第48話 助けた命の代償

♡愛side & 美野里side


私と美野里さんは、都さんの話す内容を黙って聞いた


どうやら信一は歩道橋の最上段から突如意識を失い倒れ落下して来たアリサさんと言う天童財閥のお嬢様を、咄嗟の判断で受け止めた際に怪我を負ったとの話だった


実際にその様子を都さんが目撃したというのだから間違い無いのだろう


「あの子らしいと言えば、あの子らしい話ですね・・・」


美野里さんも複雑な表情だった、信一の行動は賞賛されっるべき事であり傍から見れば、一人の女の子を救ったヒーローなのだろう


しかし、信一本人はどうなのか?


助けた時に負った怪我で、大事な中学最後の大会を無残な結果で終え、自責の有る投手というポジションなのだ、チームメイトからは責められないと思う、そもそも信一が居なかったら決勝迄行けなかっただろう、何よりチームメイト全員信一を心配し、無理をさせた事を逆に謝っていた。

だが試合を見に来ていた名門高校のスカウトや全日本のスタッフはどうだろうか?

野球部メンバーの親は?


信一に対する失望や非難をする人は少なからずいるはず・・・・

少なくとも、スカウトや全日本のスタッフは信一を見限ったのだろう

もし違うなら、直ぐに監督に信一の様子を確認するはずだ

でも、そんな様子は無かった・・・

冷たいとは思うが、向こうには向こうの事情も有るから非難は出来ない


だが信一を一番苦しめるのは信一を責めないチームメイトなのだろう


今後の周囲からの気遣いすらも今後信一に重くのし掛かってくるのだろう、信一の事だその苦痛と痛みを周囲に悟られない様にしながら何食わぬ顔で生活していく事は容易に想像出来る


それに先ほどの先生の話しだ・・・もしかしたら今後二度とボールを投げる事が出来ないかもしれない・・・


ジュニアの日本代表にも選出され、大手名門の野球強豪高校からもスカウトに来る程の才能と今までの信一の必死の努力が・・・今日一日で消えて無くなるのかと思ったら怖くて体が震えてきて目の前が真っ暗になる


「信一が・・・信一が可哀そうです・・・」


そんなグチャグチャの気持ちの中でついボソッと口から出てしまった言葉


「愛ちゃん・・・・」


美野里さんも私の気持ちは察してくれてるのか、そっと私の手を握って黙って頷いてくれる


「都さん・・・信一はきっとあなた方を恨んだり憎んだりしません、それどころか感謝して欲しいとも思ってません・・・信一はそういう奴なんです・・」


都さんは何も言わず姿勢良く私の方をじっと見つめる


「ですから、信一に対し過度な謝罪はしないであげて下さい、きっとあなた方に謝罪される度に信一は今日の辛さや痛みを思い出すに違いありません」


「苦しみや辛さを乗り越えてこそ・・・とか言う人が居ますが、それは他人の痛みが分かって無いから勝手な事が言えるんです、本人にとっては忘れる・・辛かった想いを風化させる事でしか苦しみを和らげる方法は無いんです」


私は都さんに頭を下げる


「どうか・・・これから先は信一と接触しないであげて下さい・・お願いします」


「私も同じ気持ちです・・・どうかお願いします」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・わかりました・・」


都さんの表情は相変わらず冷静だった


「しかし、病院でお話ししました通り、信一さんの医療費と治療に関する手配は全面的に天童財閥で面倒見させて頂きます」


「その代わり、天童財閥は今後、信一さんに接触しない事をお約束します」


そう言うと都さんは席を立ち上がり私と美野里さんへ深々と頭を下げ、支払い伝票を手に清算を済ますと、他数名と共に店を後にした


「この事は私と愛ちゃんの胸にだけ留めておこう・・・万が一信一の耳に入れば余計な気遣いをするかもしれないし・・あの子は此れから辛いリハビリも待ってるのにこれ以上の事は・・・」


「美野里さん判ってます・・・」


治療費やその後の費用負担を天童財閥が面倒を見るという事は、流石に小父さんには知らせない訳には行かないけど市江ちゃんには伏せて事になった


美野里さんは、そのまま小父さんが出張先から直接信一の入院先に向かうという連絡が有、私と別れ病院へと戻って行った


私はお母さんに事情を伝え迎えに来てもらう事にした


『それより信一君は大丈夫なの!?・・・ちょっ・・優・・・私がまだ・・』


『お姉ちゃん!!信ちゃんが怪我したって本当なの!?大丈夫なの!?意識は??どこ怪我したの!!ねぇねぇねぇ!!』


『・・・・だ・・・ま・・・さ・・まったく・・・あ、ゴメンなさい、優ったら電話を勝手に奪って・・ああ、うん〇〇病院前のコンビニね、直ぐ行くわ・・・はぃはぃ・・わかったから・・』


『あ、ゴメン優も一緒に行くって聞かなくて・・20分位で付くから待ってて』


そう電話を切ると、メッセージアプリの通知が大量に送られてきていた・・・殆ど安祐美からだ・・


詳細は分からないが、信一が遅刻した理由が安祐美に交通費を渡したからと言うのは聞いていて知ってる


(その事よね・・・信一たち野球部の結果・・・サイトか何かで見ちゃったかな・・・)


『愛、試合は?準決勝どうなったの!?』『5回コールドって・・織田君に何かあったの?』『愛!!お願い返事して!!』


安祐美は自分にも責任があるとでも感じているのだろうか・・・・そんな事は無いよと友人として声をかけてあげたいが


当事者でない私が勝手に信一の気持ちを代弁するのは、いくら幼馴染でも無神経過ぎるだろう・・


『試合は残念だったけど負けたわ』


とりあえず事実だけをメッセージで返信すると・・・


『今日、織田君が投げたんだよね、彼に何かあったの?』


たぶん詳細を聞きたいのだろうけど、今の私には答える事が出来ない


『ごめん、その事はまた説明するけど信一は試合後そのまま病院に搬送されて私も付き添いで今病院なの』


そうメッセージを送った後は安祐美からのメッセージは来なくなった


その事を確認しそっとスマホをスリープにして顔を上げると丁度お母さんが運転する軽自動車が駐車場に入ってくるのを目にする


よこ付けした軽の後部座席のドアを開け乗り込むと、車はゆっくりと発信する


車中で優とお母さんから質問攻めに有ったが、怪我の程度だけ説明して怪我に至った経緯については伏せる事にした・・・・





それから、天童財閥の手配したスポーツドクター達による検査の結果信一は右肩の筋の再結合手術を行う事になる


そして、それは信一にとって過酷なリハビリ生活の始まりだった・・・


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

彼女に好きな人が出来たからと別れたが、どうやらその好きな人は俺の事らしい? nayaminotake @nayaminotake

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