第3話 娘とテレパシー
リビングのドアを開けると、台所には真琴が立っていた。制服の上にエプロンを付けてとても似合っている。
僕たち家族は、この家に引っ越してきたばかりだ。
前の中学校は『過疎化のため閉校』
そのため新しい中学校の近くに引っ越してきたのだ。
4人が1年の3学期が終了した次の日に、この家に来た。
今日から新しい学校、新学期、4人の新しい旅立ちの日だ。
色々苦労はあるだろうが、みんなには頑張ってもらいたい。
もちろん、僕も親として最大限のサポートをするつもりだ。
僕の『特別な力』を持ってして。
――リビングに入ると、縦長のテーブルの先端の椅子に腰を降ろした。
それに真琴が気づき、台所から微笑みかける。
「パパ。もうすぐできるから、少し待っててね」
「ああ、ありがとう」
『ドタバタ』と2階から音がした。
他の姉妹の誰かが降りてきた音だろう。
階段を降り一番最初にリビングに入ってきたのは、うちの家族の中で一番明るい 次女の青子だった。
さきほどのパジャマから今日入学する中学校の制服に着替えていた。
「まこ姉ぇ――っ! ご飯できたぁ――っ!」
そしていつもどうりの第一声を響かせる。
真琴が「もうすぐよ」と言うと、青子は 僕の隣の席にドスっと座った。
「はい、パパ、ゲームやろう」
笑顔で携帯ゲーム機を差し出してきた。
「いや、僕はいいよ」
断ると少し残念そうな顔をしたが、すぐにいつもどうりの明るい笑顔に戻る。
「そっか、わかった」
そのままカチャカチャと遊び始めた。
またリビングのドアが開き、次に入ってきたのは制服に着替えた『三女 光』だった。
光はもう一つの僕の隣の席に座り、テーブルに重そうな化粧バックをドサッと置き、ギャル風のメイクを始める。
最後に、絵の道具を持って入ってきた四女 鳴が青子の隣に座り、絵を描き始める。
3人は各々違う事をしていた。
青子は携帯ゲーム機に夢中になり、光は化粧に夢中になり、鳴は絵の練習に没頭していた。
4つ子だけど4卵性4姉妹、性格も違えば やりたいことも違うようだ。
《ねぇーパパ》
頭の中に声が響いた。
台所で料理を作っている【真琴の声】だった。
《なんだい、真琴?》
僕も、真琴の頭の中に直接 声を送った。
そのまま僕たちは、誰にも聞こえない頭の中だけの会話を続ける。
《今日 私たち、新しい中学校に入学するでしょ?》
《そうだね。もしかして不安なのかい?》
《う、うん……。何かあったら、パパに相談してもいい?》
どこか落ち着かない真琴に、安心させるように話しかける。
《もちろんだよ。なんたって僕は君たちの父親なんだからねっ》
ちょっとカッコつけて言った。う~ん、似合わない。
《ありがとう、パパ。それとパパ、朝言った通り、もう徹夜して仕事しちゃダメだからね》
《あ、ああ、わかっているよ……》
頭の中で、真琴に2、3分ほど説教を受けた。
《わかった、パパ? それじゃあねぇ、パパ》
《う、うん……》
プツン――という音と共に、僕たちの誰にも聞こえない頭の中だけの会話が終了した。
僕にはある『力』がある。
それは《テレパシー》と呼ばれる力だ。
この『力』は人の心を読んだり、人に自分の心を伝えたりする事ができる。
この力は、僕が7歳のときに身につけたものだ。
もし人が、この力を僕が持っていると知れば、僕を羨むだろう。だが違うのだ、逆なのだ。
この力を持っていない者を、『僕が羨むのだ』
この力は いまはコントロールできているが、昔は無意識に周りの人の心を読んでしまっていた。
人の心を知るという事は恐ろしい。
隠し事や、人の醜い部分を本音で聞いてしまうのだから。
だから僕には、友達ができなかった。
避けていたのだ『人』が怖かったから。
それに、人の心を聞いてしまう罪悪感もあった。
だから僕は『絵本作家』を目指した。
理由は2つ。
1つは、この職業はある程度 人と関わらずに済むから。
そして2つ目にして最大の理由は、僕は子供が大好きだからだ。
子供は純粋だ。
言葉と心が真逆という事はほとんどない。
僕の心を癒してくれた。
だから僕は、子供たちに敬意を持って絵本を描き続けている。
僕がこの力をコントロールできるようになったきっかけは、あの子たち4姉妹に出会い、家族になった時だ。
あの冬の寒い空の下で。
『 僕は子供ができない 』
原因は、重度の風邪にかかり、後遺症で子供ができない体になってしまったのだ。
【 絶 望 】
それを知ったときの僕の脳裏には、その言葉以外まったく思い浮かばなくなってしまっていた。
そして雪の降る病院の帰りに、家の前であの子たちと出会い、僕たちは家族になった。
