第4話 白鬼

 鬼集めをすることになってから三日後。私は外間に呼び出された。


 外間によれば、五匹の鬼たちは最近姿を現すようになったらしい。なんでもほんの一年前までは存在すら感じなかったのに、ここ数ヶ月間ですべての鬼の気配を感じたのだと。

 蒼と紅はいち早く封印から脱していたのか依り代となる遺物を動かせるまでに力を取り戻していた。一方、黒と白はまだ力が薄く、まだ何処かに静止して潜んでいる。

 力を取り戻されたら捕まえるのも一苦労ということで、鬼に潜む遺物の回収はなるべく早い方が良い。私も面倒事は嫌なのでそれに賛同した。

 しかし―――。


「本当にここにいるのよね?」

「あぁ、間違いない」


 私が言われてやって来たのは、秋乃市内にある市営プールだった。


「なんでプールなんかに・・・・・・?」

「ここはよく人が集まる場所だ。奴らにとっては格好の餌場、少ない力でここまでやって来たんだろう」

「それはまた・・・・・・随分ご苦労なことね」

「それだけ力が弱まっているということだ」


 封印が解けた時、あやかしたちはその衝撃で様々な場所に飛ばされた。

 遺物に潜む鬼は偶然秋乃市に固まっているらしいが、その他のあやかしは種類問わず各地に点在しているらしい。


「先に伝えておく。ここに居るのはおそらく“白”だ」

「白・・・・・・ね。私たちが来るまでに誰かに取り憑いた可能性は?」

「ない。人に取り憑いているのであれば気配の大きさで分かる。“白”の気配はまだそこまで大きくない」

「なら、とりあえず依り代を探さなきゃいけないってことね」

「そうだ」


 言うと、外間は管理人から盗んだ鍵を使って建物の中へ入っていく。私もそれに続く。

 中は電灯が全て消され、暗闇に包まれていた。

 それもそのはず現在の時刻は深夜の一時。営業時間外である。これは、あやかしを捕らえるのに一般人がいては邪魔だという外間の采配ゆえの時間だった。

 

「明かりは持ってるの?」

「今つける」

「・・・・・・?」


 どういう意味なんだろうと思った。

 外間は鍵以外何も持っていないからつけるも何もないだろうに。

 すると、外間は手のひらに青い火を灯した。

 

「・・・・・・どういうこと? あなた手品得意だったの?」

「そんなわけ無いだろ。これは手品なんかじゃない」

「だったらその火はどういう原理なの?」

「これは蒼鬼特有の妖力を外に垂れ流しているだけだ。そうだな・・・・・・いわゆる鬼火というやつか」

「鬼火・・・・・・?」

「奴らはもともと死した人間を現世に縛り付けるための火だった。だがその火は争いが続くにつれて増えていった。やがてそれらは合わさり、一つの意志を持つ鬼となった。それが“遺物に潜む鬼”の正体だ」

