□藤村勇那の話 矢中田雪子

 瑞穂ちゃんとの通話を終えた俺、こと藤村勇那は、オフィスの自席で頭を抱えていた。

 平日昼の新聞社のオフィスは、取材やら昼食やらで人が出払っていて、幸いにも俺の様子を気にする人間はいない。

 

 とうとう、彼女のご両親……スノウ製菓の社員ではない人間にまで影響が出たという。――事態は、一刻を争うようだ。


 というか、ここまで来ると逆に瑞穂ちゃんが「あじゃさま」の影響を受けていないことが謎である。変化のトリガーは、一体なんなのか。

 

 考えても答えは出ず――俺は思考を逃避させる。そういえば、ご両親の件が衝撃的すぎて忘れてたけど、ネカフェ難民って言ってたか? 若い女の子が長期間居て良い環境じゃないだろ。

 次連絡するとき、うちに泊まるように勧めよう。狭いけど、ネカフェの個室よりは多分マシだ。


 ……一人暮らしの野郎の家に泊まるのは抵抗あるかもしれないけど。安心してもらうためには、これまで濁してきたこと――俺がこの件に首を突っ込み続ける動機について、そろそろぶっちゃけてしまった方がいいのだろうか。……おそらく、彼女は気にしないだろうし。


 そんなことをつらつらと考えていると、俺の手元のスマホが振動した。瑞穂ちゃんからのメッセージだ。


「矢中田雪子……?」


 彼女からのメッセージと、写真に取られた文章、「創業者の手記」を読んで、俺は慌ててこれまで集めた資料を引っ掻き回す。


 ――矢中田雪子、スノウ製菓創業者である矢中田耕造の母親で、会長として創業初期を支えた女傑である。

 

 彼女はあまり公に出てくることはなかったらしく、その記録は少ない。……確か、雑誌か何かのインタビュー記事は見つけたような。そして、スノウ製菓の本社ビルが建ったのと同時期に亡くなっている。

 

 その死因は、他殺であったらしい。けれど、奇妙なことにそれに関する記事はほとんど残っていない。犯人が誰かも報道されていない。圧力でもかかったか。


 ――スノウ製菓に関する一連の現象。これは、彼女の霊魂が引き起こしているのだろうか。


 そんなことを考えながら画面を睨みつけていると、ふたたび手の中のスマホが振動した。着信だ。


 ――表示された「端中はたなか姫香ひめか」の名前を見て、俺は慌てて受話アイコンをタップする。


「……はぁい、姫香さん。お久しぶり。元気?」


 明るさを装って電話に出た俺に、通話の相手は露骨な舌打ちをした。

 

「下の名前で呼ぶなつってんだろ。ぶっ飛ばすぞ」

「あはは……すいません」


 彼女のいつもと変わらぬ口の悪さに、俺はどこか安堵しつつ、気持ちのこもらない謝罪を返した。


 彼女――端中姫香は、俺の友人、兼、仕事上何かとお世話になる情報源である。宮下から託されたUSBを横流しした相手――警察の人間だ。

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