第14話 開幕!帰宅同好会夏合宿!

「点呼! いち!」

「に……!」

「さん!」


 数秒の沈黙。全員が雨雅さんの方を見る。


「……よん」

「よし! 全員居るね! それじゃあ新幹線乗ろう!」

「四人で点呼とか必要ねぇだろ……」


 満足げな悠加を横目に、雨雅さんが文句を垂らす。


 今私たちがどこに居るかというと、新幹線のホームだ。これから帰宅同好会夏合宿が始まる。




 事の始まりは夏祭りに行った翌日。

 悠加から帰宅同好会のグループラインにメッセージが来た。


『来週の月曜日からで合宿しない?』


 詳しく話を聞いてみると、合宿と称してみんなで少し遠くまで一泊二日の旅行に行きたいとの事だった。

 もちろん学校公認であるはずは無く、旅行費は全て自腹である。

 行き先は海の近く。夏らしい事を一泊二日で全部やるのが目標らしい。

 細かい計画は悠加と枯月さんの二人だけで考えたようで、まだ秘密。着いてからのお楽しみだそうだ。

 私は旅行費と持ち物だけ聞かされている。




「点呼! いち!」

「に……!」

「さ……」

「おい待て、これまたやんのか?」


 新幹線からバスに乗り換え、私たちは目的地の近くにたどり着いた。

 佐野橋も枯月さんもテンションが普段より圧倒的に高く、私もそうである。


 気温は34°C。

 だが、それを感じさせないくらい清々しい空気感。

 暑ささえも思い出の一つになってしまいそうだ。


 綺麗に整備されたバス停の奥に、人で賑わっている砂浜が見える。

 既にワクワクが止まらない。


「あんまり時間無いし早く行こっか!」

「時間無いなら点呼すんなよ……」


 雨雅さんのごもっともな指摘を無視し、悠加が意気揚々と坂道を駆け出した。

 重たい荷物を持ってよく走れる。


「あっ、待って悠加ぁ……!」


 悠加を追って私も駆け出す。


「おーい、二人とも! まず荷物預ける!」

「あ……そっかそっかぁ……!」


 走り出したはいいが、こんな重い荷物を持ったままビーチというのも変である。

 先に宿泊先に荷物を預けるべきだ。

 私たちは宿泊予定のホテルへと向かった――




「……やば」

「やばいね……」


 私たちが辿り着いたのは、見るからに高そうなホテルである。

 私たち以外の宿泊客も明らかに格式の高そうな方々ばかりだ。

 やたら高い天井にバカでかいシャンデリアがぶら下がっており、そこかしこの柱には緻密な装飾が施されている。


 このホテルの支配人と枯月さんの親が知り合いらしく、色々あって安く泊めて貰えるらしい。

 それでもまあ、普通のビジネスホテルなんかよりは余っ程高いのだが。


「――はい、四人です。はい。はい……」


 枯月さんが手馴れたように人と話しながら私たちの荷物を預けている。恐ろしい。


「おっけー! 荷物預けておいたよ!」

「ありがとう栞……よし! これで身軽になった訳だし、今度こそ出発!」


 入口の自動ドアが開くやいなや、悠加が飛び出した。


「ま、待って悠加!」


 私もそれを追って小走りでホテルを後にした。


 ホテルからビーチまでは徒歩で約十分弱。

 走り出してからすぐに砂浜が見える。


「着いたら水着に着替えてからお昼ご飯にしよう! もう正午過ぎてるし……今日はバーベキューだよ!」


 よくもまあ走りながらそんな元気に喋れる。


「わーい! バーベキュー!」

「いや、栞は既に知ってただろ……」


 枯月さんも雨雅さんも、まだ元気そうだ。

 二人とも運動部なのだから当然といえば当然だが。




「いやぁ、でもいい天気だね! 絶好のバーベキュー日和……」

「だいぶ暑いけどねぇ」


 枯月さんと悠加のそんな会話を聴きながら走り続け約五分。

 ビーチはもう目の前だが、私はもう死にそうになってきた。

 自分でも驚きだ。まさかここまで体力が無いとは。


「七、息切れてるけど……だいじょぶ?」

「ぜはぁ……ぜはぁ……だぁ……だいじょ…………ぶ……です……」

「もう少しゆっくり行こうか……七が倒れたりしたらマズイし……」


 悠加がゆっくりとスピードを落とす。

 私もそれに追従してのろのろとした歩きに移行した。


「マジで水分取れよ? 熱中症とかこっちが迷惑だから……」

「塩分も取らないとね。私、塩飴持ってるけど舐める?」

「ごめんね七……無理して走らせちゃって」


 悠加が肩を貸してくれる。

 なんていい友達に恵まれたのだろうと思うと同時に、自分の情けなさを恥じる。


 砂浜までの数十メートル。

 私にはその短い道のりが果てしなく長く思われた――






 現在、私は更衣室の中にいる。


 水着が必要だと事前に伝えられていたため、わざわざ新しいのを買って持ってきた。

 スタイルに自信がない事はないが、悠加に見られるのも普通に恥ずかしいので露出度は抑えめの物を買った。


 悠加の水着かぁ、なんて邪な妄想を抱きながら、水着を着ていく。

 髪型もいつもと違うポニーテールにしてみた。

 軽く深呼吸をして煩悩を払い、サンダルを履こうとした時の事だった。


 私の腹が視界に入った。

 少しぷよっとした私の腹が。


 太った?


 元々ステージに立つ身として、最低限体重管理はしてきたはずだった。

 その努力の結果、演劇部時代はかなり痩せ型の部類だった。

 しかし、辞めてから体重管理なんてぱったりやめてしまっていた。


 怖くて体重計を確認できずに居たが、これは相当増えている気がする。

 小太りというほど太いわけではないのだが、元々痩せていた私にとってはだいぶショックだった。


 しかしまあ、今からどうにかできるわけでもないから出るしかないと思い、更衣室を出る。

 もう既に着替え終えた三人が待っていた。


「あ、七出てきた! 水着似合ってるぅ〜」


 真っ先に視界に入ってきたのは悠加の水着姿だった訳だが、こうして露出度の高い悠加を見ると、改めて綺麗に痩せているなという印象を受ける。

 にしても少し痩せすぎな気はするが。


「やたら遅かったな……」

「それじゃ、バーベキュー始めよ!」


 枯月さんと雨雅さんは、相変わらず親子という印象である。

 やたら親がはしゃいでいる割にそのテンションに付いていけない子という雰囲気を醸し出している。

 水着も枯月さんが年相応……というより、少し大人っぽいものであるのに対し、雨雅さんは私以上に露出度の低いものである。


「準備はもうお店の人が済ませてくれたらしいから、いつでも始められるよ〜」


 私は体重の増加を誰にも指摘されなかったという安堵を胸に、バーベキュー会場へと向かった。




「肉焼けたぞ〜」

「私貰っていい?」

「どうぞ〜!」


 他三人が楽しそうにそんな会話をしながら肉を焼いている中、私だけは自分の体重を気にして野菜ばかり食べていた。

 怪しまれないように最低限数枚は頂いたが。


「あ、それも私いい?」

「栞食欲あるね〜」

「コイツ、マジで食うぞ。去年の誕生日とかホールケーキ丸々いったからな……」

「ちょ、ゆかり! それ秘密!」


 枯月さんは躊躇う事なく肉を口に放り込んでいく。

 私はふと枯月さんのお腹を見てみる。

 悠加と比べれば健康的な感じだが決して太っている訳では無く、なんなら今の私と比べたら痩せているかというくらいだった。

 痩せ型なのだろう。

 まあ――栄養分の大半が胸に行っているような気がしないでもない。


「あ、これあたしの肉な」


 雨雅さんが焼いた肉を自分の箸で掴んでそのまま食べた。

 よく見ると焦げていたため、私たちに気を使わせないよう処理してくれたのだろうか。


「てか、七もお肉食べなよ〜。遠慮してないで!」


 ただ三人を眺めながら玉ねぎを頬張っていると、悠加がトングで私の皿に肉を押し付けてきた。


 まさか悠加、私が遠慮して肉を食べていないのだと勘違いして、私に助け舟を出してくれたのではないか。

 だとしたらめちゃくちゃ嬉しい。


 どちらにせよ、悠加から貰ったお肉だ。食べざるを得ない。


「ありがとう悠加……いただきます」


 肉を頬張る。美味い。

 一枚食べると自制心が揺らいでくる。


「まだまだあるよ〜」


 良かれと思ってか、悠加が私の皿に何枚も肉を追加してくる。

 やはり、これも食わざるを得ない。


 自分の腹がたびたび視界に入る。

 罪悪感と幸福感の間で板挟みになりながら肉を食べる私に、悠加がいじらしい笑みを浮かべる。

 悪意が無いのは分かっているのだが、私にはその表情が小悪魔のそれのように見えた。


「七ぁ……美味しい?」

「美味しい……です……」


 半分くらい拷問である。


「餌付けだな」

「餌付けだね」


 雨雅さんと、肉を口に含んだ枯月さんが拷問される私を横目にそんな事を言い合う。

 みっともない……。


「ほらほら七〜。どんどん食べな〜」


 悠加の誘いに私はまんまと乗ってしまい。結局満足いくまでバーベキューを満喫してしまった。




「次! スイカ割り!」


 私が膨れたお腹を撫でながら後悔の念に苛まれていると、どこから持ってきたのやらスイカを抱えて悠加が来た。


