第13話 夏祭り
「お姉ちゃん、これ変じゃないよね……?」
「全然変じゃないんじゃない? 知らんけど。馬子にも衣装って感じ」
浴衣を身にまとった私を横目で見て、お姉ちゃんが適当に答える。
「ホントに大丈夫?」
「だから大丈夫だって……はよ行きなよ、そろそろ行かんと遅れるよ?」
「はぁ……分かった。行ってきます……」
夏休みが始まって、三日が経った。
流石に、帰宅同好会も夏休みにまで活発に活動する訳ではない。
一応、夏休みの活動内容は「みんなで出かけたりする」との事だったが、今のところまだ一度も活動は無い。
即ち、三日間悠加に会えていない。
そもそも、帰宅部らしい事をするのがコンセプトならば、夏休みはどこも出かけずに家でダラダラしているのが正しい活動の形なのではないか。
と思ったが、もうそのコンセプトも少し崩壊しつつあるため口には出さなかった。
私は(マトモな)部活の無い夏休みなんて小学生ぶりだったため、過ごし方もよく分からずに居た。
一日目はとにかく怠けると心に決め、お菓子を食べながら映画を見たり、寝っ転がりながらスマホゲームをしたりしながら時間を消化してみた。しかし途中で罪悪感が芽生えてきてしまった。
二日目は宿題を進めてみようと思い立ったが、昼頃には諦めてしまった。
三日目は外に出てみようと考え、近所の公園に行ってみた。する事もなかったのでランニングをしてみたが、すぐに疲れ果ててしまい帰った。
そんなこんなで夏休みを満喫できていないという時に、突然、帰宅同好会のグループチャットから通知が来た。
『明日みんなで夏祭り行かない?』
悠加からだった。
どうやら近所でもう夏祭りが始まるらしく、それにみんなで行こうとの事だった。
勿論私はその誘いに乗った。
洋服で行くか浴衣で行くかはかなり悩んだ。
悠加はどっちで来るだろう?
浴衣で来てくれたら嬉しいし、着て来そうなイメージもあるが、ああ見えて悠加は合理主義だ。
意外と、普通に洋服で来るかもしれない。
結局、私は悠加が浴衣を着て来るという一縷の望みに賭け、浴衣を着る選択をした。
家から約二十分、夏祭りの会場――近所の公園に辿り着く。
少し歩いただけだが、下駄を履いてきたせいで足の指が痛い。
『もう着いたよ』
『私も今着いた! 七どこ居る?』
『私とゆかりはあとちょっとで着くよ〜』
『今綿菓子売ってるところの前居る。悠加どこ?』
スマホを閉じ、辺りを見回して悠加を探す。
浴衣であってくれ、浴衣であってくれ。
そう心の中で念じながら人混みの中悠加を探していると、突然肩を叩かれた。
「おまたせ、七」
「悠加!」
振り返るとそこには、綺麗な浴衣姿の悠加が居た。
長い髪をかんざしで纏めていて、いつもの快活な悠加とはまた少し違う印象。
生きてて良かった。似合いすぎる。細い身体に浴衣がよく映えている。
「やー、それにしても七、浴衣似合うね〜」
「悠加も……なんか、凄い……かわいい」
可愛いと口に出すのが相変わらず恥ずかしくて、声が小さくなる。
「え〜、今なんて? 聞こえなかったなー」
悠加が芝居がかったようにそう言ってニヤニヤする。
卑怯だ! 私に二度も恥ずかしい事を言わせるな!
「えと、その……可愛い」
しかし、ここで引くのも癪なので言ってやった。
悠加は満足げにニコニコ笑って頷いている。
「お前らマジで相変わらずだな」
「仲良いね〜、お二人さん」
今度は後方から枯月さんと雨雅さんが声をかけてきた。
一連の会話、聞かれていないだろうか。
「お、栞! ゆかり! 待ってたよ〜」
「じゃあ行こっか!」
枯月さんは浴衣……というか、綺麗な着物のような物を着ている。
流石お嬢様といった感じである。
雨雅さんの方は洋服。まあ雨雅さんらしいといえば雨雅さんらしい。
「あ、私あれ食べたい!」
歩き始めた途端、枯月さんが突然立ち止まり、目を輝かせて屋台を指さした。
「りんご飴、か」
「いいねいいね! 食べよう!」
悠加が枯月さんより先に屋台へ駆け寄る。
「やたらデカいから飽きるぞ、りんご飴」
「もー、ゆかり、野暮な事言わないの!」
雨雅さんと枯月さんのこういう掛け合いを見ていると、なんというか、微笑ましい。
「何個にする?」
「私はいらないかな……」
「あたしもいらない」
「じゃあ二個ね〜!」
正直、りんご飴丸々一個食べられるような気がしない。というより、他の食べ物のために腹を空けておきたい。
りんご飴ごときで腹を満たしてしまったせいで、後でタコ焼きが食べられないなんて事になったら嫌だ。
ただでさえ、結構しっかり夕飯を食べてしまったのだから、慎重にならねばいけない。
「りんご飴だ〜! 私あんまり夏祭りとか来たこと無かったから、りんご飴初めて!」
枯月さんが子供のように喜ぶ。
「りんご飴、やっぱり一口目は美味しいねぇ……」
悠加がりんご飴を軽く舐め、そう夢の終わりを予知するような事を言う。
「美味しい!」
枯月さんの方は相変わらず子供のように喜びながらりんご飴を齧っている。
それにしても、りんご飴を舐める悠加の姿が、なんというか艶めかしくて見入ってしまう。
髪をかきあげ、小さく舌を出して真っ赤な大きいりんご飴を舐めている。
髪をかきあげるところも、舌を出しているところも、普段あまり見ない悠加の姿だから、より一層扇情的だ。
りんごごと齧り付いている様相も、なんだか魅力的に映る。
「もう飽きてきたなぁ……」
「そうだね、飽きてきた」
「ほら、あたしの言った通りだろ……」
案の定、二人ともりんご飴には飽きてきてしまったようだ。
「ご馳走様……」
「えぇっ! 栞食べるの速くない?」
飽きたとしてもなんだかんだ食べ切る。
枯月さんの育ちの良さのようなものが染み出ている。
「私結構大食いなんだよね〜」
「んな事より栞、口元汚れてんぞ」
「ん……ありがと、ゆかり」
誇らしげにする枯月さんの口元を、雨雅さんが懐から出したウェットティッシュで拭く。
懐にウェットティッシュを備えておくあたり、こういう事は良くあるのだろう。
普段は枯月さんが保護者という雰囲気だが、雨雅さんもなんだかんだ面倒見は良いようだ。
「じゃ、串捨ててくるから待ってて!」
枯月さんが私達を置いてゴミ箱の方へ向かい、当然のように雨雅さんがそれに付いていく。
私と悠加は二人きりにされてしまった。
悠加も食べ終わっていけば捨てにいけばいいのに、と思ったが、わざわざ口には出さなかった。
悠加は小さな口で大きなりんご飴をちびちび食べている。可愛い。
「それにしても量多いなぁ……七、代わりに食べてくれたりしない?」
「わ、わかった……」
少食な悠加には少し大きかったようで、手渡されたりんご飴は約三分の一程度が残っていた。
勢いに負けて食べる流れになってしまったが、普通に間接キスでは無いだろうか、これ。
しかし、それを意識して食べるのを躊躇っては、悠加から不審がられてしまうかもしれない。
そう自分に言い聞かせ、りんご飴に口を近付ける。
悠加が舐めて溶かした飴が、悠加が噛んだりんごの断面にかかっている。
過激だ。世の中のありふれた間接キスより圧倒的に過激だ。
なんなら、普通にキスするより過激かもしれない。
私はどうにか、平生を装いながら、いつも通りの表情でりんご飴を一口齧る。
「どう? 美味しい?」
「甘くて、美味しかった……です」
味なんて楽しんでいる暇は一切無かったが、なんとなく甘いというくらいは分かったので適当な感想を言う。
なんなら、間接キスにも浸れなかった。
「残り全部七が食べて……私もう食べれない……」
「う、うん……」
私は、平生を装うため、無心でただりんご飴を噛み続けた。
悠加の方を見たら理性がどうにかなってしまいそうだったから、視界にはりんご飴と自分の脚だけを入れた。
「はぁ……ご馳走様」
「七、早いね! お腹空いてた?」
「ま……まあ、そこそこ……」
ただ何も考えずに食べ続けた結果、私はすごい速度で食べ終わってしまった。
味も間接キスもいまいち楽しめなかった。
まあ、悠加に不審がられなかっただけ良かった。
「そういえば、今の間接キスだったね、七」
「へあっ、あ、うん、そう、だね?」
悠加が平然と言い出すから、私は情けない声で驚いてしまった。
どうにか意識しないようにと頑張っていたのに、悠加の口からそう言われてしまうと、やはり恥ずかしい。
今、自分の体内に悠加の舐めた飴が存在しているのだと思うと、言い表せないような気持ちの悪い背徳感がふつふつと湧き上がってくる。
「二人とも、ただいま〜」
「あっ! 栞もゆかりも、おかえり」
私が硬直している時に、枯月さんと雨雅さんが帰ってきてくれた。
ナイスタイミング。
どうにかこれ以上恥を晒すのは防げた。
「そうだ! ゆかり、ウェットティッシュ一枚頂戴?」
「はぁ……変な事には使うなよ?」
「分かった! 七、ちょっとこっち向いて……」
「う、うん……わかった……」
言われるがままに悠加の方を向くと、突然唇に湿った感触。
口元を悠加に拭かれている。
「よし! 綺麗になったね!」
「は……はわわ……」
柄にもなく可愛い狼狽え方をしてしまった。無念
「はぁ……イチャつくなら他所でやれよ……」
「ゆかりにだけは言われたくないよ、うん」
二人の微笑ましいやり取りを見て、私はどうにか心を落ち着かせた。
「じゃ、次あれ行かない?」
「射的! いいね!」
枯月さんの提案で、私たちはりんご飴の屋台の二つ左――射的の屋台へ向かった。
「七! あのヌイグルミ取って!」
「ん、分かった。任せて」
悠加が棚に並んだクマのヌイグルミを指さして子供のようにはしゃぐ。
勿論断る理由も無かった。
射的はあまりした事が無いが、悠加にいい所を見せるチャンスだ!
私は射的屋のおじさんの元へ向かった。
「一人一回三百円で三発ね。何人やる?」
「私は七の見てるだけでいいや」
「あたしもやらん」
「私やりたい!」
「えっと……じゃあ二人で」
私はおじさんから銃と三つのコルクを渡された。
大事なのは構えだ。
私は拙い記憶を頼りに、ゲームで見たのと同じような構えを再現してみる。
幸い、私は演劇部での経験から人の動きを模倣するのが上手い。
足を少し開き、左肘を台に付けて銃をしっかり支える。
右手でトリガーに手をかけ、照準をゆっくりとクマのヌイグルミに合わせる。
「安曇ちゃん、フォーム綺麗!」
「嬢ちゃんセンスあるね……」
弓道部の枯月さんや、射的屋のおじさんにも褒められてしまった。もしかして私才能あるのでは?
自信が溢れてくる。今なら撃てる。
「七、構えめちゃくちゃかっこいいじゃん……」
トリガーを引こうとした途端、突然私は悠加にかっこいいと言われてしまった。
遂に小動物扱い卒業か?
私は喜びと動揺で照準がぶれる。
発砲音と同時に放たれたコルクは、クマのちょうど真横をすり抜けて奥の幕に当たってしまった。
「あー……惜しい!」
「安曇ちゃん、フォームは良かったけど邪念が混じってたね……心を清めないと弾は当たらないよ」
枯月さんが私の心を見透かしたかのような事を言う。
「次こそ……」
「七、がんばれー!」
二発目。
私は先程と寸分違わぬフォームで再び銃を構え、照準を定める。
しかし、先程のかっこいいという言葉がやはり脳裏をよぎる。
私は相変わらず集中できないままトリガーを引いてしまった。
コルクはクマの身体を少し掠め、また裏に落ちる。
「あと一発ね……」
「安曇ちゃん! 邪念払うなら深呼吸!」
「は、はい!」
枯月さんに言われた通り、私は深呼吸をする。
息を吸い、少し止め、吐く。
呼気と一緒に、私の悠加への下心のようなものがどんどん抜けていくのを感じる。
私は目を開け、悠加の方に目をやる。
悠加は真っ直ぐな目でこちらを見ている。
目が合った時、私は罪悪感を感じてしまった。
悠加はただ純真にクマのヌイグルミを求め、私に期待してくれているというのに、私はくだらない下心に流されてしまっている。
今度こそ悠加の期待にしっかり報いなければならない。
本当に悠加の事が好きなのなら、悠加からどう見られるか考えるよりも、悠加が喜んでくれるかどうかだけを考えるべきだ。
私はまた銃を構える。
照準を狙う手は一切ブレない。
今度は、いける。
私はただ純真に悠加が喜んでくれる事を願い、トリガーを引いた――
「やー! 惜しかったね……七」
「ああいう景品って弾当たったくらいじゃ倒れないように出来てんだよ……気落とすなよ安曇」
結局、放たれたコルクはクマに当たったものの、クマは少し後ろに動いたくらいだった。
私がこの世の終わりのような顔で落ち込んでいたせいで、雨雅さんさえ慰めてくれるという事態になった。
「私が安曇ちゃんの代わりにあのヌイグルミ取ってあげるからね!」
今度は、枯月さんが打つ番になった。
銃を構える枯月さんの横顔が頼もしい。
枯月さんは私に教えたように軽く深呼吸をして、ゆっくりと照準をヌイグルミに合わせる。
一瞬、枯月さんの目から光が消えた。
素人の私でもわかる程の、気のようなものが枯月さんから伝わってくる。
これが、前に枯月さんが言っていた「殺すぞ〜っ! って感じ」なのだろうか。
次の瞬間、ダン、と実銃と大差ないような発砲音の後に銃口からコルクが飛び出した。
コルクは私の目では追えないような速度で飛び、クマはいとも簡単に倒れてしまった。
いや、おかしいだろう。
何故私の時より銃の威力が上がっているんだ。
プレイヤーが上手くても銃の性能は変わらないはずだろう。
「こんなもんかな!」
「やったー! ありがとう栞!」
「いやいやいやいや、なんで私が撃った時より銃の威力上がってるんですか……」
「本当にいい銃の使い手ってのはな、銃の性能を最大限引き出せる奴の事をいうのさ……」
射的屋のおじさんも感傷に浸っている様子。
やはり、枯月さんは只者ではないようだ。
その後も私達は夏祭りを楽しんだ。
ヨーヨー釣りをしてみたり、かき氷を食べたり、タコ焼きを食べたり――
そんなこんなで楽しんでいるうちに、時間はあっという間に過ぎてしまった。
「もうこんな時間か……そろそろ帰らないとね」
「もう終わりかぁ……寂しいなぁ……」
枯月さんと悠加が子供みたいにはしゃぎ、私と雨雅さんがそれに付き合う。
雨雅さんがどうだったかは知らないが、少なくとも私はこれが楽しかった。
だから、まだ帰りたくなかった。
何より、まだ私は悠加にいい所を見せられていない。
「このあと花火あるらしいし、それだけ見て行かない?」
何か、まだこの場に残るための言い訳は無いか。
頭をフル回転させて考えている時、突然枯月さんがそう言い放った。
ナイスタイミング!
「そうだね、花火は見ていこうか」
「私もそれがいいと思います!」
悠加が同調してくれたので、私も勿論そうする。
良かった、これでもう少し悠加と一緒に居られる。
「じゃあ、あっちの方行こう? 花火見やすいと思うし……」
「そうだね! それじゃあ……」
そうして私たちが高台の方へ向かおうとした時、突然、
「いたたたたたたたっ! うわー! 突然腹痛がぁ!」
枯月さんがお腹を押さえて苦しみ始めた。
「えっ、し、栞、大丈夫……?」
「ごめん、私御手洗に行くから! ゆかり、一人じゃ寂しいから付いてきて!」
「はっ? ちょ、何だよ急に!」
明らかに腹痛は演技である。わざとらしい。
枯月さんが雨雅さんの手を引き、入口の方へと駆け出してしまった。
「ごめん! あとは二人で楽しんで!」
「行っちゃった……」
もしかして、私と悠加を二人だけにしてくれたのだろうか?
