第14話 『危殆《D》殺し』ダンジョン決死行 2


 結成から二日後のことである。

 銅級パーティ、『危殆殺し』はその禍々しい名と共に、遂に出発した。




「ボク、前衛以外は無駄です。敵が来たら突っ込んで斬るしかできないので」

「俺は斥候だが常に前衛にいるタイプじゃない。必要があれば後衛から移るが、それ以外は基本的に遠距離狙撃だ」

「私が前衛は無理ですね。かといって後衛も無理なので、中衛に置いて戴けるととても助かります。それでも前衛に、という場合は……がんばります!」

「私はどちらでもいいが……前衛しか選択肢がなさそうだな」


 前衛をガラ・ラ・レッドフォートとトラン・ボルグ。

 中衛をエレニアム、後衛をスルガー・スプーキー。


 彼らに与えられた依頼は、ダンジョンの調査及び探索である。

 これは鉄級冒険者であるガラとトランの昇級に必要な依頼でもあり、セリスティアからは早めに受けることを推奨されていた。


「五日後まで銅級試験を受けることはできませんが、銅級試験に必要な資格は、現状でも満たせますからね。ダンジョン調査は一度やっておいてください」


 とのことであった。


 ダンジョン。

 これは山に自然発生したような洞窟とは明確に出自が異なる。


 魔術的に、あるいは霊的に突然発生する洞窟である。

 ダンジョンに出現するモンスターは死亡後に消滅し、アイテムをドロップする。


 そしてダンジョン最下層にいる特定のボスモンスターを倒すことにより、ダンジョンを封印――以上がダンジョン攻略の流れとなる。


 ダンジョン攻略こそが冒険者にとってもっとも重要な任務である。


 放置されたダンジョンは徐々にその規模を拡大し、

 最終的にとされている。そこまで至らずとも、地下を虫食いのようにされて、建物が飲み込まれることすらある。


 銀級以降の冒険者にとって、ダンジョン攻略は義務化されている。


「いつもであれば、『赤牙連盟せきがれんめい』に頼むのですが、諸事情により、この世から消え失せてしまったので……」

「ふむ、諸事情では仕方ないな……」


 ガラがそう応じると、セリスティアに睨まれた。アンタのせいや、と言いたげな恨みがましい視線であった。事実だが。


§


 テクステリーから二日ほど歩いた小さな森に、そのダンジョンはあった。

 ありの巣のように、ぼこりと地面に巨大な穴が空いている。

 その癖、石作りの階段があるのが薄気味悪い。


「地図の記載と周囲の風景の詳細一致。確認、ここがダンジョンで間違いない」

 ガラの言葉に、スプーキーは譲渡された木製の看板を打ち付けた。

 そこへエレニアムが魔術で端麗な文字を描く。


『第38-壱ダンジョン。

 管理者:テクステリー冒険者ギルド

 暴走の兆候があった場合、直ちに知らせたし』


「ガラさーん、文字確認お願いしまーす」

「了解。確認。数字、管理者、文言、全てよし」


 ダンジョン調査の最初は、冒険者ギルドから与えられたこの立て札をダンジョンの入り口近くに立てるところから始まる。


 調査でダンジョンの難易度が著しく高いと見なされた場合は、ここへ更に警備員が常駐し、さらに【治療ヒール】を唱えられる冒険者も加わることになる。


「……では、入るか」

「待った、レッドフォート」

「む」

 スプーキーが早速入ろうとしたガラを押し留める。


「装備品の確認がまだだろう馬鹿野郎」

「……失敬」


 ガラはぺたんと頭に手を当てた。

 。どうも自分は興奮しているらしい、と自覚する。エレニアムはそれに気付いたのか、ほんわかとした様子で微笑んだ。


松明たいまつとランタンよし、油残量よし」

「弓矢状態よし。近接武器状態よし」

「魔術残量よし。食料よし。飲料水よし」

「……何してんの?」


 トランの問い掛け。

