『怨霊櫛』を手に入れろ!

第17話 『怨霊櫛』を手に入れろ! 1




「――という訳で、依頼は成功しました!」

「首に呪痕じゅこんを残されてるのに何て明るく朗らかに! え、大丈夫なんですかソレ?」


 ダンジョンから帰還した危殆殺しはひとまずギルドへ報告に赴いた。

 ダンジョンの難易度、予想される規模、セーフティゾーンの発見など、ひとまず成功と考えていいだろう。


 だが、その代償は大きかった。

 ガラは心臓を突かれたことにより重傷、エレニアムは呪痕じゅこんを刻まれている。

 スプーキーはダンジョンを走り回ったことによる筋肉痛と、途中で遭遇したモンスターから逃げたことで背中に傷を負っていた。

 トランはあらゆる場所に噛み傷があったが、全く平気そうだった。回復薬ポーションすら必要ないと言い切った。


 エレニアムは呪痕じゅこん以外、負傷した訳ではないので報告役を買って出ていた。セリスティアは聞いている内に、顔が引きり始めていた。


「ガラさんには回復薬ポーションをぶっかけておきましたから、一両日中には復活するでしょう」

「いやつい先ほど復活した」


 ぬ、とガラが応接室に入ってきた。ぎゃあ、とセリスティアが悲鳴を上げた。

 エレニアムはニコニコしながら手を振っている。お気楽である。


「急に驚かすな急に! ……でも、ご無事で何よりでした」

「ああ。経験不足を露呈してしまった。恥ずかしいものだ」


「生きて帰ってこられたなら、問題ありませんよ。経験は生きてこそ積み上げられるものですから」

「……そうだな」



 セリスティアがまとめた報告書に目を通しながら言う。

「ダンジョンに看板を立てた、セーフティゾーンを二箇所見つけた。百鬼夜行ひゃっきやこうと遭遇し、ボスモンスターを追い払った……残念ながらマッピングが1フロアのみなのは減額対象ですが、それを補ってあまりある達成度です。ガラさんはこれで銅級試験資格を得ました。問題なければ、七日後の試験に参加してください」


「そういえばガラさん、鉄級でしたねー」

 エレニアムがのほほんと呟いた。


「そういえば鉄級なんですよ……なんか銀級みたいな活躍の仕方してますが……。それで呪痕じゅこんですが。聖剣教会に行って、ひとまず調べてもらってください。浄化可能なようなら浄化しちゃった方が楽ですよ」

「無論そうするつもりだが……」

「あ、無駄です無駄です。この呪痕じゅこん、多分枢機卿クラスの浄化魔術でも駄目ですね。何となく、そんな気がします」


 ――エレニアムの予感はいつも当たるんだよ。嫌な予感も良い予感もな。


 ガラとセリスティアは、そんなスプーキーの言葉を思い出していた。


§


 テクステリーには冒険者にとって必要な四つの組織が存在する。

 即ち依頼を仲介する冒険者ギルド、冒険者向けの道具を販売する店、そしてエレニアムが所属する魔術師ギルド、冒険者の回復や浄化を担当する聖剣教会。


 その名の通り、教会は聖剣……世に現れ、邪悪をきよめるという異能を持った剣を崇拝する一大宗教組織である。

 宗教組織としての成立は最も古く、一般庶民への寄与も最も大きいだろう。

 専門とする浄化魔術や回復魔術も極めて高度に練り上げられており、厄介な傷を負った際には、まず教会に向かうことが第一である。


 なお、同時期に成立した魔術師ギルドとは一千年以上険悪な状態が続いていたが、二百年ほど前から急激に仲が修復している。


 二百年ほど前に訪れた稀人まれびとが設立させた宗教組織――仏刀ぶっとう教が凄まじい勢いで組織を広げたため、対立どころではなくなったせいである。

 仏刀ぶっとう教は聖剣教会が知るそれとは別物の浄化魔術、回復魔術、攻撃魔術を操る異様な(教会の人間曰く)集団であるとか。


 そして彼らは、聖剣をさして重用しない代わりに、剣術を学んだ者の奥義や秘剣、あるいは魔剣といった『技』を重要視した。人の身ながらにして奇跡を起こす者こそ、重視されるべきである云々など。


 そうなれば、剣士たちの多くが仏刀ぶっとう教に帰依するのもまあ自然な流れであり、当然のように対立が起きる。


 つまり、剣術を学んだ者が大半である冒険者(戦士職)と、教会が表面的には対立状況に至ってしまっているのだ。


 そんな訳で、教会に入ってきたガラとエレニアムに、四十代半ばながら見事な白髪の僧侶は開口一番こう尋ねた。


「汝、聖剣と魔剣どちらを望む?」


 魔剣。それはもう魔剣。

 でもそう答えると、この僧侶はふて腐れるのである。そっぽを向くのである。

 なのでガラはいけしゃあしゃあと応じる。


「聖剣です」

「それは善き答えです。神も見守っていられますよ」


 僧侶満面の笑顔。ガラはため息をついた。

「ではエレニアムさんの呪痕じゅこんを拝見させていただきま……うわ、ひっでえ」

 ざっくばらんにも程がある。


「これは――無理ですね」

「あー、やっぱり」


 こちらの世界グランテイルの住人には分からぬことだが、彼女に呪痕じゅこんを刻んだのは、東海道四谷怪談の主役お岩である。知名度、強度共に群を抜いている。彼女を救うには、名高き高僧か聖人でなければ手の届かぬ領域だろう。しかも、確証はない。


「期限はどのくらいか分かります?」

「そうですなぁ……一ヶ月というところですかね。それを過ぎれば、呪痕じゅこんが破裂して死にます。一ヶ月が過ぎるまで、特に体に変化はないので、その辺は救いですね」


 テクステリーにも、そしてこのセレフィア王国広しといえども、高僧や聖人は不在であり、彼らを探してコンタクトを取る前に一ヶ月は過ぎるだろう。


「ほいほい。じゃ、無理でしたって証明書お願いします」

「はいはい、どうぞどうぞ。あと、もう一つ。その呪痕じゅこんは破裂する際に周囲に拡散して呪いを撒き散らしますから、死ぬなら我が聖剣教会まで来て下さい。拡散した呪いなら、まあ何とかなるでしょう」


 エレニアムはその提案に快諾し、笑顔で聖剣教会を後にした。

 ガラはその笑顔に、少々底知れないものを感じながら生じた疑問を口に出す。


「怖くないのか?」

「んー、怖くはないですよ。何となくですけど。ああ、こんな事言うから、不気味がられるんですよねー……多分」


 確かに不気味である。何しろガラにも分かる。彼女は嘘をついていない。この時間制限付きの、聖剣教会の聖職者にも匙を投げられた死の宣告を受けているのに。


 何となく、で彼女は自身の死の恐怖がないのである。

 秘密がある。

 秘密があるのだろう。

 ガラに秘密があるように、エレニアムにも当然秘密がある。


「私の秘密は、この呪痕じゅこんが消えた時にでも教えてあげます♪」

 エレニアムの朗らかな言葉に、ガラはため息をついた。


「……私は自分が蜥蜴人リザードマンであり、それなりに秘めた何かがあると思っているが。エレニアムの方が、底が知れない気がするよ」

「褒められてますかねえ、それ」

 エレニアムは照れたように笑った。


§


「……という訳で色々……本当に色々あったせいで、浮気を疑われたりもしたけれど。俺は元気です。byスプーキー・スルガー」

「まさかスルガー先輩の浮気相手に間違えられるとは。祖父が死んだ時よりショックでした……。あ、トラン・ボルグです」


 ガラとエレニアムはぐったりした様子の二人と合流した。


「そうか……衝撃だったと思うが、祖父が死んだ時よりショックなのはどうかと思うぞ……」

「や。祖父はどうせ死ぬだろ死なないならボクが介錯すると決めてましたから、それに驚きはないんですよ。スルガー先輩の浮気相手呼ばわりは、マジでボクの意識外からの一撃でした」

「ンなことより、どうだった? 