「わーい! スイカ〜!」

「普通に考えて、スイカを棒で割ったら食べにくいだろ……」


 枯月さんが喜び、雨雅さんが正論を零す。

 この流れももうお決まりになってきた。


「じゃあまず七から!」

「え、ちょっ……待って?」


 他人事のように眺めていると、突然悠加がそんな事を言い出した。

 私が慌てている間に悠加が後ろに回り込み、勝手に目隠しを巻かれる。


「はい、棒」

「えっ……」


 棒を握らされると、悠加が遠くに走っていく足音が聞こえる。


「よし! じゃあスタート!」

「安曇ちゃん頑張れ〜」

「まってまだ状況分かってないんだけど……」


 状況を理解する前にスイカ割りが始まってしまった。


「前! 前!」

「そうそう! そのまま前!」


 とりあえず歩き始めてみる。

 視界は完全に遮られており、悠加と枯月さんの声だけが頼りだ。


「もうちょい右!」

「そうそう! いいね〜! ほら、ゆかりも!」

「はぁ……」


 三人がそうやって会話しているのを遠くから聴きながら私は砂浜を歩く。

 なんだか疎外感を感じてしまう。


「あ、そうだ……!」


 悠加のその一言を最後に、しばらく声が止む。

 突然の事に恐怖を感じてしまった。

 微かに枯月さんがくすくす笑う声と、雨雅さんのため息が聞こえるから、おそらく悠加が何か企んでいるのだろう。


「安曇ちゃん、そのまま前〜!」

「あー、うん、そのまま前」


 枯月さんの声に加え、雨雅さんの声も聞こえた。

 しかし、悠加の声がない。嫌な予感がする。


「ふふっ……安曇ちゃん、そのまま前ねー」

「はぁ……」


 恐る恐る言われた通り前に進む。

 すると――


「えいっ」

「ぐひゃっ」


 悠加の声がしたと思えば、突然後ろから柔らかな感触。人の体温を感じる。

 私は変な声をあげると同時に棒を落としてしまった。


「ちょ、は、悠加?」

「七、ビックリした?」


 ビックリというよりドキドキしている。

 水着で抱きつかれたら、必然的に肌と肌が直接くっつく事になる訳で。

 普段以上に悠加の柔らかさを感じる。

 つい姿勢を落としてしまう。腰を曲げる事により、私の腹のふくらみは余計に目立っていたことだろう。


「えいっ」

「やっ! ちょ、悠加……」


 悠加が私の腹をつつく。

 本当に悪意は無いのだろうが、私には太ったという事実を改めて実感させられて苦しかった。


「あ、もしかして七、くすぐられるのとか弱い?」


 私が顔を伏せているのを見て、くすぐったがっていると勘違いされてしまったようである。

 まあ事実としてくすぐりにはかなり弱い。悠加に抱きつかれたり頭を撫でられる度に変な声を出すのは、全身の感覚が過敏だという理由もある。


「えいやっ」

「えっ、ちょ、待っ、悠加! くっ……! ふふっ……!」


 悠加が私の脇腹に手を突っ込み、くすぐってくる。

 私は情けなく笑い声を零す。


「ちょ、さ、佐野橋ちゃんストップ! センシティブすぎるって!」


 枯月さんの声が近付いてきた。


「うん。私もこれはちょっと危ないと思った」

「安曇ちゃん、目隠し外すよ……」


 私が息を荒くしていると、枯月さんが目隠しを外してきた。

 突然強い光が入ってきて、私は目を細める。


「ごめんね? 七……」

「いや、全然大丈夫……」

「もういいや! スイカは普通に食べよう!」


 結局スイカは普通に食べることになった。

 雨雅さんは「普通に食った方が良かっただろ」と言いたげな目をしながらスイカを食べていた。

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君と帰るところ 珈琲水筒 @suito_

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