宮下優吾について 兄の証言

覚書

 ・ 宮下くんの兄、 宮下芳樹さんからきいた

 ・ スマホの録音データの書き起こし



 優吾の自殺の動機はお二人にもわからないんですね。……残念ながら僕たち家族にもさっぱりなんです。


 一番、近くにいたのにね……。はは、家族……失格だな。


 会社員をやってるときも辞めてからも、優吾に変わった様子はありませんでした。

 

 ただ……夜遅くまで、イヤホンをつけながらパソコンの画面と睨み合いしていることは増えましたね。

 ……でも僕が画面を見ようとすると、慌てて隠すんです。

 これまで小説を書いてるときもそんなことはなかったので、少し気になりはしました。でも、それくらいで。


 ……でも、あいつが死んだ日の少し前からは、様子がおかしかったんです。でも……自ら命を……まで、とは。


 その、前日の夜。僕が、リビングでテレビを見てたら、自室にこもってた優吾がふらふらしながら出てきたんです。


 ……顔が、真っ青でした。全ての表情が抜け落ちたみたいな、っていうのかな。そんな無表情で、どうしようどうしようって言ってて。どうしたのかって聞いたら、「辞めちゃいけなかった」なんて言うんです。何をって聞けば、会社を、って。

 

 今更、会社員を辞めたことに後悔するのかって思いました。相談されたとき、本当にしっかり考えたのかって話は何度も、僕からも父と母からもしましたから。


 だから、半ば呆れながら言ったんです「本当に後悔してるなら、今から会社に頭下げたらどうだ?」って。……それと、「有給消化中なんだから、まだ一応社員なんだろ」とも。そう言ったらあいつ、子供の頃みたいにぽかんと口開けて。「そっか」っていうんです。「まだ、大丈夫か」って。

 

 それでまた、急に元気になって。笑顔で「兄貴、ありがとう」……って……。


 そして、あの日。……僕は昼前まで寝てて。父も母も出かけてました。起きて優吾の部屋の前を通ったら、あいつ、部屋の中で誰かと電話してたんです。


 「本当ですか」とか、「間に合うんですね」って単語が聞こえてたんで、本当に会社に戻るつもりなのかって驚きました。

 でも、それならそれで……会社がいいって言うなら、僕が口出しすることでもないんで。


 それから、僕は用事があってコンビニに出かけたんです。……もし、僕が留守にしなかったら、あいつは……。いえ、すいません。


 徒歩五分くらいのとこにあるコンビニに行って、用事を済ませてすぐに自宅に戻りました。鍵を開けてドアノブを回したら、何故かドアチェーンがかかってました。


 優吾が、俺が出てったの知らずにかけた……って考えるのが自然なんでしょうけど、違和感はありました。普段、鍵は閉めてもチェーンなんてかける習慣、家族の誰にもなかったですから。


 とはいえ、開けてもらわないと中に入れない。コンビニまで行くだけのつもりだったんで、スマホすら持ってなくて。だから、優吾を呼ぼうとしました。


 そしたら……すごい音がするんですよ。あいつの部屋の方から。ドッタンバッタン、人が暴れてるみたいな大きな音が。

 泥棒でも入ったのかと思いました。慌てて大声で優吾を呼びました。そしたらピタリ、と音が止んで。それがまた不気味で……焦ってドアを叩きながら、あいつの名前を呼び続けました。


 そしたら、優吾の部屋のドアがゆっくり開いて、寝間着代わりにしてるジャージ姿のままのあいつが出てきたんです。

 ほっとしたのもつかの間でした。出てきた優吾の顔が酷いもので、僕は思わずぎょっとしました。

 

 あいつ、普段は休みの日でも割ときちんとしてるんです。顔も洗うし、ひげも剃る。髪の毛だって整えて、人一倍清潔感にはこだわってました。なので、まずジャージのままってのが違和感あって。


 でも、顔はもっとひどくて……。髪はボサボサ、顔は浮腫んで……目元と口元も、すごい汚れてたんです。

 後で考えたら、あれきっと、涙とか……鼻水とか、涎とかだったんだろうなぁ……って……。


 それで僕もびっくりして。状況も忘れてぽかんとしてたら、優吾のほうから口火を切ったんです。

「ごめん兄貴、うるさかった?」……って。


 いや、確かにうるさかったんですけど、それよりも優吾の様子が気になって。それで、お前大丈夫かって声かけたんです。

 

 そしたらあいつ、すぐに笑って……いや、違うな。笑おうとして口をひん曲げてるみたいな顔になりました。でも声はめちゃくちゃ明るく言うんです。「大丈夫大丈夫!」――って。

 

 いや、変なことも言ってたな。「大丈夫になるためにやってるんだ」……だったかな。変な、日本語ですよね。


 もう、気持ち悪くて。チェーン開けてくれるように頼むのも忘れて、何をしてたか聞いたんです。


 そしたら優吾のやつ、真顔に戻って一言「しゅっしゃ」……って。しばらく、どういう意味かわからなくて、脳みそフル回転させて、イントネーションから「出社」かな、って思ったんですけど。それにしても意味わかんないですよね。


 ぽかんとしてる間に優吾が「兄貴が帰ってたなら、早めに済ますわ」って言って。チェーンも開けないままで部屋の中に戻っていきました。


 そして、自分の部屋の窓から、飛び降りたんです。

 うち、十階なんです。即死、だったと思います。


 ……その後のことは、記憶が曖昧で。


 優吾の部屋のドアノブには、電気ケーブルが括り付けられていました。部屋の中は優吾が暴れたらしい痕跡が残ってて……荒れてました。

 首吊りに失敗したんだと思います。僕が帰ってきたから、急いで飛び降りに変更したのかな。


 本当に……馬鹿な、弟ですよ。……本当にね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る