研修講師の話

覚書

 ・ 研修講師 磯尾貴教氏へのインタビュー

 ・ 「営業研修の録画」の映像についての聞き取り



 そうですか……あの研修の録画を見て……。あの会社の社員さんだったんですね。退職なさったんですか。なら……お話しても、いいかな。

 あまり、現役の社員の方とは……関わりたくないので。


 フェイク動画? いえいえ! とんでもない。私はそういう類のものなんかにご協力したことはありませんよ。


 あの研修は、xxxx社さんから、毎年同じ内容でご依頼いただいていたんです。詳細は省きますが、営業職の皆さんのマインド醸成が目的です。決しておかしな内容ではありません。


 あの日は、私とアシスタントが何名かお邪魔して、受講者は五十名ほど。開催場所は本社の研修室でした。人事課の皆さんも何人か見に来られていました。

 

 開始から順調に講義は進んで、私から皆さんに課題をお伝えし、さぁ考えてみましょう、という段になったんです。


 動画をご覧になったならおわかりかと思いますが、ただの鉛筆を百万円で売るにはどうしたらよいか。そういう設問でした。ジョークみたいなクエスチョンですよ、はは。……あれは、ほんのウォーミングアップで、発表者も全員ではなく一、二名の予定でした。


 そこで真っ先に挙手したのが彼……山本さんでした。

好青年でしたよ。それまでの講義もしっかり受講してくれて。……少なくとも課題の説明をするまでは、普通の男性でした。

 

 課題説明後の準備時間から、少し気になってはいたんです。彼、わざわざ私のところに来て言ったんです。

 

「鉛筆削りはないですか」……って。


 鉛筆は小道具でお渡ししただけなので、別に尖ってなくても構わないんです。とはいえ、一応うちのアシスタントが個人的に持っていたものがあったので、お貸ししました。


 そしたら彼、準備時間の十分間、ずーっと鉛筆削ってるんです。目を爛々と輝かせて、ニヤニヤ笑いながら。……時々取り出して、熱心に尖り具合を確認して、また削って、を繰り返していました。……何度も、何度も。

 その様子を少し不気味に感じはしたんですが、鉛筆がきっちり尖ってないと落ち着かないとか……そういう性格の人なんだろうと思うことにしました。偏執的、っていうのでしょうか。


 ……今思うと、まるで何かに取り憑かれてたみたいだったなと、思います。


 それで……まぁ、発表の様子は動画で見ていただいたとおりです。突然、変なこと言い出して……その鉛筆を、目に。……すいません、ちょっと、思い出すと気分が。

 ……音がね、耳にこびりついて離れないんですよ。眼球が貫かれる、ぐちゅりっていう、音が。


 それに……彼の様子も異様でしたけど、私が一番怖かったのは他の社員の皆さんなんですよ。


 あんなことがあったら普通、驚くじゃないですか。悲鳴を上げたり、逃げ出したり、助けを呼びにいったり……山本さんを取り押さえようとするかもしれませんね。とにかくそんな反応が普通だと思います。もしくは、唖然として凍りついてしまうとか。


 弊社から来た私とアシスタントたちはそんな感じでした。私はお恥ずかしながら唖然としてしまって、すぐに状況が理解できず、動けませんでした。アシスタントたちは悲鳴を上げて、机や椅子が倒れるほどの勢いで逃げ出してましたね。


 ――なのに、他の社員の皆さんは椅子から動きませんでした。それどころか、誰一人、悲鳴すら上げませんでした。


 皆さん、座ったままで山本さんの「発表」を聞かれていました。熱心に、時折うんうん頷いたり、メモまで取りながら。

 しかも、山本さんの発表が終わった後は拍手喝采です。模範的な受講態度ですよ。……眼球が潰れて、血まみれの発表者を前にしてでなければ、ですけど。


 我に返った私は、同席していた人事の方に救急車を呼ぶようにお願いしました。そうしたらそれまでにこにこしていたその人からスッと表情が消えました。急に――まるで能面のような顔になったんです。


 そして「なぜですか?」……と。

 

 ぞっとしました。

 なぜって……目に大怪我をした人間がいるなら、医者に診せないといけないだろう、とかそういう事を言いました。そしたら「ああ」と、平坦な声で……言うんです。


「大丈夫ですよ」って……。


 そして唇を吊り上げてニィッて、笑うんです。……その顔がもう、恐ろしくて。


 その後の記憶は飛び飛びです。山本さんはさすがに病院に行ってもらうよう言って退出してもらいましたが、研修自体は最後までやりました。ただし、その他の発表の時間は全てカットしました。……また変なことが起きたら、と思うと。……怖くて。


 後日、来年度の研修実施はお断りしました。


 ――もう、あんな恐ろしい笑顔は、見たくないですから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る