■芦原瑞穂の話 調査

「もしもーし、聞こえてる?」

「おう、大丈夫。そっちは?」


 イヤホンの音量を調節し、オーケーの返事をする。画面に映った宮下くんに笑いかけて手を振ると、渋い表情を返された。


「……よくそんな呑気にしてられるな」

「だって、今のところ実害ないし」


 脳天気なふりをしてえへへと笑う。けれど、実のところ私は、物凄く不安だった。

 

 宮下くんと私は、送別会の翌日の夜、通話アプリをつないで話し合いの場を設けていた。議題はもちろん、私が見つけて彼に渡した資料についてだ。


 あれは何なのか。私の家に来た男とはどういう関係なのか。――これ以上、何か起こる可能性はあるのか。


 それを調べるためにという名目で、宮下くんは私から資料を受け取ってくれていた。何かわかれば連絡する、と告げた彼から翌日にはメッセージが来たときにはびっくりしたが。


「……夜中に不審者が突撃してくるのは、立派な実害なんだよ。無理すんな」

「……うん、そうだね」

 

 ――いつも私には辛辣なことをズバズバと言う宮下くんが、珍しくも優しい事を言うものだから、調子が狂う。素直にありがとうと言うと向こうもバツが悪そうな顔をして、ガシガシと頭をかいていた。

 

「……なんか、懐かしいね。内定期間はみんなでさ、よくこうやって打ち合わせしたよね」

「芦原が遅刻常習犯だったのは、よーく覚えてる」

「うわ、うるさ。ちくちく言葉やめよ?」


 話題を変えると、すぐにやり取りはいつもの調子に戻る。私たちがしばらく軽口の叩き合いをした後、ふいに会話が途切れた。


「……あれ、見た?」

「ああ」


 意を決して尋ねると、宮下くんは手元に視線を落としながら、答える。どうやら私が文字起こししたものを印刷して手元に置いてくれているらしい。


「全部はまだ無理だけどな。お前がまとめてる書き起こしとその元データは見た。内容に相違はないな。芦原、タイピングの才能あるんじゃん?」

「それはどうも。で、内容についてのご感想は?」

「一言で言うなら、悪趣味な創作だよな。……だけど、妙にリアルで、それが余計に気持ち悪い」


 宮下くんは人差し指でこめかみを抑えながら語り出す。

 

「動画や、録音データはよく出来てる。……というか、やけにリアルに作り込んでる。お前が文字に起こしてない部分も確認したけど、その部分がやたら長い……というか退屈なんだよな。それが逆にリアルだと思った」

「……と言いますと?」

「相手を怖がらせる創作物ってのはエンタメだ。であれば、お前が文字起こししたみたいに衝撃的な部分だけ切り取ったで、その部分だけを撮ればいい」

「あー、そりゃそうか」

「面白くねぇ部分を延々見せられるのは苦痛だよ。作る方だってそうだ。……なのに、この『トップセールスにインタビュー』とかは、三十分近くデータがある。冒頭は本当にただの素人インタビューだけで、なにも面白いことなんか起こらない。『営業研修の録画』も同じくだ。……しかもこっちは講師役まで映ってる。……というか、それくらいお前も気づいたろ」

 

 呆れたような宮下くんの声に、私は曖昧に笑ってみせた。彼の言う通り冒頭の部分は退屈で、倍速で見飛ばしたのである。文字起こしを始めてからはそっちに集中していたため、他の部分には気が回らなかった。

 

「あと、他に気になるのは……一見バラバラの資料同士に、共通して登場する言葉があること」

「共通?」 

「例えば、おかしくなった奴らがやたら連呼してる『大丈夫』とかかな。明らかに状況とそぐわない言葉を使うことで異常さを演出し、恐怖を煽り立てるのが目的だろうけど、登場回数が多い」

「ああ、それは思ってた。怖いよね」

「お前は感想がシンプルでよろしいな」

「あ、バカにしてる?」


 宮下くんは私の返答を華麗にスルーして、再び手元の資料に視線を落とした。


「……あと、やたら『家族』って単語が出てくる、気がする」

「……そうかな?」

「ああ。『トップセールスにインタビュー』のラストとか『キッズ工場見学会』の三枚目が顕著だけど、他の資料にもちらほら出てくる。……これもキーワード、なのかも」


 宮下くんは少し考えながら言葉を続ける。


「『企業』と『家族』っていうのは、今の時代でこそ対立する概念だけど、昔はもっと近しいというか、互いに包括しあう概念だった」

「……ふむ?」

「ええと……会社とプライベートの距離がもっと近かった、って意味だよ。職場の中に社員の家族がはいっていったり、逆に家族の中で会社の存在感がもっと強かったりして」

「うーん……?」

「具体的に言うとだな……昔は社員に家族連れで参加させるイベントも多かったし、泊りがけの社員旅行なんてのもよくあった。社内結婚も多かったし、経営者が独身の若手同士を見合いみたいに引き合わせるってのも普通だった」

「え? お見合いって、それうちの会社の話?」

「そ。上司にも聞いたけど、うちの親父にも聞いてみたらあるあるだったってさ」

「それは確かに距離感が近すぎだねぇ」


 今でならセクハラで問題にしかならない。それでも昔はそれが良しとされていたのだろう。マッチングアプリなんてなかっただろうし、女性は絶対結婚せよという時代だったろうし。

 

「俺らの世代にはウケないけどな。ああ、今風に言えば、こうかも」


 ここで宮下くんは皮肉げににやりと笑って言った。 

 

「アットホームな職場です――ってやつ?」

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