■芦原瑞穂の話 藤村勇那

 磯尾氏の元を辞した私たちは、昼食を楽しむ気にもなれず、適当に入ったファストフード店で向かい合って座っていた。


「……フェイク説、消えたね」

「磯尾の言うことを信じるなら、だけどな」


 期待していた「フェイク動画でした」という答えを得られなかった私は、がっくりと肩を落とし、手をつける気になれないハンバーガーセットをぼんやりと眺めている。

 

 一方の宮下くんはというと、コーヒーに大量のガムシロップを入れて飲み干した後、喋る合間にポテトを口に運んでいた。彼はしょっちゅう脂っこいものを食べてる気がするのに、どうして細身なんだろう。


「あの話が本当なら、ヤバいのは山本陽平だけじゃなく、少なくともその場にいたうちの社員全員ってことになる。センパイたちがおかしくなってるなら、社内ではあの資料に関することは聞き回らないほうがいいかもな」

「そうだね……」

「お前の家に来た『芹山翔一』も、おかしくなった本人かもしれないな。だとしたら何をやらかすかわからない。用心したほうがいい」

「うん……」

 

 生返事をしながら今更、肉々しいハンバーガーを頼んでしまったことを後悔した。どろりとしたケチャップの赤色と、ミンチ肉が成形されたビーフパテが、今はどうしても山本氏の眼球から流れ出す液体を想起させてしまう。


「……やっぱそっちのほうが美味そうだな」

「え?」

「俺のナゲットと交換してくれね?食べかけだけど」

「別に……いいけど」


 よっしゃ、と言いながら宮下くんは、私の手からハンバーガーを取り上げると、変わりにナゲットの紙皿をトレイに置いた。食べかけ、という割には一つしか減っていないナゲットを見てようやく、彼の行動の真意に気づく。

 なかなかハンバーガーに口を付けない私の様子を見て、気遣ってくれたのだろう。


「……ありがと」

「なにが? うん、やっぱ美味いわ。ナゲットじゃ足りない気がしてたんだよな。ちょうどよかった」

「……あはは、食いしん坊キャラかよ」


 沈み込んでいた泥沼から、気分が少しだけ浮上した気がして、私はちょっと笑った。



 ファストフード店の目の前にそびえる有名ホテル、その一階のラウンジスペースが、宮下くんの学生時代の先輩で、新聞記者でもある藤村勇那いさな氏との待ち合わせ場所だった。

 彼からは、川田卓治、道枝夫妻の事件についての話が聞ける予定になっている。


「いやぁ、ごめんごめん! 書類仕事が長引いちゃってさぁ」

 

 待ち合わせ時間を十分ほど遅れてやってきた藤村さんは、開口一番そう言うと私たちに向かって手を合わせながら頭を下げた。

 

 明るめの色の髪を綺麗にセットして、ジャケットの下はノーカラーのシャツというラフな格好をした彼は、あまり私の想像する新聞記者らしくなかった。有り体に言うなら、チャラそうに見えるのだ。


「おせぇっすよ、藤村さん」

「ごめんって、宮下ァ。ここは俺が奢るからさ、な?」

「どうせ経費で落とすんでしょ」

「そりゃあ、もちろん」


 藤村さんは私たちの向かいに腰掛けながら悪びれもせずに頷くと、人懐っこい笑みを浮かべ、改めて私に向かって自己紹介をする。


「はじめまして、藤村勇那です。宮下とは学生時代のサークル仲間でした。……っても、俺が四年のときに宮下が一年だったから、在学期間はあんまり被ってないんだけど」

「芦原瑞穂です。宮下くんとは、会社の同期でした。……そういえば知らなかったんですけど、サークルって、どんな活動の?」

「飲みサーだよ。表向きはテニスサークル」


 返ってきた答えは、藤村さんの第一印象に違わずチャラさの代名詞のようなものだった。そして宮下くんもその一員だったというのは、結構意外だ。横目で彼を見ると、気まずそうに唇を尖らせている。


「宮下はねぇ。新歓の時から尖ってたから、俺、こいつのこと大好きでさぁ。そしたらいつの間にか小説家センセイじゃん。我ながら見る目あるなぁって、受賞の話聞いた時は嬉しかったな」

「へぇ、彼って大学ではどんな感じだったんですか?」

「ちょ、いいから、そういうのは」


 慌てて私の口を塞ごうとする宮下くんをニヤニヤと見つめながら、藤村さんは教えてくれる。

 

「……なんでうちのサークル入ったのって聞いたら、いかにも大学生っていうステレオタイプの人間が集まりそうだからって。小説の参考にするための人間観察なんて言ってさ。何こいつおもしれーと思って、ずっとお気に入りだったわけですよ」

「……へぇ」


 なかなか強いエピソードである。そして、それを堂々と言う宮下くん自身も、そんな彼を気に入る藤村さんも、二人共結構な変わり者だと思う。

 宮下くんは諦めたようにオレンジジュースをストローですすっていた。相変わらず拗ねた子どもみたいな表情だ。

 

「……そんでいつの間にか俺の家族とも仲良くなってて、時々俺の実家で一緒に飯食う仲だよ」

「コミュ強すぎません?」


 藤村さんは無言でにこにことピースサインをしている。整っていることも相まって、なんとも毒気の抜かれる顔だった。


「そんなわけで、瑞穂ちゃんもよろしくね」

「え、あ、はい」


 突然下の名前で呼ばれてドギマギしていると、宮下くんがすごい顔で「芦原」と訂正する。

  

「……さてと、宮下で遊ぶのはこのへんにして」 

「遊ぶんじゃねぇ」

「今日は面白そうな話が聞けそうだなって。楽しみにして来たんだよ」


 彼は運ばれてきたアイスコーヒーをブラックのまま一気に喉に流し込んでしまうと、真剣な表情を作って本題を切り出した。

 

「川田卓治の事件と、スノウ製菓の関係性はどこからも発表されてない。どこの報道も大企業に配慮してるからさ。……それを結びつけたうえで話を聞きたいと言われたら、記者としては楽しみだよね」


 そう言うと藤村さんは、狡猾な蛇を思わせるような顔で――笑った。


 私と宮下くんは顔を見合わせる。あの録音がフェイクだと言われたかった私の願いは、こちらでも叶うことがなさそうだった。

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