 スプーキーがため息をついて、彼女に言って聞かせた。


「ダンジョンは閉鎖空間だ。山賊のねぐらに踏み込むのとは訳が違う。魔術的な罠も考えられる以上、可能な限りの装備を用意し、互いの確認を絶対に欠かさない」

「じゃあボクは、武器よし」

「……あまり良くはないがなぁ……」


「え、何で?」

野太刀のだちだろう。お前のは」

「うん」

「ダンジョンには狭い区域もある。戦えるのか?」

「戦えなければ、死ぬかなー」


 気楽そうにトランは言う。小鬼人ゴブリンは他の人間と違い、死に対する忌避感が極めて鈍い。


 彼女に限らずそういう冒険者は、大抵早死にすることになる。


「死ぬかな、じゃない。俺たちはパーティになった。なった以上は、パーティのために尽くせ。死ぬというのは、パーティの足を引っ張るってことだ。だから死ぬな。簡単だろ? 死ななきゃいいんだからな」

「……むぅ」


「ガラさん、ガラさん。トランさん、大丈夫ですかね?」

 エレニアムの囁きに、ガラは目を細めて呟いた。

「……私は剣術に関しては後れを取らない自信があるが」

「はい?」

「パーティを組んで冒険をするのは、初の体験だ。つまり、大丈夫かどうかは分からない」

「なるほど。ド素人なんですね」

「……少し手加減して欲しいのだが」

「手加減? 何をです?」

 エレニアムはこてん、と首を傾げた。


§


 全ての確認を終えて、敵が出た際にそれぞれが取る行動や指の合図も決めて、ようやくパーティ『危殆殺し』はダンジョンへと潜った。


 どこまでもうんざりするような石の壁が続き、冷えた空気が彼らの触覚を微かに刺激する。

 死神の手に、触れられているような感覚だった。


「繰り返しになるが。俺たちの調査限界は三層まで。それ以降は銀級冒険者の出番になる。最大でも銅級の俺たちは四層に入っても報酬は却下。そこで得た素材も全て剥奪されるからな」


 これは冒険者ギルドでも度々繰り返される注意である。

 こう縛りをつけておかないと、無謀な鉄、銅級冒険者がダンジョンに入って一財産築こうと最下層を目指して死ぬ、という行動が後を絶たないためだ。


「三層まで、か」

「三層までなら大したモンスターも出ない。進むぞ」


 エレニアムは、さらさらと区画ごとのマッピングをこなす。

「君はダンジョン経験があるのか?」

「はい。二度ほど。今回と同じく、三層が限界で脱出しましたけど。大丈夫ですよ。この三人なら! あ、でも……」

「……でも?」

 エレニアムは困ったように視線を彷徨わせてから、不意に真剣な様子で呟いた。

「何か起きるかもしれません」


 スプーキーは、背後でその発言を聞いて顔をしかめた。

 エレニアムが『何か起きる』と言った場合、高確率でからだ。


「……敵!」


 最初に気付いたのは、前陣であるトランだった。

 彼女はやや窮屈そうに野太刀のだちを構えて、前方を睨む。


「待ってろ。今、確認する。……確かにいるな。敵は……」


「……餓鬼ガキだ。ってことはこのダンジョン、大和型やまとがただな。

 クソ、珍しいこともあるもんだ」


 でっぷりとした腹部、なのに胸板は紙のように薄い。肌の色は真っ青で、乱杭歯を剥き出しにしてケタケタと笑う様は、否応なしの嫌悪感をもたらした。

 餓えている。どうしようもなく餓えて、涎を滴り落としながら、ガラたちを見つめている。


 異世界において、餓鬼道がきどうに落ちた亡者は、このような姿になり果てて、人を喰らい続けるという。


 一方こちらの世界グランテイルにおいて、彼らはダンジョンに姿を現すモンスターとして名高い。


 そしてこの餓鬼ガキが出現するということは、このダンジョンに発生するモンスターは、異世界において倭国……大和国……あるいは日本、そう呼称される国の怪異が中心となる。


