第4話 娘は大変です


「パパ、みんな、ご飯できたよ!」


 台所から真琴が、テーブルに座る僕たちに声をかけてきた。


 テーブルに座る妹たち3人は各々がやっていることを片付け、台所から準備された自分たちの分の料理の皿を持ってくる。

 最後に、娘たち4人が僕の料理の皿を持ってきて準備は終わりだ。


 僕たちは両手を合わせて『いただきます』と言ったあと、真琴の作ったおいしい料理を食べ始める。


 真琴が作った料理は、焼き魚、味噌汁、漬物、ご飯、納豆の5品だ。

  シンプルだが真琴なりに色々工夫してあり特別においしい。


 真琴はみんなの母親代わりに近い。みんなの健康をよく考えて作ってある。材料費はほとんどかかっていないが、心のこもったおいしい料理である。僕なんかよりずっと親らしい。感謝である。


 いちおう僕は絵本作家として成功している。だからもっと高い食材を買う事もできるのだが、4人はもったいないと言いそれを拒んだ。これはきっと僕の影響だろう。

 僕には なんでも質素にしてしまうクセがあるのだ。

 原因は、昔から僕が贅沢な暮らしをまったくしてこなかったことが起因しているだろう。


 裕福に暮らすより、質素に暮らすほうが落ち着くのだ。

 娘たちも習い、家の高熱費や 食費などを節約することを自主的に手伝ってくれている。感謝である。


 けれど僕は、できれば娘たちには、将来に悪影響がでない程度には、贅沢な暮しをしてもらいたいと思っている。

 だが娘たちはそれを拒んだ。


 長女 真琴の意見。

「私はパパと同じ生き方をしたい。パパみたいな人になりたいから」


 次女 青子の意見。

「パパさえいれば、ぼくはなーんにもいらない」


 三女 光の意見。

「べ、べつにあたしは青子で同じで、パパさえいればそれでいいかな……がまんしてあげる」


 四女 鳴の意見。

「みんなと同じ……」


 という訳で、彼女たちの意見を尊重して、家ではいま絶賛省エネモード中なのだ。


       ◆◆◆◆


 ――時が進み、4人が学校へと向かう時間が近づく。


 椅子に座ったまま青子は天井を見上げ、感慨深そうにつぶやいた。


「はあー……。今日から新しい中学校か。楽しみだなぁ……ぼくぅ」


「そうね、青子。新学期、新学校、新友達、みんながんばりましょう」


 姉 真琴の鼓舞に、妹たちはうなづいた。


「じゃあ、そろそろ行こうよ」


 先導して青子が玄関に向かおうとすると

 真琴が 「あっ、待って!」 と呼び止めて、真剣な眼差しを妹たちに送る。


「みんな、学校ではできるだけ、パパにテレパシーをするのは禁止ね」


 姉からのいいつけに3人は動揺したが、真琴が睨みをきかせるとしぶしぶとうなづいた。


「パパは仕事が忙しいんだから、邪魔しちゃダメ。それにみんな、そろそろ親離れしなくちゃ。だから家でもできるだけテレパシーは禁止ね」


 長女 真琴からのいいつけに、妹たちは またしぶしぶとうなづいた。


《パパ!》


《な、なんだい、青子?》


 動揺した。

 約束した直後にテレパシーが送られてきたからだ。


《パパっ! ぼくはじゃんじゃんパパにテレパっていくからねっ。覚悟してよねっ!》


 悪びれることなく青子は明るい声を響かせた。


《て、テレパって……》


 先ほどの約束は何だったのだろう? 

 嫌々だったけど、ここまで蔑ろにするとは思いもしなかった。本当になんの効力もない。

 本気で僕は、青子への教育方針を間違えたと反省する。


《それじゃあねー、パパ!》


 明るい声と共にテレパシーがプツンと切れた。


(まったく……青子は……)


 娘の言動に頭を痛めていると――


《パパっ》


《な、鳴っ!》


 今度は 四女からのテレパシーが届いた。


《パパっ! いま、絵本の良いアイディア思いついたの。聞いてくれる 聞いてくれる!》


 いつも感情をあまり出さない鳴がかなり興奮ぎみである。


《そ、そうか……。じゃあ、あとでゆっくり聞かせてもらおうかな……》


《うん うん うん! これからも授業中とかに思いついたら、じゃんじゃんパパにテレパっていくからねっ! 感想頂戴ねっ、以上!》


《勉強しなさいッ、以上っ!》


 今度は僕の方からテレパシーを切った。


(はぁー……まったく……鳴は……)


 さらに痛める脳内に――


《パパ……》


《!》


 三女 光からのテレパシーが届いた。

 照れた声色で。


《パ、パパ……。だ、誰からもテレパシーがこなくなったら、寂しいでしょ? だから仕方なく、仕方なくだからねっ。あたしがじゃんじゃんテレパってあげるから、感謝しなさいよね……じゃあ……》


 プツンと、テレパシーが切れた。


(まったく、真琴以外みんな親離れできてないなぁ。約束した側からじゃんじゃん破って。前途多難だよ、まったく……)


 全力で痛める脳内に――


《パパ》


《ま、真琴ッ!》


 まさかの長女からきた。


《な、何か用かい、真琴?》


 動揺する僕に、不安そうに話し始める。


《パパ、私ね、新しい中学校で みんなをちゃんと導けるか不安なの。だからパパ、約束破っちゃうけど、何かあったらパパにテレパシーで相談してもいい?》


《かまわないけど、でも導くって? そんな肩肘張らなくても。みんなはもう子供じゃないんだし(かなりたぶん)》


《でも、私は長女だから……。みんなを守らなきゃいけない立場だから……》


 声からは強い責任感が感じとれた。


《わかった。何か不安や悩みがあれば、僕にじゃんじゃんテレパってくるんだ、いいね。いつでも相談に乗るよ。なんたって僕は、君たちの父親なんだからね》


 カッコつけて言った。う~ん、似合わない。


《うん、ありがとう。パパ、大好き!》


 嬉しそうな声とともに真琴はテレパシーは終わらせた。


(真琴は本当に真面目だな。責任感が強すぎるよ。同じ姉妹なのに、同じ日に生まれた4つ子なのに。あの日も、僕たちが出会ったときも、真琴は見ず知らずの僕に率先して話しかけてくれていた。きっと真琴はあの日 誓ったのだろう。僕と同じように みんなを守ると、妹たちを守ると……姉として。その想い、無下にするわけにはいかないな……よし、決めた! 真琴の妹たちに対するスタンスを安易に非難したりしないことを。客観的に見れば やはりおかしい。同じ歳の姉妹たちに対してあそこまで責任感を持つなんて。けれど、それが真琴なのだ。4姉妹は普通の人とはまったく違う人生を送ってきた。だからこそ普通の意見をただ押し付けるだけではダメなのだ。何がダメなのか、何が正しいのかを考え。普通なら間違った考えでも、姉妹たち1人1人に合っていると思ったら、その考えのもと行動させてみる。それが間違っていると思ったら、また考えを正していけばいい)


 そして考えた上で僕は、真琴の妹たちに対するスタンスは間違っていないと判断した。


 あとは その考えのもと行動する真琴を、ただ見守っていけばいい。支えてあげればいい。導いてあげればいい。

 何、簡単な事だ。


 真琴の妹たちへの責任感と同じくらいに、僕にも娘たちへの愛情があるのだから。


《パパ……》


《真琴!》


 一度テレパシーを切った真琴から再度送られてきた。

 照れた声色で。


《そ、その……パパ……。さっきの相談の件だけど、みんなには内緒にしてね……》


《うん、わかった。2人だけの秘密だね》


《うん! 2人だけの秘密だよ……ふふふっ》


 明るい笑い声とともにテレパシーを終わらせた。


 真琴は自分の弱さを、妹たちに見せたくないのだろう。常に自分は強く頼りがいのある姉でいたいのだろう。その想い、僕も見習いたい。そしていつか、そんな想いを背をわず生きてほしいと願う。


 そのためにも僕は、父親として成長しなくてはならない。そうすれば真琴の負担も減るのだから。


(もっと頼りがいのある父親にならなくっちゃな!)


 心に強く決意した。


 だが、だからといって、その強い想いを――子供たちに押し付けるような事はあってはならない。


 僕は娘たちによく、「親離れしなさい」 と言うが、それは押しつけではないのだろうか? 


 子供たちの成長を考えて言っている事だが、強要するのはどうだろうか? 


 よくよく考えれば あの子たちはまだまだ子供だ。子供は親に甘えていいものだ。甘えるのが義務みたいなものだ。


 僕は父親らしくあろうとして、あの子たちの将来を考え過ぎているのではないだろうか? 


 自立させることは大事だ。けれど、愛情も必要な年齢だ。

 もし、あの子たちが僕から完全に親離れしてくれれば、僕はとても嬉しい。

 けれどそれは、『今』するべき事なのだろうか?


(そうだな。まずはしばらく様子を見よう。あの子たちの自立を考えるのは、もう少しあとでいいはず。いまはあの子たちの愛情を受け入れ、僕はそれ以上の愛情を返せばいいだけだ。それがきっと あの子たちのためになると信じよう)


 父親として考え、結論を出した。


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