この会社は実在しません

田崎未羽の失踪について

覚書

　・ 田崎未羽の失踪について

　・ スマホの録音データの書き起こし

　田崎のこと？　……どこで聞いたの？

　噂で？　……ええ、一年目の子たちにも噂になってるのかぁ……。まぁ、センセーショナルな話題よね。なかなかないとは思うわ、社員が失踪なんて。

　私も詳しいことは知らないよ。確かにたった二人きりの女性同期入社だし、社内では一番仲良かったと思うけどね。

　……彼女、失踪する前あたりの時期に結構病んでたから。あんまり意外、ってほどでもなかったんだよね。居なくなったって聞いたとき。

　うん。病んでた。最後に一緒に飲んだときなんて、もう病みまくり。ミドルエイジクライシスっていうのかな。私たちにも、あなたみたいなフレッシュな時期もあったんだけどね。あはは。

　……なんで病んでたって、婚活よ、婚活。

　私たちの年代ってね、女も社会進出だなんだって持ち上げられて、結婚より仕事でキャリアを積め！　みたいな風潮だったんだよね。

　とはいえ企業の門戸は狭かったから、総合職で入社できた女っていうと、それなりにプライドもあったわけ。当時は女性社員イコール一般職だったからさ。

　入社したときは十人くらいいた同期の女性総合職も、三十前後でひとりまたひとりと減ってくの。結婚して旦那の転勤についてくとか、子どもが生まれるとかでさ。

　結局、残ってるのって、独身の私と田崎だけだよ。

　……私は、自分が良い家庭を築けるビジョンが見えなかったから、一生結婚しないっていう気持ちがあった。……いや、今もある。

　だから、独身であることに後悔はないの。仕事好きだし、子どもも苦手だしね。

　田崎も、最初はそうだったんだろうと思う。仕事、楽しそうにやってたし。最近社内で流れてる販促の映像あるでしょ。あれの企画と撮影、彼女が仕切ってたの。そう、朝礼前に流れるＣＭソング……『おっかしの〜♪』がめちゃめちゃ流れるやつ。頭に残るよね、あれ。

　社内だけじゃなくて、一般にも流す予定らしかったけど、彼女が失踪したから遅れてるらしいわ。

　でも､ある日突然「結婚相談所に登録した」って聞かされた。びっくりしたよ。

　……子ども、欲しくなったんだってさ。

　どんな心境の変化があったのかは知らないけどね。そう言ってた。……孤独だったのかなぁ。女一人のタワマン生活。結構、楽しんでると思ってたけど。

　今どき高齢出産の事例も結構あるし、相談所でスピード婚決めればまぁ、間に合わないこともないだろうし。貯金はあるって言ってたし。

　良いんじゃない、って言った。あの子の人生だもん。周りに婚活してる子もなかなかいないから、話聞くのも面白かったし。

　最初はね、軽い愚痴だったのよ。相談所主催のマッチングパーティにろくな男がいないとか、紹介された男が会ってみたら明らかに写真と違ったとか。笑えるやつ。

　……でもね。そのうち、どんどん空気が重くなってって。

　自分から申し込んでも会ってすらもらえないんだって。アドバイザーからも年齢がネックだって失笑される……って。女が四十代になるとさ、男の年齢は五十から六十くらいとマッチングになるんだって。

　ありえないじゃない、せめて同年代でしょ。しかもたいてい、女のほうが小綺麗で若く見えるのにさ。

　……年齢なんて、どうあがいても改善しようがないじゃない。それで自分の存在、全否定されるみたいな毎日だって、落ち込んでた。そりゃ病むわ。

　やめればいいのにって言ったよ。年齢でジャッジしてくる市場なんて、向いてないって。あんたの人格とか、キャリアとか、積み重ねてきたとこで戦える土俵はないのかって。

　でも、果敢に挑戦していくんだよね……。そんでまた病んで、負のスパイラル。

　もう言動もおかしくなり始めてて「子どもも産めない女には価値がない」とか「この年まで待ったんだから、みんなが羨ましがるような相手と結婚しないと」とか、拗らせ独身のテンプレみたいなこと言うのよ。

　私に言う？　って感じだけど。アルコール片手に泣きながら言うからさ、突っ込めなかった。

　……でも、最後に会った日はすごい元気だったんだ。結婚前提で、交際することになったんだって。

　相談所経由の出会いではないって。そのうち紹介するけど驚くと思う、なんて言ってたよ。……うん、かなり年下だって。

　今思うと、結婚詐欺だったんじゃないかな。居なくなったのも、そいつにどうにかされたのかなって、思うと……。うん？　警察？　言ったよ。ちゃんと捜査してるかどうかは、知らないけどさ。

　やりきれないよね。……無事だといいんだけどね。