たとえば雪の降る駅のホームで。
初瀬:冬爾
クラスメイト
佐倉あまねは、駅のホームで一人立っていた。
あまねは、良くも悪くも平凡な少女だった。
高校に入って、張り切って染めた茶色い髪はボブカット。ちょっと垂れた目。色白の肌。
日々に悩みはあっても、テスト嫌だな、とかで。深刻な問題を抱えているわけではないし、いじめられているわけでもない。私は大丈夫。
ああ、だけど。友達は、居ないなぁ。あまねは白い息を吐き、寒そうに震えて、マフラーに顔を埋めた。
次の瞬間。突然、くしゃり、と顔を歪めた。小さな口から嗚咽が漏れ始める。悲しくて、苦しくて、仕方がない。でもどうすればいいか分からない。か細くて、でも堪え切れない悲鳴だ。
あまねの周りには誰も居ない。ただしんしんと雪が降っていた。だからこそ、あまねは泣けた。誰も知らなくていい。こんな身勝手で、烏滸がましくて、浅ましい私のことなんて、誰にも知られてはいけない。
あまねが泣けるのは、この駅でだけ。
電車が来るまでの僅かな間だけ、あまねは世界に許される。親も、先生も、自分でさえ許せないような、自分のこと。
毎日、毎日、気を抜いたら泣いてしまいそうで、歪な笑みしか作れなくなった。ちょっとでも優しい言葉をかけられると、泣いてしまう。
あまねは一人で、声をあげて泣いた。
三上は、そんなあまねを、初めて見た。教室ではいつも一人で、親しい友達も居ないようだったが、一度だってこんな表情はしたことが無かった。何があまねを苦しめているのだろう。誰か彼女に、大丈夫だよ、と声をかけてあげてほしい。誰でもいいわけじゃない。心の底から優しくて、彼女の悲しみを、そんなことで、と言わない。そんな誰かが、彼女の傍に居てくれないか。俺は心の底からそう思った。
そうして俯いたとき、俺の両手が目に入った。細くて、白くて、頼りない腕。節の目立つ指。でも、確かに暖かかった。
ただのクラスメイトの男子に突然話しかけられたら、佐倉はどう思うだろうか。
パッと、佐倉が俺を振り返った。驚いた顔をして、次に、死んでしまいそうなくらい、絶望した顔をした。
瞬間的に、まずい、と直感した。もう直ぐ電車が来る。遮断機の閉まるときの、甲高い音が響く。
ファーン
降りしきる雪の中を、黄色いライトを付けた電車が走ってくる。駄目だ、佐倉。
俺は次に起こることを予測して、彼女の手を繋いだ。やっぱり、彼女の体は俺と逆方向に躍りだそうとしていた。電車はキキーッと音を立てて、俺たちの目の前に止まった。
「……あ、あのさ、佐倉。」
「な、ぁ、に?三上くん」
「無理して笑うなよ。」
取り繕って浮かべた笑みは、この一言ですぐ剥がれた。嗚咽を無理やり飲み込んで、俺の名前を呼んだけど、途切れ途切れだった。
「俺さ、佐倉からしたらあんま仲良くないクラスメイトだけどさ、今佐倉のために、できることあるか」
一瞬の沈黙のあと、佐倉の目から、ぽろぽろ涙が零れた。
俺の手にも涙は落ちたが、それはとても温かかくて、俺はとても、安心した。
たとえば雪の降る駅のホームで。 初瀬:冬爾 @toji_2929
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