さっきの、りんご飴の串を捨てに行った時もそうだ。
枯月さんは、私の恋愛を応援してくれているのではないだろうか。
そう思うと勇気が湧いてきた。
せっかく貰ったチャンスだ。絶対に悠加にいい所を見せてやる。
「あっちの方、結構綺麗に見えるんじゃない?」
花火が見やすい高いところへ向かうため、石の階段を二人で登る。お祭りの雑踏からどんどん離れていく。
喧騒が遠くから聞こえ、悠加の声がやけに響く。
私より少し前を楽しそうに歩く悠加。
たまに此方を振り返る時のその微笑みが可愛くて、改めて私はこの人が好きなのだと実感させられた。
愛しい人が微笑むだけで、こんなに心打たれるのか。
こんなに可愛い人の微笑みが私に向けられていて、こんなに可愛い人が私と一緒に花火を見てくれて。
それが私には心の底から嬉しかった。
恋をするのも初めてだった私は、悠加と行動する度に何か新たな発見をしてしまう。
両手を小さく振って歩く悠加。
今、手を繋いだら嫌がられるだろうか。
「はぐれないため」というようなちゃんとした理由も無しに手を繋いだら、気持ち悪いと思われるかもしれない。
或いは、私の気持ちが悠加に伝わってしまうかもしれない。
それでも私は、悠加の手を取る事を選んだ。
ここで動かねば、悠加を惚れさせるなんて大それた目標を立てる資格は無いだろう。
私はゆっくり、悠加に手を近付ける。
手と手が一瞬触れ合った。
悠加が手を引っこめたが、私はそれを追って手を掴む。
悠加が振り返り、驚いたような顔をする。
「七、手、繋ぎたいの?」
「うん……」
否定できなかったし、その必要も無かった。
私は頷く。
「……そっか」
悠加は寂しそうな微笑みを私に見せ、手を握り返してくれた。
初めて見る笑い方だった。
その時、突然爆発音がした。
「うわっ! もう花火始まっちゃってる……急ご!」
悠加が私の手を引いて小走りで高台を目指す。
悠加の手は相変わらず心地よかった。
「わ……綺麗……」
「そうだね……」
少し開けた場所に来る。花火が目の前で綺麗に咲いていた。
周りに人は居ない。穴場を見つけられた。
「そうだ! 私、花火見に来たらやってみたかった事あるんだよね〜。七、こっち向いて!」
「か、顔近くない?」
手を繋いだまま目を合わせると、お互いの息がかかりそうな程の距離感になってしまう。
つい顔を少し逸らしてしまう。
私たちの会話の後ろで、花火が天に登っている音がする。
「ずっと――」
悠加が何かを言うと同時に、特大の花火が夜空に咲いた。
口の動きだけでは何を言おうとしていたのか全く分からなかったが、話し始めの「ずっと」という言葉だけは辛うじて聞き取れた。
「今、なんて?」
「んー? 秘密!」
少し話してみて分かったのだが、どうやら悠加の「やってみたかった事」というのは、「ラブコメとかでよくある花火の音で大事な事が聞き取れなくなってしまう展開」らしかった。
悠加がなんと言ったのかは気になるが、お互いのためにも聞かない方がいい事だったりするのかもしれない。
「あのさ」
暫く手を繋いで花火を眺めていると、悠加がいつにもなく真剣な表情で切り出した。
「七、私の事、好き?」
真剣な表情を隠すように悠加か微笑むが、その笑顔はいつもの快活なそれでは無かった。
当然、私は慌てた。
好きな人から、自分の事が好きか聞かれたのだ。
質問の意図が分からなかった。
友達にするには踏み入った質問すぎる。
じゃあ何故こんな質問を私に?
悠加が、私の事を好き。そんな夢のような可能性が存在しうるという事に気付いてしまった。
「え、えっと……その……悠加は私の事好き?」
素直に一言好きだと言えばいい物を。
悠加を惚れさせるなんて言い張っていた癖に、私はみっともなく質問を質問で返してしまった。
「もっちろん、大好きだよ?」
悠加は私の方に身体を向け、両手で私の右手を握って笑う。
この「好き」はどういう意味だろう。
普段なら、悠加から伝えられる「好き」は単なる友達としての好意だ。少なくとも私はそういう風に捉えている。
でも、どうしても今だけはそうだと思えない。
「七は? 私の事好き?」
またその質問をされる。
「うん、好き」
私は息を整え、まっすぐと悠加の目を見て言った。
友達としても、恋愛対象だとしても、それが最適解だと思ったから。
「そっか……ありがと、七」
悠加が眉を下げて微笑む。
見たことの無い悠加だった。
「いやぁ、それにしても、花火綺麗だね〜」
「そう……だね」
悠加がいつもの快活な笑顔に戻る。
安心と同時に、先のやりとりの意図が私には全く分からなくなってしまった。
一瞬だけ悠加の知らない面を見せられ、両想いの可能性を示唆され――私の中にはもどかしさだけが残った。
「あれっ、もう終わっちゃった……」
「ほんとだ。ちょっと残念……」
最後に一発大きな花火が打ち上げられ、それで全て終わってしまった。
いつもと同じ夜空なのに、少し寂しく見える。
「……もう帰ろっか」
「そうだね」
私の夏祭りは、少し煮え切らない形で終わってしまった。
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