■芦原瑞穂の話 電話
手紙を読み終え、御霊華也氏との通話データを聞いた私は、しばらく口を開く事が出来ずにいた。藤村さんは渋い顔で、私の顔色を伺っている。
みずほ。――甲高い声のそれは、たしかにそう言った。
「私、完全に認知されてますね。……そりゃそうか、こんなハガキまで届くくらいだし。あはは」
無理矢理に笑ってみせると、藤村さんは何か言いたそうな顔をしたけれど、言葉探しを諦めたように唇を引き結んだ。
「……とにかく、スノウ製菓には昔から、『守り神』っていう良くないものがいる、らしい。霊能者の長年にわたる封印が解けて、何か――良くないことになってる。漠然としすぎてるけど、そういうこと……なのかな」
――守り神。崇めることで繁栄を与えてくれる、人智を超えた存在。
私の愛するホラー小説では、そういうものは必ず何らかの見返りを求めてくる。例えば生贄――人の、命とか。そして、それを利用しようとする欲深い人間たちは、例外なく破滅へ向かって転がり落ちていく。
そんなものが、本当に存在するんだろうか。
「『守り神』の正体がわかれば、何か対処する方法もわかるかもしれない。引き続き、調べよう」
「……はい」
私が頷くと、藤村さんは形の良い眉を下げて微笑んだ。
「さて、俺から共有できるのは、これだけ。華也さんに追加の資料を送ってもらう予定だから、来たら連絡するね」
「ありがとうございます」
藤村さんは手紙を懐にしまうと、何かを促すように手のひらをこちらに向けた。私は頷いて、自分のスマホのロックを解除する。
「……じゃあいよいよ、佐川湊さんにかけてみますね」
電話アプリを立ち上げて、メモに書かれた電話番号をプッシュする。会社のデータベースを盗み見て控えてきた、佐川氏の番号だ。
――退職から半年以上たっている。電話番号を変えられていないことを祈りながら、無機質なコール音が流れるのを聞いた。私はスピーカーをオンにして、スマホをテーブルの上、私と藤村さんの中間に置く。
コール音が十回を超えた頃――ぷつり、という音がした。相手方が電話を取った合図だ。
「……もしもし」
「もしもし? あの!」
逸る気持ちで、声を出す。しかし、続いたセリフで私の気持ちは一気にどん底へと落ちた。
「……はい、木吉ですが」
電話の向こうから聞こえる女性の声に、藤村さんと私は顔を見合わせた。
佐川湊じゃ、ない。
……電話番号を変えていたのだろう。手がかりが一つ消えたことに失望が隠せず、私は二の句が継げなかった。
「……もしもし?」
黙ってしまった私たちに、電話の女性は不審そうに話しかけてくる。私は慌てて続けた。
「……あ、すいません。あの、こちら……佐川湊さんのお電話だと思ってかけた……んですが」
私が続けると、女性は小さく「ああ」と言い、話を続けた。
「佐川湊は、私ですが」
私と藤村さんは再び顔を見合わせた。
*
そして、宮下くんの死について話が及んだ時、電話の向こう側で、はっきりと彼女が息を呑む音が聞こえた。
そして、会って話がしたいと懇願する私の言葉に、少しためらいはしたようだが、最終的には折れてくれた。
「ありがとうございます!」
「いえ……では、明日」
木吉湊氏は、そう言うと通話を切った。ホッとして私も、まずはスピーカーの設定を解除する。
スマホを手に取り、ツー、ツーという音を聞きながら、切話ボタンを押そうとして、その音に気づいた。
――――――――――にぁ
「……どうした? 瑞穂ちゃん」
「……猫?」
「え?」
「……猫の声が、しました」
藤村さんは何も言わず、気味悪そうに私のスマホを眺める。私は耳にこびりつく鳴き声を振り払おうと頭を振った。
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