「一ヶ月後に死亡だそうです。それまでに依頼を完納しないと駄目ですね」


 さらりと言ったエレニアムに、この中で一番付き合いが長いスプーキーも、さすがに引いた。


「……え、大丈夫……じゃないよな? どうすんだ!?」

「どうすんだ、ってそれはまあ――『櫛』を探さないといけませんね」

「いや、どこにあるかも分かんないだろ!?」

「分からないなら、探せばいいんですよー。多分、すぐに判明するかと」


「……すぐに?」

「魔術師ギルドで、『櫛』を探してみようと思います」


§


 魔術師……世界に立ち籠めるマナを使い、式を打つことであらゆる奇跡を行使する職業である。

 冒険者になる者は僅かで、大半はその一生を学業に費やすのが常だ。


 そして冒険者になった者は、生真面目学業派から依頼を受ける。あの素材が欲しい、この稀覯本きこうぼんが欲しい、新規開発した魔術の実験を行って欲しい、などなど。


 今回はその逆で、冒険者であるエレニアムが彼らに依頼するのである。

 聖人ランクでないと解けないであろうこの呪痕じゅこん

 さぞかし垂涎の研究対象に違いない。


 と同時に、呪痕の解析を行えば『櫛』へと繋がる手がかりも見えてくるだろう、とエレニアムは踏んでいた。


 呪痕とは高度思考を保有する怨霊が冒険者に強制的な依頼を行うための、一種の儀式魔術である。


 ――あなたを呪います。解くための条件は次の通りです。


 という訳だ。

 当然ながら解くための条件が刻まれている以上、それに関連する物や人は容易に辿ることができる。


えにしの糸、っていうでしょう? そういうのが、呪痕には殊更ことさら強く絡まっているんです。なので、糸を辿れば『櫛』は見つかります」

 エレニアムの説明になるほど、と三人+セリスティアは頷いた。


「でも、例えば『櫛』が一ヶ月以上かかるような場所にあったら、どうするんですか?」

 セリスティアのもっともな疑問に、三人も頷く。

「万が一そういう状況なら死ぬだけですけど……そもそも、あの『岩』という怨霊が、あのダンジョンに出てきたこと自体だと思うんです」


「……なるほど。つまり、『櫛』が近くにあるからこそその怨霊が出現したし、呪痕を残したという訳ですね」

 セリスティアが納得したように頷いた。


「という訳で、魔術師ギルドに行ってきます。すみませんが、皆様お留守番お願いしますね」

「ちょっと待った」


 ガラが手を掲げた。


「……魔術師ギルドに、とても、興味があります」

「魔術師ギルドに、とても、興味が?」


 つまり同行したい、ということらしい。エレニアムはニッコニコと満面の笑顔でやったー、と万歳しつつ「大歓迎ですよ!」と応じた。浮かれているのか慣れないスキップをして体勢を崩している。


「あの、エレニアムさんってなんでこんな可愛い度全開なんですか。前にいたパーティとは言動はともかく態度が違いすぎるんですが」

「そりゃガラを気に入ったからだろ。ほら、蜥蜴人リザードマンで珍しいから……かな?」

「ボクが思うに、男として惚れてますねアレは」

「それはないだろー」「ないでしょー」


 外野は好き勝手に言っていた。


§


 魔術師ギルドはブレイズハンド区にある。本来、魔術師はその多くが貴族階級であり、それならサーブルクレスト区にあるのが筋というものだが、魔術師ギルドというのは多くの場合、夜を徹しての実験、議論、実験失敗による爆発などで騒音になるのが常である。


 夜はすやすや眠りたい貴族にとって、ギルドは近くにあるだけで嫌な建物だった。


「職人さんのお陰で防音対策は完璧なんですけどねー」

「なるほど静かなものだな。外側からは……」


 職人が住む狭く小さな建物が続いていると、突然広大な土地と壁に囲まれた巨大な赤褐色の塔が現れる。

 魔術師ギルドである。

 壁に取り囲まれており、入り口らしきものはない。


「……どこから入るんだ? 壁を登るのか?」

「上ろうとすると迎撃されますよ。あ、折角ですしやってみます?」


 エレニアムがガラの手首を掴むと、そっと壁に当てた。

 ひんやりとした感触。

 だが、壁の内側に何か熱のようなものを感じる。


「今から言う言葉を、なるべく正確に発音してくださいね。――石壁開放Stnmr・opma

「難しいな!? ええと、ストゥンムル・オプマ?」


<名前をお願いします>

 石壁が突然、流暢に喋り出した。

 これにはエレニアムが応じた。


「エレニアム・■■■■■■。同行者一名です」


<……確認完了。どうぞお入りください。お帰りなさい、エレニアム・■■■■■■様>


「……今のは?」

「ああ。諸事情あって姓は伏せ字にしてるんです」

「なるほど」


 そういう事もあるのか、とガラは納得し……エレニアムは内心で胸を撫で下ろす。


 ガラは知らないが、この世界において魔術で規制してまで姓を伏せる理由は大きく分けて二つ。


 一つは、その姓が明らかに叛逆者など重犯罪者である場合。

 もう一つは、その姓が場合。


 エレニアムがどちらかは、言うまでもなかった。


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