■芦原瑞穂の話 木吉湊

 約束の土曜日、私と藤村さんは指定されたカフェで、彼女――木吉湊さんと向かい合っていた。日当たりの良いテラス席では、秋の柔らかな光が差し込んでいる。


「ご結婚、されたんですね」

「ええ、退職してしばらくして。新しい苗字はまだ呼ばれ慣れないから、下の名前で呼んでくれるかな?」


 簡単に自己紹介を済ませた後で私が言うと、湊さんは笑いながらまだ新しい結婚指輪をそっと撫でた。


「……私、湊さんのこと男性だと思ってました」

「え、そうなの?」

「データベースに性別欄あるはずなんですけど、見逃してたみたいです。写真も見てなかったですし」

「どっちとも取れる名前だもんね。みなと、って」


 湊さんはそう言って微笑んだ。綺麗な人だ。落ち着いた黒髪のショートヘアから、シンプルなダイヤのピアスが覗いている。服装は淡い黄色のTシャツに細身のジーンズとラフなものだったけど、それでも十分に上品な雰囲気を崩さずにいる。

 

「……というのと、若くして課長になられた超デキる人、っていうのを聞いていたので」

「はは。そんなこと言ってた人がいたの?」


 彼女は声を出して笑う。どこか、見た人を安心させるような魅力のある笑顔だった。

 この人が上司だったならきっと、憧れただろうな、と思う。

 

 湊さんはブラックのままのアイスコーヒーの氷をストローでかき混ぜる。それは、どこか落ち着かない様子にも見えた。


「実際、昇進した時は色々言われたのよ。女だから下駄履かせてもらったんだろって。……まぁ、あんな辞め方しちゃったから、結局それも当たってたのかもね」

「退職代行会社を通じて、辞められたと聞いています。……どうしてそんな極端なことを?」

「……もう二度と、会社の人に会いたくなかったから」


 ふぅ、とため息をついた湊さんは、真剣な眼差しで私と藤村さんを見る。


「……気づいてるかもしれないけど、あの資料を集めて、あそこに置いたのは……私なの」

「……はい」

「これから、変なこと話すと思うけど、ごめんね」


 湊さんは長い睫毛を瞬かせ、大きく息を吸う。そして覚悟を決めたように口を開いた。


「……うちね、いわゆる霊感もちが多い家系でさ。良い気配とか悪い気配とか、人の念とかオーラとか……。幽霊とか。そういうの、わかる事が多いの。私は少しだけだけど、祖母は力が強かった」


 そう前置きして、湊さんが語ったのは、こんな話だった。

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