第2話 4姉妹の可愛い日常
――月日は流れ、今日から4姉妹は『中学2年生』になる。
僕はというと、自室で すーすーと眠っていた。
仕事である絵本の執筆活動を終わらせて、畳に座り、机に伏したままで。
自室のドアが、バンと開かれた。
向こうから、真面目そうな少女が声をかけてきた。
「パパ、起きて。朝だよ」
この少女の名は『真琴』
あの冬の寒い空の下、僕に率先して話しかけてくれた子である。
◆4姉妹プロフィール。
長女『田中 真琴(たなか まこと)』
中学2年生。身長155cm。
長所 料理が得意(プロ級)
短所 真面目すぎる(僕もよく怒られる)
真琴は4姉妹の長女で、4人の中で一番しっかりした子だ。
料理を作っている途中だったのだろう。
制服の上にエプロンを付けて、手には『お玉』が握られていた。
「おはよう……真琴ぉ……」
眠い目をこすり、顔を机に伏したまま朝の挨拶をした。
「おはよう、パパ。もうすぐご飯できるから、早く起きてね」
「……ああ……わかった……」
畳に座ったまま、うつ伏せになっていた机を見ると、よだれが垂れていた。どうやら寝ている間に垂れたものらしい。
毎回思うのだが、絵本の執筆活動中に寝てしまっても、僕は原稿を下に眠った事がないのだ。気付かないうちにいつのまにか端に寄せているのだ。謎だ。
そんなどうでもいい事を考えているうちに、真琴がそばに来て、机に垂れている よだれをティッシュで拭いて、僕を見下ろし肩をすくめる。
「パパ……。机で寝ちゃダメだって、いつも言ってるでしょ?」
「す、すまない……」
娘に説教を受けながら、ずれたぐるぐるメガネをクイっと上げる。
「パパ、ちゃんと布団で寝なくちゃ。腰とか痛めちゃうよ?」
「ああ、わかっているよ……」
心配そうな表情から、どれだけ僕のことを想って言っているのか痛いほど伝わってくる。
(……情けないぃ……。朝っぱらから娘に説教されるとは。真琴は家族のため、朝早くから起きて料理を作っているというのに……)
真面目な真琴はみんなの母親がわりに近い。ちょっと厳しいけどね。
「パパ……。徹夜して絵本を描いてるから机で寝ちゃうんだよ。体に悪いよ。いくら見た目が高校生に間違われるからって、若者気分で無茶しないでよね」
「あ、ああ……気をつけるよ……」(見た目が高校生か……。父親として全然嬉しくないな。周りからもよく兄と間違えられるし、どうにか威厳がある父親風に老けないものだろうか?)
考えているうちに、真琴が僕の目の前に『小指』を差し出してきた。
「はい、パパ。……指切り」
どこか照れくさそうな表情だ。
「「 ゆびきりげんま、うそついたら針せんぼんのーます。ゆびきった 」」
歌い終わり真琴は名残惜しそうに小指を離した。
「パパ。今度こそちゃんと『約束』を守ってよね?」
「ああ、わかった。今度こそちゃんと守るよ」
苦笑して言うと、真琴はあきれた顔で吐息をこぼす。
「はぁ……。わかったわかったって言って、いつもほとんど守ったことがないくせに」
「うっ。信じてくれてもいいだろ? 『仮』にも父親なんだしさ」
気まずそうに言うと、真琴はムスっとした。
「『仮』じゃなくて、本当の父親だと思っているから信じないの。ちゃんと守ってほしいから。本当のパパだと思っていなかったら、こんなに何度も言わないよ。本当に針千本飲ませちゃうんだからね。累計100万本くらいになっちゃうんじゃない?」
恐ろしい事を言う。だが嬉しかった。
本気で誰かに心配されて説教される。それは幸せな事なのだ。
両手をパンと合わせ。
「本当にすまない、真琴! 明日は締め切り日なんだ、勘弁してくれぇ」
情けなく謝る僕を見下ろして真琴はため息をこぼした。
「だからってね………んっ!」
何かに気づいて真琴は、畳に座っている僕の足にかけてある『毛布』を両手でつかむと、勢いよく引っぺがした。
「あっ! 青子! やっぱりあなたね」
中には、僕の膝を枕に すやすやと眠る、うちの次女 『青子』の姿があった。
長い黒髪が特徴の子だ。
◆4姉妹プロフィール
次女『田中 青子(たなか あおこ)』
中学2年生。身長155cm。
長所 テレビゲームが得意(すごく好きらしい)
短所 甘えん坊(4姉妹の中で一番)
真琴は持ってきたお玉を振り上げて――ヒュンっ――と、僕の膝を枕にしてすやすやと眠る、青子の頭めがけて振り落とした。
―――ポカン!
「あうちッ!」
頭を押さえて身悶える妹を、姉の真琴がキツく見下ろした。
「コラっ、青子! 何度も言ってるでしょ。パパの部屋に勝手に入って寝ちゃダメだって!」
説教を受けながら青子は叩かれた頭を撫でながら寝ぼけた目をこする。
「い、痛いなぁ……まこ姉ぇ……。むにゃぁ~~」
「あ、青子、いつのまに僕の膝に?」
膝を枕にしたまま にっこりと笑う。
「パパ、おはよう」
そして表情を甘く変え。
「パパぁ……。あと5分、ここで寝てもいい?」
―――ポカン!
「 あいてェ――ッ! 」
もう一度 お玉が、頭に振り落とされた。
さきほどとは逆部分を叩かれ、痛む両部分を 両手で擦っている。
「い、痛いなぁ……もうぉ……まこ姉ぇ……。2度も殴らないでよぉ……」
涙目の青子に、姉の真琴が諭すように言う。
「青子……。もうそろそろ『親離れ』しなさい。パパだって迷惑してるのよ」
「 ええええええっ! ヤダああああっ! 」
――――ポカンっ!
「あいたぁ――ッ!」
3度目の痛みに涙目で訴える。
「パパぁ、まこ姉ぇが暴力振るうよぉ! 叱ってよぉ、怒ってよぉ、オシオキしてよぉっ! あっ! ぼく、パパにならお仕置きされてもいいよぉ」
膝を枕に、笑っている青子が心配になり、さすっていない中央部分を撫でてあげる。
(お仕置きされてもいいって、どこか打ちどころでも悪かったのかな?)
すりすりと撫でたあと表情をキツく変えて言った。
「真琴の言うとおりだよ、青子。そろそろ親離れしなさい」
「じゃあ、パパだってやめなさい」
「えっ? 僕はちゃんと子離れしているよ」
「違う! 子離れしようとするのをやめなさい!」
「ま、まったく……君は……」
娘の言動にあきれて頭痛がした。
そんな青子の襟首を、真琴が後ろからガシッとつかみ――
「はいはい、わかったわかった」
ズルズルと部屋から連れ出した。
そして僕に微笑み。
「パパも、もうすぐご飯できるから早くきてね」
「は、はい……」
青子を引きずったままリビングのほうに向かっていった。
引きずられる青子を見て思う。
(教育方針、間違えたかな?)と。
他の姉妹も含め、僕なりに厳しく接してきたつもりだ。だが長女 真琴からは 「パパ、甘いよ」 と言われる始末、情けない。
父親としての不甲斐なさを痛感しながら、寝グセでボサボサの頭を掻いた。
「なんだかなぁ……」
「 パパ…… 」
振り向くと、いまどきのギャルのような見た目の『三女 光』が、むすっとしてドアの前に立っていた。
◆4姉妹プロフィール。
三女『田中 光(たなか ひかり)』
中学2年生。身長154cm。
長所 化粧がうまい。
短所 化粧が長い。
「おはよう、光」
「おはよう……パパ」
そっけなく朝の挨拶をすると部屋に入ってきた。
そして僕の前までくると少し不貞腐れた態度をとる。
「パパ。青子のヤツ、またパパの部屋で勝手に寝てたの?」
「ああ、困ったものだよ。まったく……はあ~……」
嘆息する僕を見下ろして小声で囁く。
「ずるいよぉ……パパぁ……青子ばかり……。あたしだって……」
「えっ? なに?」
聞き逃してしまい聞き返すと、光は頬を赤くし。
「なんでもないわよォ! バカパパァ!」
耳がキーンとした。
(む、難しい、思春期の子供の心は……。色々と多感的な考えが多いからな。やっぱり男親じゃ、すべてを理解するのは難しいのかな?)
