第13.5話 本心

 暫く歩いていると、後方から突然爆発音が聞こえた。

 振り返ってみると、特大の花火が空に咲いていた。


「わぁぁ……綺麗!」

「……そうだな」


 安曇ちゃんと佐野橋ちゃんを二人っきりにするため、私はゆかりと一緒に夏祭り会場の入口の方まで戻ってきていた。


「てか栞、腹痛いって嘘だったのかよ……心配して損したわ」


 私は腹痛と嘘をついてゆかりを連れ出した訳だが、それをゆかりが本気で信じてしまったらしい。

 ゆかりは洞察力が高くて、雑な嘘なんてすぐ見抜くのに、私が嘘でも苦しそうにしている時は必ず心配してくれる。

 本当に優しい子だ。


「ゆかりと二人っきりで花火見たかったんだんだよぉ……許して?」

「嘘つけ。安曇と佐野橋くっつけたかっただけだろ」

「バレてたか……」


 ゆかりと二人っきりで花火を見たかった、というのはまあ事実なのだが。


「にしても、花火って綺麗だな……」


 近くのベンチに腰掛けて、ゆかりがしみじみと言う。

 私も隣に座る。


 ゆかりは無意味な物が嫌いだ。

 中身の無い幸せが嫌いだ。

 かき氷は氷にシロップをかけただけだと一蹴し、芸能人のサインなんかにもただの紙切れだと言い切ってしまう。


 そんなゆかりだが、どうやら花火は嫌いじゃないようだ。


「ゆかりが花火好きなの、ちょっと意外かも」

「はぁ? こんな綺麗なもん見せられて、嫌いってのがおかしいだろ?」


 花火なんて所詮花の形に火を飛ばしただけ。

 でも、綺麗なのだ。

 中身の無い綺麗さでは無く、目の前にある花火それそのものが事実として綺麗なのだ。

 ゆかりにとっては花火はそういう物なのだろう。


 なんというか、ゆかりはロマンチストなところがある。

 水族館やプラネタリウムも好きだし。

 でも、星座という概念には「こいぬ座はこいぬに見えない。星座作った奴らは全員馬鹿だ」と苦言を呈しているが。


 ただ、自分の感性に正直なだけなのかもしれない。

 好きな物は好き、嫌いな物は嫌い。綺麗な物は好き。

 というふうに。


「あ……あと、花火は思い出だからな、あたしの」

「思い出……?」

「ほら、忘れたとは言わせねぇぞ? 一昨年のだよ。一昨年花火一緒に見たろ?」


 一昨年、と言われて思い出す。

 二年前のゆかりの誕生日に、近くの広い公園を貸し切り、私が花火師を呼んで花火を打ち上げたのだ。

 法律とか色々難しい事は全部中野さんがやってくれたのだが、だいぶ困難は多かったらしい。

 その時はゆかりも恥ずかしがっていたし、なんなら少し怒っていたから、私にとってはあまりいい思い出では無かった。


「アレか! でもゆかり、あの時ちょっと怒ってなかった?」

「そりゃあ少しは怒るわ……。でも、花火は綺麗だったし、わざわざあたしのために打ち上げてくれて嬉しかった」


 二年の時を経て、ようやくゆかりの本当の気持ちを聞けた。


「そっか……あの時の事ちょっと後悔してたけど、ゆかりがそう言ってくれて良かった」

「後悔って……栞らしくないな。あの時はちゃんと言えてなかったけど、あたしは本当に嬉しかったよ。ありがとう」


 ゆかりの頬が少し赤くなっている。

 花火のせいか、照れているのか。その両方か。


 私たちは長い付き合いだが、まだお互いの気持ちをしっかり理解できていないみたいだ。

 私もゆかりも、本心を話すのは得意じゃないし、話したがる事もない。

 いずれ、もっとお互いの事を知りたいと思うと同時に、お互いを知るのが怖いという気持ちもある。


「はぁ……花火終わっちまったな」

「そうだね……」


 いつの間にか空は怖いくらい静かになっていて、うっすらと星が見えた。


「来年も、一緒に来る?」

「行かない可能性があるとでも?」


 焦らなくてもいい。私たちに残された時間はまだ沢山ある。

 ゆっくりと、お互いの事を知っていこう。

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