第7話 緋月という少年
玄関で靴を履いていると脇の部屋から眠たそうに目を擦る弟が出てきた。
「あっ。おはようございます、姉さん」
「・・・・・・おはよう」
「もう朝ご飯は食べたんですか?」
「ええ」
「そっか。姉さんは起きるのが僕より早いからなぁ」
「まだ七時だよ。響が遅いわけじゃないから安心していいと思う」
私は六時半に起きたし、実際そこまでの差はない。むしろ育ち盛りの子どもなのだから良いことだろう。
「これからどこか行くんですか?」
「少し散歩するだけよ」
「そう言っていつも帰り遅いじゃないですか」
「・・・・・・」
弟にはすべてお見通しのようだ。私は両親がいる家にいたくないから休日はいつもこうして朝から外に出かける。
「でも今日は特別な用事があるのよ」
「え? 何があるんです?」
「響には関係ないことだから言わない」
「えええー。教えてくださいよー」
「やだ。じゃあね、行ってきます」
「まてー!」
弟の言葉を無視して私は外に出る。さすがに響も寝間着姿では外に出られない。
「ふぅ・・・・・・」
ようやく息苦しい場所から解放された。最近は外の空気のほうがおいしく感じる。最悪な親二人に囲まれての生活なんて毎日が最悪の日になる。弟だけは変わらず話しかけてきてくれるが、その度に余計悲しくなってくる。
一人で生きたい気持ちはあるのに一人では生きられない。その現実から逃避するために私は外に出る。
今朝、外間から連絡があった。来てほしい場所があるから、と今からそこに向かわなければいけない。ずっとあてもなく外を彷徨うくらいなら家族でない誰かと何処かに行くほうが余程良いだろう。
目的地は彼から聞いた限りでは一時間ほどかかる場所にある。歩きで行けなくもないくらいの場所にあるため仕方なく歩くことにした。
上から見ると楕円形になっている秋乃市は、縦に一本貫くように河が流れている。その河沿いには端から端までの紅葉が植えられており一つの観光スポットでもある。「秋乃市」だから秋に見頃を迎えるようにしたかったのだと思う。
外間が指定してきた場所はその河川敷に一つぽつんとだけある東屋だった。それは楕円形で言うと最も下に位置している。ほぼ市境にあるため結果的には一時間半ほどかかってしまった。
紅葉道を外れて河川敷の方へ降りる。木製でそこそこ風情のある東屋に着くとすでに彼が座っていた。
夜空を思わせる和服姿で、時が止まったように目を閉じて座っている。
「何してるの?」
一声かけると外間は目を開ける。
「特に何も。目を閉じていた方が心地良いんだ」
「景色とかには興味がないってこと?」
「興味が無いわけじゃない。ただ暗闇の中でそれらを感じるのが好きなだけだ」
「・・・・・・そう」
変わった感覚を持っている男だ。普通、景色は目で見て楽しむものだろうに。それともこれがかの有名な厨二病というやつなのだろうか。
「ところで、中々早かったな」
「もっと遅れて来ると思ってた?」
「あぁ」
「残念、外れたわね」
「いや、それでいい。俺も暇ではないからな」
暇ではないのは黒鬼探しのせいか。隠れている妖力を探し出すのは相当大変な作業なのらしい。秋乃市内を片っ端から洗っていくのに丸一日使ったこともあるくらいだとこの前言っていた。
「ならその忙しい人が急に何の用?」
「一応、鬼を封印する場所を伝えておこうと思ってな。現時点で紅、蒼、白が集まった。残る黒を捕らえたらすぐに封印する」
「へぇ・・・・・・どこで封印するの?」
鬼を封印する場所なのだからきっと大層な所なんだろう。と私は思った。だが外間は足元を指さして言った。
「ここだ」
「・・・・・・ここ?」
思わず私は聞き返す。
「どういう・・・・・・」
「今から説明する。まず、あやかし共が封印された地には四つの入り口から入ることができる。数々のあやかしを葬り封印した四人のお祓いは、各地に散らばり一人ずつ独自の結界を使って封妖の地を閉じた。ここ秋乃市もその一つだ。俺たちは秋乃市内から鬼共を入れ込むわけだが・・・・・・」
言いかけて途中で立ち上がる。彼の視線の先には穏やかに流れる河があった。
「あの河は元は巨大な陣の一部だった。この地域全体を結界のための陣とした時、陣を無理矢理完成させるためにあの河は掘られたんだ」
「うそ・・・・・・あんなに大きな河を掘るためにどれだけの時間がかかると・・・・・・」
「あぁそうだ、突貫工事もいいところだな。他三つの陣に比べてかなりの綻びがある。しかしだからこそ、ここで封印することができるというわけだ」
「・・・・・・でも封印が弱まったからあやかしたちが逃げたんでしょ。どこでやっても同じなんじゃない?」
「それは・・・・・・陣を考案した責任があるからな」
「・・・・・・え?」
あの夢のことが脳裏によぎった。後悔の念が積もったような外間の声が何かを呼び起こした。そして緋月と呼ばれた少年・・・・・・あの少年が外間に重なった。
さっきの彼は夢で出てきた『緋い鬼』の姿そのものだ。だがその姿は本当の彼ではない気がした。私は外間と別れる前に一つだけ訊いた。
「ねぇ・・・・・・少し訊いてもいい?」
「なんだ」
妙に心臓がうるさくなった。何故か緊張した。そんな自分を抑えて私は訊いた。
「あなたは緋月なの? それとも『緋い鬼』なの?」
「・・・・・・」
彼は答えない。少しの間沈黙が通り過ぎた。風の吹く音、水の流れる音がよく聞こえる。
あくまで私が夢で見たことだ。もしかしたら緋月という少年も『緋い鬼』もただの妄想かもしれなかった。だが、その時だけは自分でも理解できない確信があった。
しばらくしても外間は口を閉じたままだった。もう答えてくれないと思ったところで発言を撤回しようとした時。
「―――緋月」
彼は少年のごとく無邪気な笑みとともにそう言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます