第6話 緋の心
『この子は悪妖に取り憑かれた子だ』
―――流れ込んでくる。
『早急に処分するべきか』
哀しくて、寒々しい心が流れ込んでくる。
『お前など死んでしまえッ!!!』
家族から必要とされず、友人からも必要とされず、人間から必要とされなかった少年がいた。頼れる人間はいない。信じられる人間もいない。
だから少年は「緋い鬼」と時を共にした。
『・・・・・・私の名かい? 何でもいいよ、君の呼びたい名で呼んでくれ』
「緋い鬼」は人ならざる者たちが行き交う世界と人間が行き交う世界を渡り歩き、人間に化けお祓いの目を欺きながら過ごしていた。
彼と出会ったのは家を追い出され途方に暮れていた時。ちょうど夕暮れ時だった。田を区切る十字路、誰もいない野道で、緋く染まった空の下に立っていた。
ある日少年は訊いた。
『なんで人の世を旅するの?』
『え? なんでって? んー・・・・・・』
しばらく考え込んでから、『夕日、かな』と答える。
『夕日?』
『あちらの世界には無いんだよ。私は一度も夕日を見たことがなくてね』
『・・・・・・そうなんだ』
艶のある白い髪、特徴的な黒い角。そして緋色の瞳。
あやかしの間では、彼は「緋色の君」と呼ばれていた。
『じゃあ私からも問おう。君はなぜ人ではない私についてくる?』
『僕も人じゃないから』
『いいや、君は人だ。君に取り憑いていた悪妖はすでに取り除いた』
『でも・・・・・・僕はもう戻れない。村の人たちはみんな僕のことを悪妖に取り憑かれた子どもだと思ってる。それは永久変わらない』
一度降りかかった災難は一生ついて回る。悪妖を排除せよ、悪妖に取り憑かれた子も排除せよ、その時はそれが常識だった。
『つくづく人はつまらない考えを持つものだねぇ』
『人は身勝手な生き物なんだよ。自分が一番大切なんだ』
本質的には人が悪いわけではない。そう形作られているのが悪い。家族であっても、友人であっても、恋人であっても、他者は二の次。しかしそれでいい。自然の事象に逆らうことこそ本当の悪だ。
『それならば、人でない私なら君を一番大切にできるかな?』
『わからない』
『ふふ、そうだろうね』
少年は人だ。人でない者のことなどわからないのが普通だ。
「緋い鬼」は言った。
『少年』
『なに?』
『どうせ行くあてもない旅だ、こうしよう。君は私についてくる、そして私は君を大切にしながら時を過ごす。どうだい?』
なんとも奇怪な提案に少年は首をかしげる。人が言うような提案ではないことは確かだ。だが、生きようとする少年に残された答えは一つしか無かった。
『いいよ、僕はあなたについていく』
少年は「緋い鬼」と旅をすることにした。
『ありがとう。
『・・・・・・?』
『君のことだよ。名が無いんだろう? 今日から君は緋月だ』
『・・・・・・』
少年は黙ってしまい、「緋い鬼」は焦った。
『嫌・・・・・・だったか?』
『ううん、違うんだ。すごくうれしい』
温かく、満たされるような心。
少年は彼についていく存在、緋い太陽に隠れる月となったのだった―――
―――ピピ ピピピ ピピピ
スマホからささやかな音量のアラームが鳴る。
「夢・・・・・・」
硬いベッドの上で薄く開いた視界はいつもの天井を捉えていた。カーテンの隙間から細い光が入いってきており外はすっかり陽が昇っている。
久しぶりに夢を見た。いつもなら夢の内容は覚えていないのだが、今回は鮮明に覚えている。やたら古風な景色が広がっていた。憑き物として村から追い出された少年が人ならざる者と旅をする、変な夢だった。
どのような夢を見るかについて一般的に何に起因するのかはまったく分からない。が、今回の夢ばかりはなぜ見たのか心当たりがある。思い返せば夢を見ている時、初めてのはずなのにすでに知っているように感じた。あの寒さも温かさも全て私は知っている。
外間緋月。あれはおそらく彼の記憶だ。緋い鬼に緋月と呼ばれていた少年、彼こそ外間なのだろう。
しかしそうすると疑問も浮かんでくる。今の外間は夢に出てきた少年とは似ても似つかない。どちらかと言えば緋い鬼のほうに容姿が似ている。
同一人物? いや、あり得ない。たしかに夢には二人出てきていた。彼らは別人だ。
夢に出てきた少年が外間であるとすると、緋い鬼はどこへ行ったのか? その者は今もいるのか?
そして時代が異なっていること。実は、外間は現代の人間ではないのだろうか?
「・・・・・・」
謎はさらなる謎を生む。あの夢だけでは何も答えは浮かばない。実際に外間に話を訊くしかないだろう。
考えるのをやめて私はベッドから降りる。狭い部屋だ。服を収納している引き出しにはすぐに手が届く。そこから数少ない自分用の服を出して着替える。
乱れたベッドを整えると家族が待つ一階へ降りた。
一階のリビングには両親がいた。両親は一瞬こちらを見るだけで目を逸らす。父は新聞を読み、母は朝食を用意しながらテレビのニュースを観る。
挨拶はしても意味がないと中学校の時に理解した。私は無言で食卓につく。
「いただきます」
小さな声でポソッと言い、丸い食器にのった料理を食べ始める。これが毎日の光景であり、私の日常だ。
「ごちそうさまでした」
用意された朝食を食べ終えると、静かに全速力で食器を洗う。私は母と並んで立つこの瞬間がたまらなく嫌なのだ。
ジャー ゴシゴシ ジャー キュッキュッ
ジャー ゴシゴシ ジャー キュッキュッ
カチャ
はい終わり。
私が足音を消してリビングから立ち去ろうとすると、珍しく母が私に声をかけた。
「ちょっと」
私は立ち止まり応答する。
「なんですか?」
「あなた、昨日の血がついたシャツは何なの? 怪我は無いみたいだけど、まさか他人を傷つけたんじゃないでしょうね」
「・・・・・・」
「あんまり私たちに迷惑をかけないでくれないかしら? すごい染みてたからクリーニングにも出さなきゃいけないし、この前の眼の検査のことだってそう、要らない手間なのよ」
ほら、やっぱり。私の心配より面倒事を避けたいと思ってる。
「すみません。気をつけます」
「それで何もないなら私だってこんなこと言ってないわ。次、本当に何か起こしたらその時は自分で解決してもらうわよ、いいわね?」
「・・・・・・はい」
これが普通の親子の会話なのだろうか。他の家も何かあるたびこんな会話をしているのだろうか。叫びたくなる気持ちを押し殺して返事をし、私はリビングを出る。
ドアを閉めて洗面所に行こうとした。その時、ドア越しから両親の会話が聞こえてきた。
「・・・・・・あの子ったら本当に学習しないわね。少しは
「仕方ないだろう。言っても聞かない奴はいつまでも変わらん」
「ええ、それもそうね。あぁ嫌だわ」
「・・・・・・ふ」
引きつった笑みだったと思う。
全部、ぜんぶ聞こえてる。私だって嫌だよ。
本当にこの家は嫌い。
私はそのまま洗面所へ歩いて行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます