第5話 痛ましく、

 ―――バンッ


 銃声が聞こえたのは、ちょうど男子更衣室を調べ終わった時だった。

 いくつもの壁を通り抜けて轟音が鳴り響いた。

 音の発生源はここより反対側、夕音せきねが調べている方だ。

 想定より白鬼の力が大きい。居場所を掴まれた時点で妖力を抑えていたのか。


 反射的に方向を変え、外間は走り出した。来た道を戻って行く。

 ロビーに戻って来たところで、遅れて紅鬼の妖力もやってくる。彼女が放ったものだ。

 外間にとって、これは想定よりも良いタイミングだった。

 ロビー全体を見渡すことのできる場所まで駆け降りる。その場所につくと、ありったけの妖力を外界に放った。

 蒼い妖力は波紋となって広がっていく。


「白鬼、お前をあぶり出してやろう」


 彼が夕音に妖力を放つよう言っていたのは、鬼火の他にもあと一つあった。

 基本的に妖力は鬼火などのように実体化しなければ、空気と同じように空間を漂う。夕音が放った紅鬼の妖力もまた、風に流されてこの施設内に漂っている。

 そこで彼が考えていたのは、白鬼が動き出した時を想定しての足止めの手段だった。

 同じ性質を持つ妖力は互いが触れ合ったとき、同調反応を起こし増大する。言うなれば妖力の共鳴。

 どのような化物であろうとも、自身の中の妖力が膨張したらそれを吐き出そうとする。そうすると、いやでも姿を現す。


「・・・・・・さぁ、吐き出せ」

 

 その時―――ボッと一斉に通路を塞ぐほどの炎が現れた。一気に視界が明瞭になる。

 激しく燃え上がるその大火は白く染まっていた。

 そして炎の中に細長い形をした黒い影が、一つ浮かんでいる。形状としては古い時代に用いられていた銃に近い。

 

 ―――アツイ


 音を介さない思念が伝わってくる。

 炎が一気に収縮し、銃だけを燃やすようになる。

 

 ―――アツイ アツイ アツイ 

 

 白鬼。本物の鬼と違い、遺物に宿る鬼に実体は無い。


 ―――アツイアツイアツイアツイアツイ


 白い炎は激しく燃え立つ。


 ―――駄目ダ 早ク炎ヲ 燃ヤサナケレバ


 白鬼の前に外間は近づいていく。

 

 ―――? オマエハ 誰ダ


「知らなくていい」


 ―――ワタシに近ヅクナ 


「それは無理だな」


 ―――ナラバ 燃エテシマエ


 白鬼を取り巻く巨大な炎から、白炎の塊が三発放たれる。

 外見はただの炎にしか見えないが、しかしそれは妖力の塊。人間が食らえば火を受けるよりもさらに酷いことになる。

 だが外間はそれを一瞬も動じること無く相殺した。


 ―――!? ナゼ、ダ? ナゼ貴様ノヨウナタダノ人間ガ・・・・・・


「答える義理はない」


 彼は札を一枚、懐から取り出す。

 封印符。結界符と違い、明確にあやかしを封印することができる式が書かれている。

 

 ―――イヤ、待テ 貴様・・・・・・何処カデ見タヨウナ・・・・・・


 彼と白鬼との距離が二メートルまで迫ったとき、白鬼が何かに気づいたように狼狽える。


 ―――ソウダ・・・・・・! 貴様ノソノ緋い瞳! 貴様ハ、マサカ・・・・・・ヒイロノ―――


「知らなくていいと言ったはずだ」


 ―――ク、来ルナ! ナゼ貴様ガ此処二イル! 


「・・・・・・」


 外間が手を伸ばしたところで、三発、弾が無造作に放たれる。

 一メートルにも満たない至近距離である。そして弾丸にも白鬼の妖力が混じっている。当たればかなり効いた・・・・・・はずだが。


 ―――・・・・・・!!!!


 外間はそれを全て、いとも簡単に蒼い小刀で真っ二つにした。


「・・・・・・終わりだ」


 ―――ヤメロ!!!!


 封印符を白く燃え上がる銃に被せる。

 札は燃えることなく銃に貼り付き、文字だった式が浮かび上がってくる。


 ―――ヤメロ ヤメロ ヤメロ ヤメロ!


 式は鎖のごとく炎全体に絡みつく。

 炎は荒ぶり、抵抗する。が、やがてその勢いは止まった。


 ―――イヤダ ワタシハ 真っ白、ニナド ナリタク・・・・・・ナイ・・・・・・


 思念が途切れる。

 その直後、―――パァンッと式が炎を打ち消し、紙の貼り付いた銃はただの銃となって床に落ちた。

 


 


 私がロビーに戻ってきたとき白鬼は既に封印されていた。

 白鬼を封印した外間は、文字の無いお札が貼り付けられた銃を持って待っていた。


「・・・・・・封印したのね?」


 近付きながら確認するように訊く。

 外間は少々の疲れを表に出して返した。


「一時的なものではあるが、な」

「そう・・・・・・ならよかったわ」


 さっきの時点で白鬼は依り代を動かせるまでに力を取り戻していた。結果的には建物から離れられる前に捕まえられて幸運だったと言うべきだろう。

 

「大丈夫か?」

「え・・・・・・?」

「腹から血が出ているようだが」

「あーこれね。ちょっとかすっただけだから大丈夫」


 しかし思いのほか出血が多い。左脇腹あたりは大きく血が滲みている。これでは両親に何を言われるか分からない。

 ただし心配の言葉ではなく、心底面倒そうな愚痴。あの人たちは私のことを娘だと思っていない。

 しかも私のことはぞんざいに扱うくせして、弟だけには優しい。

 だから私はなるべくあの人たちに迷惑をかけないように生きてきた。今回もそうしなければならない。


「まぁ、なんとかして隠すしかないかな・・・・・・」

「・・・・・・悪いな」

「は? あなたそんなこと言えたの?」


 他人にお構いなしの彼が謝罪をするとは思ってもみなかったから、私は驚いた。


「俺も一応人間だ。悪いとは思うさ」

「あ、そう」

「傷口を出してみろ」

「は? 嫌よ」

「別に変なことはしない。傷を治すだけだ」


 白い髪の隙間から外間の真剣な瞳が目に入る。私は躊躇いつつも血で滲みたシャツを捲った。

 細い手が脇腹の傷口にそっと当てられる。

 

「あたたかい・・・・・・」


 意識するよりも先に言葉が出た。

 そこまで酷い傷ではないものの、多少の痛みはあった。外間が触れた時、嘘のようにその痛みが消え失せ、今度は包み込むような温かさがじわじわと伝わってきた。

 外間が手を離すと、傷は消えていた。


「これも蒼鬼の力なの?」

「いや・・・・・・蒼鬼や紅鬼に傷を治す力は無い。これはまた別の力だ」

「・・・・・・別のって、誰の?」

「教えられない」

「なんで? 教えたらあなたにとって不都合でもあるの?」

「そのことを知ったらお前はもう普通の生活をできなくなるが、それでもいいか?」


 静かな圧力がかけられる。

 このことに関しては絶対に口を割らない、という意志が彼にはあった。そこまでして隠したいことがあるのか。

 私は詮索をやめて、シャツを下ろした。


「分かった。これ以上は訊かない」

「・・・・・・あぁ」


 外は微かに明るく、すっかり深夜を回っていたようだった。

 早く帰らないと管理人が来てしまう。それに家にいる両親も起きてしまう。

 結局、私たちは急いでその場から立ち去った。

 

 


 


 


 


 



 




 


 



 



 

 


 

 

 

 

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