あの日、誓ったのだ。
この子たちを育てる上で、この力を封印、またはコントロールすることを。
そして努力の末、この力を制御することに成功した。
4人と出会い、僕は変わった。
人生そのものが明るい方向に変わったと言っていい。
娘たちが『孤独』から、僕を救ってくれたのだ。
いまではテレパシーを使い、僕が娘たちへ伝えたい事があれば、娘たちの心のチャンネルを開くことにより、どんなに離れていてもテレパシーで会話することができる。
逆に、娘たちが僕の心のチャンネルを開けば、娘たちはどんなに離れていても僕とテレパシーで会話することができる。
心のチャンネルを開くには、お互いに強い信頼関係と、この力について詳しく知っている必要があるけど、それは十分すぎるくらい僕たちは満たしているだろう。
この力については、彼女たちに会ってすぐに伝えている。
気味がられてもいい。嫌われてもいい。迫害されてもいい。その想いで すべてを話した。
この力を隠して家族になるだなんて、間違っていると思ったから。
誰も知らない。誰にも言っていない。誰も持っていない『呪われた力』を、このとき初めて話した。もちろん恐怖心はあった。
たとえ運命を感じた子供たちでも、さんざん苦しめられ、憎んだこの力の事を話すのだから。
だが その恐怖心を、『覚悟』が遥かに上回った。
話したあと4人は、僕の心の中に語りかけてくれた。
真琴は優しくなだめるように。
《おじさん、ありがとう。そんなだいじなひみつを、わたしたちに話してくれて》
青子は歓喜しながら。
《かっこいい、おじさん! スーパーヒーローみたい!》
光は照れながら。
《あ、あたしは気にしないよ。おじさんになら、心を読まれてもいいし……》
鳴はクールに。
《鳴はどうでもいい。おじさんも、そんなどうでもいいこと気にしないで》
嬉しすぎた。
彼女たちの心に触れて、涙がポロポロとこぼれた。
まるで、いままで溜めこんできた《心の闇》が一気に崩壊するように。
「「「「 ごめんなさい、おじさん! 」」」」
4人が申し訳なさそうに謝った。
「なんでだい?」
真琴は眉をひそめ。
「だって……おじさんを私たち、さっきから泣かせてばかりだよぉ……」
不安を色濃くする4人に、僕は満面の笑顔を投げかける。
「これは……嬉し涙だよ……」
「「「「 嬉し涙? 」」」」
僕は嬉しすぎたのだ。
この子たちが、この『忌むべき力』を受け入れてくれた事が。
生きてきて初めて、人の心を読めてよかった――そう思えた。
だって彼女たちの心の声は、僕がずっと恋焦がれていたものだったから。
僕はこの力を受け入れてくれる――そんな人が現れてくれることを、心の奥底でずっと願っていたのだ。けど、無理だと諦めていた。でも、現れてくれた。目の前に4人も。
彼女たちは、この力を受け入れてくれている。そして愛そうとしてくれている。こんなに嬉しいことが、この世にあったなんて知らなかった。
感動に酔いしれる僕を、4人は不思議そうな顔で見つめていた。
「おじさん……。おじさんのこえが、わたしの頭の中から聞こえてくるよ?」
「えっ?」
真琴の言葉に他の3人もうなづいた。
どうやら4人とも同じように聞こえているようだ。
――このときの僕には、テレパシーという力が 人の心を読むだけだと思っていたため、僕の心からあふれた声が、4人に聞こえているとはわからなかったのだ――
「いったい……何が聞こえているんだい?」
真琴はモジモジ照れくさそうに。
「お、おじさんが、わたしたちのことを大好きだって……」
どうやら本当に聞こえているようだ。
「そうか……君たちの『心の声』も聞こえているよ」
「なんて?」 と4人は口をそろえた。
満面の笑顔で伝える。
「 今日からみんな家族だよ 」
この日から、僕たち5人は家族になった。
あのときがあって、この力を制御することを決意した。
いまでは、人の心を無意識に読む事もなくなった。ほぼ完璧に、この力をコントロールできるようになったのだ。
テレパシーを使い僕たちは、どんなに離れていても頭の中で会話する事ができる。
僕たち5人は 心で繋がっているのだ。
この繋がりは他の家族にはない、僕たち家族だけの繋がりだ。
この力は、もう忌むべき力ではない。
僕たち家族の『愛の絆』なのだ。
だが僕は、この力がまだ苦手である。
長年 心に染みついたモノはそう簡単に消えるものではない。でも、娘たちはこの力を愛してくれている。
だから僕も愛そう。
この、娘たちが愛してくれた『絆の力』を。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます