第8話 影河

 かつて幾万のあやかしを封じた四人お祓い。その中には人ではない者がいた。絹のごとく白い髪、額から天に向かって突き出す角、そして業火を宿した緋い瞳。

 その者はあやかしでありながら人の側についた。人でないにも関わらずあやかしに害なす存在となった。

 彼がそうなったのは、いつからか彼の側にいた少年の存在が大きい。彼は少年ただ一人を愛し、少年もまた彼を愛した。

 少年にはお祓いの術を生み出す力があった。少年が数々の強力な術を考案し、それを『緋い鬼』が行使することでやがて彼らは全国に名を轟かせるお祓いとなったのだ。


 彼らが入ったことであやかしと人の均衡が崩れた。力を得た人に恐れを抱くようになったあやかし達は頻繁に人里に現れるようになり、人とあやかしの全面戦争が始まった。

 そこで初めてあやかし達は群れるようになった。単体には複数で、複数には複数で、戦況は五分五分かと思われた。

 しかし人の力の方が圧倒的に上回っていた。しだいに各地のあやかし達は倒れていき、中でも強力なあやかし達はまとめて異界に封じ込められた。人とあやかしの戦争は五年余りで終結した。


 戦いが終わり見事あやかしを封じ込めたお祓いたちは人々から称賛を受けた。『緋い鬼』ただ一人を除いて。

 この戦いに最も貢献したと言える彼は、人々の輪の中に入ることが許されなかった。妖力を封じる鎖で繋がれ、瀕死の状態にまで追いやられた。そして、ついには常に彼の直ぐ側にいた少年の手で、彼は何処かの山中に孤独に封じられた。



 ・・・・・・と文献には記されている。しかし、この話の中で最後だけは真実とまったく異なっていた。


「・・・・・・どこで知ったかなんて興味はないが、大体お前の考えている通りだ。この体は彼のもので緋月という存在はもはや俺という精神だけ。体はあの時捨てた」


 外間は・・・・・・緋月は自分の体を捨ててまで瀕死状態だった『緋い鬼』を生かしていた。時が過ぎ、あやかしの存在など誰も知らなくなるまで緋月は命を繋ぎ止めてきたのだ。


「そうまでして一体あなたは何をするつもりなの?」

「言っただろう、封印から逃れたあやかし共をもう一度完全に封じることだ」

「今回の『遺物に宿る鬼』以外にも大量にいるというのに? もしあなた一人だけでそれをやり遂げたとしても、その後に何が残るの?」

「彼が穏やかに生きられる世界だよ。人に情をかけ、余計な争いを生んでしまう前の、二人だけの旅をしていた頃の世界」


 『緋い鬼』と緋月が人に味方をしなければ、ある意味人とあやかしは互いに平静を保っていた。彼らが情をかけなければ、全面戦争には至らなかった。緋月はそれを悔やんでいるのだろう。それさえなければ彼は『緋い鬼』と旅をし、とっくに生涯を終えていたはずなのだから。


「でも、『緋い鬼』が生き返ったら精神だけのあなたはいなくなるんでしょう?」

「それでも良い。もう一度『彼』が起きてくれるなら俺はどうなってもいい」

「本気なの・・・・・・?」

「あぁ」


 私には甚だ信じられないことだった。弟でさえそのように思ったことはない。誰であろうと他人は他人だ。

 だが、分からないでもない。夢で見た緋月の心は『彼』に出会ったことで確かに救われていた。人に限りをつけた緋月にとっては『彼』が己の全てなのだ。


「疑問は晴れたか?」

「・・・・・・到底理解はできないけどね」

「それでいい。他人のことなど真には理解できない。それが普通だ」

「・・・・・・」


 それでも、緋月と『彼』は互いに大切な存在であり続けた。互いを大切にし続けた。彼の言葉からもこれは揺るぎようのない事実なのだろう。


「さて、俺はもう行く。黒鬼が見つかったらまた連絡する」

「深夜は寝てるからね」

「この前のように事前に伝えてやるさ」


 と言うと彼は背を向け去ってしまった。

 私はしばらく静かに流れる河を座って見ていた。









 

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夕闇に酔う鬼宿り 曇はたひ @482784

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