。そう言ってもらえると、感謝です」
彼女は東大卒なのに、それを鼻にもかけず、僕みたいな学歴もない根暗に気さくに話し掛けてくれる。僕にはもったいない編集者だ。
尾崎さんは「んー……」と考え込み、閃いたように両手を叩いて、優しい笑顔を投げかける。
「わかりました、先生ぇ。じゃあ今日は、夜まで先生のお側にいますよ。今日、完成した原稿を社に持ちかえれば 締め切りは守った事になりますから、それまでここでお手伝いでもなんでもします」
「ありがとうございます、尾崎さん」
本当に良い編集者だ。
「いいんですよぉ、先生ぇ。私は編集者ですから。編集は作家の先生と苦労を分かち合ってこそ一人前なんです」
「本当にすいません。あなたにはこんな所まで来てもらっているうえに、今回は夜中まで待たせてしまう事になるなんて……」
「いえいえ、これが編集者の仕事ですから。できる編集者マコちゃんにおまかせって感じです」
口の端にぺろっと舌を出して可愛らしいポーズをした。
こうして僕は、尾崎さんと共に絵本を完成させる事になった。
おじさん、北海道で四姉妹を拾う 佐藤ゆう @coco7
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