「よく御伽噺とかに出てくる鬼とは違うってこと?」

「あぁ。まったく別物とは言わないが、同じとも思わない方が良い」

「ふうん」


 手のひらに灯された青い火はゆらゆらと揺れる。

 彼はその火を一度握り、暗闇に放った。青い火の粉が舞う。

 小さな火の粉は瞬く間に元の大きさに成長し、辺りを照らし出した。

 今のでワンフロアを照らせるくらいか。などと考えていると外間は私に向かって言った。


「やってみろ」

「・・・・・・は? まさか同じことを私にやれって?」

「手分けして探した方が速い。お前も明かりは持っていた方がいいだろう」

「そんなに簡単にできることなの?」

「お前も自分自身の中にある妖力くらいは自分で感じ取れるはずだ」


 身体の中で何かがうごめいている感覚がそうだと言うのなら、たしかに私にも感じ取れる。

 紅鬼に入られてから血液とは別に何かが身体中を這いずり回っている感覚があった。


「不快な感覚か?」


 外間は無表情で訊いてくる。それになぜだか苛立ちを覚えた。


「えぇ、本当に気持ちが悪い」

「我慢してそのまま右手に意識を集めろ。そうすれば妖力が自ずと集まってくる」

「・・・・・・」


 右腕に意識を向ける。すると身体中を這いずり回っていたものが、右腕を通過して右手に集まってくる。

 次の瞬間、私の手のひらに赤い炎が灯っていた。


「・・・・・・これでいいの?」

「まだ力が大き過ぎるが・・・・・・今はそれでいいだろう」

「・・・・・・なんか釈然としない答えね」

「お前は人間で、妖力はあやかしの力だ。最低限で制御コントロールできるに越したことはない」


 たしかに、彼の言うことも一理ある。


「分かった。練習しておくわ」

「よし、次だ。これから俺たちは二手に分かれる」


 この施設の内部は大きく三つに分けられる。

 一つは今私たちがいるロビー。もう二つは男女両方の更衣室。

 話し合いの結果、外間が男子更衣室とロビーを、私が女子更衣室を調べることになった。


「ねぇ、二手に分かれた状態で白鬼を見つけたらどうするの?」


 おそらく悠長に叫ぶ余裕はないだろう。見つけたら即座に捕らえなければいけない。


「妖力をできるだけ撒いて俺に合図をしろ。お前の妖力は今見たから分かる」

「なるほど。あれはそういう意味もあったのね」

「だが、すぐに飛んでいけるわけじゃない。お前にも足止めくらいはしてもらう」


 と言って外間は長方形の、何やらくねくねした字が書かれてある紙を三枚ほど渡してくる。


「これは?」

「結界符。あやかしを閉じ込めることができる札だ」

「これで足止めってことね・・・・・・」

「そうだ。鬼が入った遺物に直接付けて使う。人間に害はないから安心してくれて良い」


 書かれている文字がまったく読めない。あやかしの存在を知る前の私だったら、胡散臭くて捨ててたかもしれないが、今回はありがたく受け取っておく。


「これで伝えておくべきことは伝えた。準備はいいか」

「大丈夫。さっさと終わらせましょう」



 


 火をつけて暗闇を進む。

 火をつけてまた進む。

 今のところ妖力は尽きることはなく、むしろ増しているように感じた。使いすぎても良くないのだろうか。

 私はこれまで一度も心霊スポットに行ったことがない。だからか、急に暗闇の中から出てこられたらと思うと鳥肌が収まらない。

 外間とは反対側を探しているから絶対人間はいない。いるとすれば、あやかしか、はたまた幽霊か。その類のものであるのは確実である。


 女子更衣室に着いた。

 この辺はプール特有の塩素の匂いがかすかに漂っており、私はあまり長く居たくない所だ。

 

 ロッカーを一つ一つ開けていく。もしかしたらどれかに入っているかもしれない。

 しかし、どのロッカーにも無かった。


「・・・・・・いないか」


 鬼が何を依代として潜んでいるかは皆目見当もつかない。

 とりあえず怪しい物があれば触って確かめるが、結局は手当たり次第に調べていくしかなかった。


「はぁ、早く終わらせたいんだけど・・・・・・」


 ―――チャリ


「え?」


 何かを踏んだ。硬い。音からして、金属?

 それを拾い上げ、火を灯して照らしてみる。


「これは・・・・・・?」


 豆粒ほどで、先端が尖ったシルバーの金属。

 何らかの衝撃によるものだろうか、押し潰されたように形が歪んでいる。

 なぜこんなものがここにあるのだろう。

 プールに来ていた人が落としていった? 


「いや、この感じ・・・・・・」


 微量ではあるが妖力が残っている。私の身体に流れる、紅鬼のものとよく似た妖力。


「てことは、まさかこれは・・・・・・」


 ―――バンッ

 その直後、背後で轟音が鳴った。

 

「・・・・・・っ!」


 とっさに地面に倒れ込む。

 が脇腹あたりをかすって壁に激突するのが見えた。

 シャツが擦り切れ、血が糸を引いて垂れる。

 すぐさま発砲があった方を見る。暗闇に紛れてよく見えないが、シルエットは捉えた。

 あれはおそらく・・・・・・銃。それも現代のものではなく、もっと昔の時代の銃だ。

 その影は暗闇に消えていく。


「待てっ!!!」


 外間から貰った結界符は対象に貼り付けなければいけない。あらん限りの力を振り絞って影が見えた所に手を伸ばす。

 が、銃はもうそこにはいなかった。

 

「見失った・・・・・・」


 白鬼は完全に力を取り戻していないまでも依り代を動かすことはできるようになっていた。その上で襲ってこなかったところを鑑みるに、最初の一発はこちらへの牽制。

 とすると次に白鬼が起こす行動は・・・・・・。

 

「ここから逃げるつもりか・・・・・・」


 入口の鍵は外間が持っているが、出ようと思えば銃でガラスを打ち破って終わりだ。

 その前に外間と合流しつつ白を追うか、彼が単独で白を捕らえるか・・・・・・。何にせよ入口まで急いで戻らなければ。

 

「・・・・・・気付いててよ」


 今あるありったけの妖力を振り撒き、彼女は白鬼の後を追った。

 



 




 


 

 

 

 

 




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