腕を組んで悩んでいると、光は頬を赤く染めたまま目をそらし。
「ぱ、パパは、青子とよく寝てるみたいだけど……。ぱ、パパは、青子みたいな女が好みなの?」
「こ、好みって、冗談でもそんな事を言うのはやめてくれよ、光。君たちは僕の大切な娘なんだよ。好みとは正反対だよ」
表情を暗く落とし。
「じょ、冗談じゃないしぃ……」
「えっ? 何」
また聞き逃してしまい聞き返すと、光はさらに顔を赤くし。
「なんでもないわよォォォォォッ! バカ パパァァァァァッ!」
耳が キ――――ンとした。
「もういいッ!」
顔を真っ赤にして部屋から出ていってしまう。
「なんだかなぁ……」
いぶかしげにボサボサの頭を掻いた。
(ダメダメだなぁ、僕は。もっと精進して、子供たちの気持ちをわかるようにしないと……。このままじゃ父親として失格だよぉ……)
父親としての不甲斐なさを再度 痛感しているとき――
「パパは悩まなくていいよ」
ドアの向こうからボソッとした声がした。
振り向くと、4姉妹の『四女 鳴』が無表情でドアの前に立っていた。
◆4姉妹プロフィール。
四女 『田中 鳴(たなか なる)』
中学2年生。身長151cm。
長所 何でも一通りできる事(絵以外)
短所 彼女いわく、何でも一通りできてしまう事(絵以外)
「おはよう、鳴」
「おはよう、パパ」
いつもどうりの無表情で部屋に入り、畳に足を組んで座る僕の『股の間』に、背中を向けたままスポッと座ってしまった。
「悩まなくていいって、どういう意味だい?」
流し目で僕をチラリと見て。
「光姉さんは『ツンデレ』だから、言葉どうりに受け取ってたら損するよって意味」
「『ツンデレ』?」
聞きなれない単語に疑問を抱く。でも、どこかで聞いたことがあるような?
それを思い出そうとしていると――
「 誰が ツンデレよおおぉぉ―――ッ! 」
後ろから大声がして振り向くと、さきほど部屋から出ていった『三女 光』が顔を真っ赤にして後ろに立っていた。
どうやら僕たちの会話を聞いていたようだ。
「ツンデレだけじゃないよ。ファザコンも追加ね」
姉の方を見ずに鳴が言うと、光は全身をわななかせ。
「ふぁ、ファザコンでもなぁ――――い!」
「ファザコン? そうなのかい?」
真っ赤な顔の光に問いかけると――
「ち、違う……!」
うろたえ後ずさった。
姉の方を見ずに再度つげる。
「光姉さんは、パパを好きすぎて素直になれないだけだよ。服の匂いとかよく嗅いでるし」
「そ、そこまではしてないしっ!」
「えっ? そこまでって?」
もう一度問いかけると光は「あうっ!」と一歩下がり、顔を真っ赤にしたまま走り去ってしまう。
娘の奇怪な言動に呆然とした。
「光はいったい、どうしてしまったんだろう?」
鳴は「はぁー」と長いため息を漏らし。
「パパにはずっとわからない事だよ……」
「へっ?」
「鈍感ってこと」
「へっ?」
本当に思春期の子供の心はよくわからない。
「そういえば鳴、絵本の勉強はどうだい?」
「ぼちぼちでんなー」
なぜか関西弁で答えた。
鳴の将来の夢は、僕と同じ絵本作家になる事だ。絵の才能はあまりないが、話しを作る才能は姉妹の中でもピカ1だ。僕がアイディアに詰まったときには よく手伝いをしてくれている。良い子なのだが表情の変化が乏しく、4姉妹の中で一番心情を察するのが難しい。
(まあ、男の僕が、女の子の気持ちをわかろうとするのが そもそもの間違いなのかもしれないけど……。でも、理解してあげたい……娘たちを……)
いつだってそういう気持ちはある。
たとえできなくても理解ある父親を目指していきたい。
それが彼女たちの父親になった僕の責任であり、覚悟であり、愛情なのだから。
鳴は、僕の足の間から立ち上がり。
「じゃあねぇーパパ。鳴はいくねぇ」
「うん」
のろりくらりと部屋をあとにした。
僕と娘たちが家族になってから約10年。
僕たちはうまくやっている。
僕は娘たちを本当の子供のように愛してきたつもりだ。
だが最近少し思う。
『ちょっと甘やかしすぎたかな』と。
特に、青子と鳴は僕にべったりだ。厳しくしないといけないとわかりつつも つい甘やかしてしまう。親離れさせるのも親の責務なのだ、しっかりやらないと。
心に誓い、腕を上げて伸びをしたあと、朝食を取るためリビングへと足を運ぶ。
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