第15話 『危殆《D》殺し』ダンジョン決死行 3


 ――【原初帰り】とは、ごく一部の蜥蜴人リザードマンが有する技であり、超越技能スペシャルスキルの一つである。


 超越技能スペシャルスキルとは何か?


 人間の中には、極稀にだが極めて優れた、種族特有の技能を持つ者がいる。

 それぞれの種族に特有のは、神から祝福を与えられた証拠、とか選ばれし者の証明、などと言われるが、原因自体は定かではない。


 中つ人アヴェリアンは【閃きインサイト】と呼ばれる技能を持つ人間が時折現れる。それは咄嗟の判断があまりに優れていたり、凡人が想像だにしなかった技、あるいは発明、あるいは魔術式などを創ることができる技能である。


 妖精人エルフであれば、【固有魔法ユニークマジック】を持つ。

 彼らは自身の職業が何であれ行使可能な魔法を持ち、あらゆる不可能を可能にする。……ただし、ロクに使えない魔法もないではない。


 そして蜥蜴人リザードマンであれば、【原初帰り】。

 興奮状態によって肌の色が変化する技能である。


 ――表向きは。


 その実は、文字通りの先祖帰り。蜥蜴ではなく竜の力をその身に降ろす、肌の色が変化するのは始祖の竜の違いによるもの。


 ガラ・ラ・レッドフォートは赤竜レッドドラゴンを祖に持つ。

 その特徴は肌の赤化と筋力増加、そして何よりも。炎をエネルギーとする、炎を喰らう火天かてんの怪物である。


§


 百鬼夜行ひゃっきやこう、あるいはモンスターパレードと呼ばれるその部屋に落ちた冒険者は、その悉くがダンジョンの栄養分となるだろう。


 選ばれし才、選ばれし運を持つ者のみが、生き残る地獄の釜底。

 ならばガラ・ラ・レッドフォートには生きる術はあるのだろうか?


 是。

 これ以上ないほどに、是である。


 ふしゅぅぅぅぅ、という蒸気のような呼吸。

 普段は丁寧に扱う苗刀えものを、片手で無造作に振り回す。


 ガラと共にこの狩り場へ落ちてきたエレニアムは、唖然とした様子でそれを見ていた。彼の指示で、自分に【結界シールド】を貼ったエレニアムは、傷つけられない代わりに、干渉することもできない。


 つまりそれは、ガラは背後を気にすることなく暴れ回ることができる、

 という事でもある。


 餓鬼ガキ管狐くだぎつね陰摩羅鬼おんもらきが一斉に襲いかかる。それを、苗刀みょうとうの一振りで斬る。


 技も何もない、力任せの斬撃。

 だが、竜の力を降ろした蜥蜴人リザードマンのそれは、今や絶殺の一撃と成り得るものだった。


 百鬼モンスターたちが引っ切りなしに襲いかかる。


 ダンジョン第一層に出現した先の三匹に加えて、新たに加わったのは足が異様に長い中つ人アヴェリアンと、手が異様に長い中つ人アヴェリアンが合体した、手長足長てながあしながだ。


 手は肉切り包丁、足は棍棒を指で挟み込み、振り回して暴れ回っている。

 ガラは突進した。足長の方の顔面をしたたかに殴りつけ、二人が離れたところを容赦なく叩き斬った。


 エレニアムが見ているは、戦闘というよりは暴力に近いものといえた。

 モンスターたちは恐怖を知らない。疑似生命体でしかない彼らは、種の繁栄すら本能にない。


 一反木綿いったんもめんが現れた。ひゅっ、と素早くガラの頭部にまとわりつくと、首を締め上げた。


 ぎちぎちと、容赦なく締め上げる一反木綿。それをガラは引き剥がすことなく、苗刀を手放して両手で一反木綿を掴み、締め上げをむしろ自分から強くして――そのまま、腕力に任せて引き裂いた。


 ダンジョンの暗闇の中、彼の肌だけが赤く輝いている。

 大音声だいおんじょうの咆哮だけが轟いている。


 エレニアムは、呼吸も覚束ないほどに夢中になってそれを見ていた。


 幼い頃から、恋い焦がれていた英雄譚えいゆうたんがそこにあった。

 人外の膂力で敵を蹴散らし、炎のような息を吐き出し、吼え立てる。

 人間ではない。

 神話に名を刻む英雄そのものだった。


 エレニアムは死の恐怖も、未来の絶望も、過去の悔やみも、何もかも全て吹き飛ばされ、後に残ったのは変遷した価値観と理解だけだ。


 この先、自分が何百年生きようとも――この光景を忘れることはなく、永遠に胸の内にあり続ける。

 エレニアムはそう理解した。胸が弾むのは、英雄の姿を見たからか。

 あるいは、より単純に。自分のために命を懸ける男に、からか。


 ともかくエレニアムの心は今、ドロッドロになっていた。


§


 【原初帰り】を行ったガラは、心中に湧き上がる凶暴性を抑制しながらカウントしていた。ダンジョンにおけるモンスターパレードは、一定以上のモンスターを倒した時点で出現するボスを倒せるかどうかが、生死の分かれ目である。


 苗刀を研ぎに出していたのが功を奏した。まだ刀身にはなく、曲がりもない。

 それでも、このまま戦い続ければどうなるかは火を見るより明らかだ。

 加えて、【原初帰り】には時間制限がある。


 それを過ぎれば、身体能力は元に戻る。耐久性も、筋力も、敏捷性も、何もかもだ。期間限定の英雄、それがガラ・ラ・レッドフォートの今だ。


 残り三分。


 新たなモンスターが投入された。頭部が牛……と呼ぶにはあまりに異形。

 胴体は蜘蛛のようだが、節足の昆虫ではなく筋骨隆々の動物を思わせる。


 牛鬼うしおに


 牛鬼がその腕……あるいは脚を、ガラ目掛けて振った。

 それを苗刀で防御うける――吹き飛ばされた。体重三十貫(112.5kg)の自分が、木っ端のように。


「ぐっ……」

「ガラさん!」


 牛鬼がと笑う。

 ガラは立ち上がり、駆け寄ろうとするエレニアムを制止する。

 彼女の出番は、まだもう少し先だ。


 突進する牛鬼、暴走したダンプカーのようなを紙一重で回避。

 そうしながら、ガラは思考する。


 牛鬼の脚の一振りは、自身の斬撃に比肩しうるだろう。

 ならば、今までの膂力任せでは敵いそうもない。

 つまり、ここからは『技』が必要だった。


 凶暴性を抑制し、氷のように思考する、されど打倒のために鉄壁の意志を持つ。

 さて――あれは誰が言った言葉だったか。


 


 今から、自分はそうならなければならない。


 残り二分。


§


 剣技とは単発ではない、連結するものだ。

 何の準備もなく、環境も整えず、突然技を出せば敵が死ぬ。

 そんなものではない。


 刻一刻と変化する情勢、

 自身と相手のコンディション、

 時間と共に生じる相手の隙、

 あらゆるものが作用する。


 状況――牛鬼うしおには笑っていた。ダンジョンモンスターとて感情がない訳ではないだろうから、あれは明らかにの類いだろう。

 ちっぽけな虫ケラが、自分に立ち向かっているという滑稽こっけいさの。


 状況、もう一点――周囲のモンスターはまだ数匹残っているが、手を出そうとしない。恐らく、牛鬼の一撃に巻き込まれることを怖れている。

 喰らったら、彼らは普通に砕け散るであろうことは明白故に。


 さて……ガラが技を出すために刀を構えたら牛鬼はどう思うか?

 どうも思わない――牛鬼はガラを舐めている。

 つまり、構えるに危険はなし。ガラは悠々とその構えを取った。


 片足を前に突き出し、体をやや屈める。

 苗刀みょうとうは右手で握った柄を上に、刀身を下に。

 左手を刀身に添える。

 体全体で三角形を模したような体勢。


 入洞刀勢にゅうとうとうせい、と倭刀術ではこの構えを呼称する。

 そしてその体勢で、ガラは気を張るのではなく、気を抜いた。

 その気抜きが牛鬼にも知覚できたのだろう。


 彼は猛然とガラに襲いかかろうと右前脚を振り上げた――刹那!


 左手で押されるように跳ね上げられた苗刀みょうとうが、右前脚の一撃を捌いた。

 同時に――ほとんど流れるような動作で――一歩踏み込むと同時に右手で苗刀みょうとうを斬り上げた。


 本来の人体ならば、逆袈裟斬さかげさぎりとして相手の左脇腹から右肩までを斬る技であるが。

 牛鬼はその巨大な顔面の、左顎から鼻、そして右眼球を斬られる様になった。

 以上、単撩刀勢たんりょうとうせいと呼ばれる技である。


 だがガラは全く容赦しない。

 逆袈裟斬りを成功させたガラは斬撃の戻る勢いを殺さずに、腰を基点として苗刀みょうとうを回転させる。


 右手に持った刀が戻りきった瞬間、ガラは次の一撃を放った。

 俗に左一文字斬りと呼ばれる技だが、倭刀術においては先ほどの入洞刀勢にゅうとうとうせいからの連結コンボ技として、別の名がある。


 腰砍刀勢ようかんとうせい


 狙いは牛鬼の顔面。先ほど斬り裂いた右眼球から水平に、今度は左眼球。

 牛鬼の視覚は完全に消失し、彼はたまらず悲鳴を上げた――大口を、開けた。


 その隙を逃すガラ・ラ・レッドフォートではない。

 僅かに力を溜めての刺突つき――牛鬼の口から脳天へ、深々と突き刺さる。


 全てにおいて致命傷。

 牛鬼の動きが停止する。

 崩れ去っていく。


「……やりましたーーー!」


 エレニアムが歓声を上げるのも無理はない。

 本来、牛鬼は銀級クラスでやっと相対すべきモンスターである。いや、もし単独ソロならば、金級からという話になるだろう。


 エレニアムが見守るしかなかった以上、彼は紛れもない単独討伐を果たしたのだ。


 残り一分。


 突然、周囲にちらほらと残っていたモンスターがダンジョンに飲み込まれるように消失した。


 脅威が増大する。

 死の気配が色濃く漂い始める。


 モンスターパレードにおける最難関、ボスの登場である。


 残り一分。



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