◯矢中田家の話 耕輝

 嘘だ。こんなこと、あるはずがない。

 

 この科学の時代に、こんな化物がいて良いはずがない。よりにもよって我が社の地下に。私はきっと、あの怪しげな、霊能者なんかを名乗る女に担がれているのだ。そうに違いない。


 何度心のなかでそう言い聞かせても、目の前で蠢く肉感的な「何か」の実在感は圧倒的だった。


 祖父は、矢中田耕造は、会長であり母である雪子の助言をよく求め、彼女の言葉を経営に反映していたと聞いていた。雪子は勘が鋭くて、占い師のように物事の吉凶を言い当てたという。

 

 田舎百姓の道楽から始まったスノウ製菓が、祖父の一代で大企業まで登りつめたのには、彼女の神がかりと言えるほどの力が大いに貢献していた。そんな神話めいた話は、創業者矢中田耕造の伝説のひとつとして、私の世代へ伝わっていた。


 手放せなかったのだろう。祖父は、雪子を――彼女の力を。


 ――ずるいじゃないか。


 これはうさんくさい占いなんかじゃない。もっと特別な力を持っている。皆が皆、休みも給料もいらない、私だけに忠実な下僕になるのだ。

 

 私は声を上げて笑った。私を凡庸と称した世間も、密かに見下す役員たちも、世襲で社長に就いただけの無能と評価した全ての人間を、見返してやれる。


 化物だって、飼いならしてみせる。


 かぞくはたいせつにしなければいけませんよ、その肉塊あじゃさまは笑い続ける私を、そう言って窘めた。

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