■芦原瑞穂の話 調査②
「……まぁ、凝ってはいるし、なんとなく強調したいワードは伝わってこなくもない。けど、途方もない労力をかけてあんなものを作った目的も、作成者も、今のところはさっぱりわからん。……それに、お前の家に来たっていう『芹山翔一』の正体も」
「……そっかぁ」
私はがっくりと肩を落とす。そこが一番の問題なのだ。資料自体は悪趣味な創作ですまされても、その内容にシンクロして夜中にチャイムを鳴らしにくる不審者については説明がつきようがない。
――資料から這い出して来たわけでもあるまいし。
自分で自分の想像に思わず身震いする。テレビから這い出す女の霊が出てくる有名なホラー映画があるけど、そんな感じの映像が頭に浮かんでしまった。
真っ暗な部屋、青く光るパソコンの画面から這い出してくるスーツの男。その顔色は死人みたいで、白目をむきながらにこにこ白い歯を見せている。場違いに明るい声で営業トークを繰り広げて、クレームを入れるとその相手を呪い殺す――
「……おい、芦原。聞いてるか?」
宮下くんの声に、我に返った。
「ごめん、ぼーっとしてた」
「……お前な……。まぁいい、もう一回言う」
宮下くんは咳払いをすると、自信ありげな笑みを浮かべ、言った。
「失望するのは早い。……大収穫があるんだ。それも二つ。おら、喜べ」
「え、何?」
「『営業研修の録画』の最初の方で出てくる講師が自己紹介してるんだ。名前で検索してみたら、現役のビジネス講師。顔もおんなじ奴が出てくる」
「……え?」
「そいつがビジネス本をいくつか出してるんだけど、そのうち一つが俺の本出してくれた出版社から出てんだよ。俺の担当編集とは違う部署だけど、繋いでくれるって。話、聞けるぞ」
「ほんとに!?」
あの現場にいた人間に話を聞けるのならば、話は早い。あれを収録したのが誰なのか聞けば良いからだ。……考えたくもない可能性だが、あの映像がフェイクでないのなら、それもわかることになる。
「もう一つ。川田卓治の事件だけど、こっちはあの記事を書いた記者がなんと、学生時代の俺の先輩。世間て狭いよな。……話が聞きたいって言ったら二つ返事でオッケーくれた」
「宮下さま……っ! ありがとうございます……っ!」
「おう、崇めろ崇めろ」
手を合わせて画面越しの宮下くんに平伏すると、彼は得意げな顔をして鼻を鳴らした。そしてふと真剣な顔に戻る。
「……今週末の土日、空いてるか?」
「うん。何の予定もない」
そう言うと、宮下くんはこころなしか嬉しそうに口元を綻ばせた。
「よっしゃ。じゃあ、二人にアポ取るわ」
――そのとき、宮下くんが映るスマホの画面が、少しちらついた。目が疲れたせいかと思って、私は目頭を抑える。再び目を開いたが、やはり画面の乱れは変わらない。
「芦原? どうした?」
宮下くんの声に重なって、イヤホン越しに妙な音が聞こえてくる。
――――――に――――――ぁ
はじめは、猫の声のようだった。そしてそれは徐々に女性の声のように変化していく。とても若くも、年老いているようにも聞こえた。その声は、一定の調子で何かの単語を繰り返している。まるで、歌っているように。
――――にぁだいに――ぶ――――だ―にゃあ――じょぶ――――
――大丈夫
「……おい、芦原!」
焦ったような宮下くんの声がして、私は我に返った。もう、画面はちらついていないし、声も聞こえない。
……混線だろうか。なんて、間の悪い。心臓が大きく音を立て、冷や汗が頬を伝う。
「どうした、顔色悪いぞ」
「なんでも……ない」
「……そっか。……あんま、無理すんなよ」
「あ……うん……」
「週末の待ち合わせ場所と時間は後で送る。……じゃあ」
それだけ言うと宮下くんは通話を終了してしまった。一人残された私は、言いようのない胸騒ぎに心中を支配されていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます