■芦原瑞穂の話 協力者

 藤村さんの話を聞いた私は、愕然とした。


 ――通話データが、ない?


 川田氏の事件の状況は、私が見つけた『代表電話の録音データ』と相違ない。もちろん、あれがフェイクならば何も問題ない。

 

 でも、もし、万が一、あの録音が本物ならば。何故会社はそのデータを「誤って消してしまった」などと嘘をついたのだろうか。

 殺人事件の証拠になりえるものを隠蔽する。それではまるで、会社が犯人を見つけられては困ると言っているようなものじゃないだろうか。


 こめかみを冷たい汗がつたう。これまで何の疑いもなく足元にあった地面が、がらがらと音を立てて崩れていく――そんな感覚に襲われた。


 宮下くんは気遣わしげに私の様子を見ると、藤村さんに向かって切り出した。


「もしかしたら俺たちは、川田氏とスノウ製菓の通話データを持っているかもしれません」

「え、マジ?」

「はい。でも、本物ではない可能性もあります。というのも……そのデータと一緒に見つかったものが、あまりにも荒唐無稽と言うか、変なものばっかりなんで」


 宮下くんは、順を追って説明する。私が見つけた奇妙な資料のことだ。誤って消去したとされていた川田氏との通話、生前の芹山翔一のおかしな言動、その他、関連性は低いが気味の悪い創作じみたデータの数々。

 

 そして、私の家にも芹山翔一を名乗る男が現れたこと。


「通話データが本物だとしたら……音声分析にかけて、捜査が進展する可能性は高いね。しっかし、スノウ製菓がそれを隠していたとしたら……きな臭い話だ」


 記者の性だろうか。言葉とは裏腹に、藤村さんは嬉しそうに口元を綻ばせている。

 

「データのコピーは全て藤村さんにお渡します。もちろん、先程言った通り、フェイクの可能性もありますけど。中身を確認していただいたうえで、警察に提出をお願いできませんか」

「……なんで宮下から直接、渡さないの?」

「藤村さんのこと、信用してるんで」


 宮下くんは、真っ直ぐに藤村さんを見つめながら続けた。

 

「芹山本人でなくとも、事件にスノウ製菓の社員が関与した可能性がある。そんな中で秘匿されていた資料を持ち出して提供したことがバレたら……俺たちの立場が危うい」


 ここで彼は一度口を噤む。隣の私を横目で見て、何やら決意したように再び話を続けた。 


「……警察に言う必要がある場合、データの提供者は俺一人だという事にしてください。芦原の名前は絶対に出さないように」

「え? 宮下くん、何言って」

「……なるほど」


 藤村さんは深く頷いて、私たちに向かって大きく身を乗り出した。


「警察で調べれば、本物かどうかはすぐわかる。悪質ないたずらならそれでよし。本物であったとしても俺は守秘義務を守る。……約束するよ」

「ありがとうございます」


 宮下くんは頭を下げて、藤村さんにデータのコピーらしき新しいUSBを差し出した。紙の資料もスキャンして、ひとまとめにしたらしい。


 藤村さんの手に渡っていくそれを、私はどこか遠くの世界の光景のように眺めていた。

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