「私の記憶が確かなら、大和型は希少なダンジョンだったか?」

「ああ。希少素材が多いからな。期待できるぞ……ただし、」

「その分、厄介な敵が多い……か」


 餓鬼ガキたちが一斉に襲いかかってきた。

 スプーキーが素早く警告する。


「トラン! 噛まれるなよ! 病気になるぞ!」

「大丈夫です。噛まれても、ボクは病気にならないので!」

「そうか! クソがよ!!」

 スプーキーは激昂しつつ、自身のクロスボウ――雷霆らいてい一式を構えて撃った。


 太矢ボルト餓鬼ガキを二匹、胴体を貫いたまま壁に縫い付けた。

「キィ、キィ、キィィィィ!」

「来るぞ!」


 だが、餓鬼ガキは残り八匹。彼らは武器も持たず、ただ食欲を剥き出しにしながら襲いかかる。


「キィィィィェェェェェェェェェェェェェエエエ!」


 ――だが、餓鬼ガキたちの奇声を上回る更なる猿叫えんきょう


 トラン・ボルグが驀地まっしぐらに敵陣只中へと突撃する。

 構えは『蜻蛉とんぼ』からの振り下ろし。野太刀自顕流の強烈無比な一撃。


 愚直なまでのそれは、餓鬼ガキを両断する。残り七匹。接近してきた餓鬼が一斉にトランに噛みついた。

 元より防具など何もなしのトラン・ボルグ。

 負傷は道理である。


 だが、


「ガラ先輩、どうぞ!」

「……!」


 殺到し、喰らいついた餓鬼たちは動けない。トランの肉というご馳走に夢中になっている。だが、餓鬼が肉を噛み千切るより早くに。

 エレニアムの魔術式矢マジックミサイルと、ガラの斬撃が七匹を切り刻んだ。


「おい、大丈夫か?」

「え、何がですか?」

「いや、噛みつかれただろ」

「あ、大丈夫です。動作に支障はないので」

「動作に支障はないってお前……」


 スプーキーが呆れたように血が滲み出るトランにポーションを渡す。

「噛みつかれた以上は、聖剣教会で治療してもらうか町医者に行けよ?」

「え。でも今まで、どんなのに噛みつかれても病気したことないんですけど」

「……そうかー」

 どうもゴブリンの免疫力は並大抵のものではないらしい。人間が掛かりがちな破傷風、傷口の化膿すら起きたことがない、とのことだった。


「まだまだダンジョン調査は続きますよ。皆さん、頑張りましょう!」

 エレニアムが張り切って拳を掲げた。


§


 第一層に登場したモンスターは先の餓鬼ガキ、そして細長い蛇のような管狐くだぎつね、そして空を飛ぶ陰摩羅鬼おんもらきの三種だった。


 管狐はガラの首を締め上げようとしたところを、ガラによる管狐の喉に腕を突っ込むという暴挙によって駆逐された。


 空を飛ぶ陰摩羅鬼おんもらきは、クロスボウに切り替えたガラとスプーキーの一斉掃射によって数を減らしたところを、エレニアムが仕留めた。


 いずれも、通常のダンジョンにおける第四層以降の強さを持つ難敵であるが、実務経験豊かなスプーキー、銅級を凌駕する魔術の技量を持つエレニアム、そしてガラとトランの恐れを知らぬ前陣速攻により、どうにか渡り合っていた。


「第一層はこれで踏破完了です。油の容量は……八割。松明たいまつはまだ四時間ほど保ちますね。ただ、トランさんはしょっちゅう松明を捨てているせいか、燻りだしてます。こちらは二時間保たないでしょう」


「セーフティゾーンは無かったな。第一層にあるものではないか」

「そうですね。私の経験からすると、第二層の奥か第三層の入り口付近にあることが多いです。これを見つければ、基本的に私たちは踏査完了といえますね」

「後は銀級の冒険者にお任せ、と」


 セーフティゾーンとは、ダンジョンに点在する安全地帯のことである。

 モンスターから不可視であり、同時に攻撃不可となる場。


 通常、パーティはダンジョンに挑む際にセーフティゾーンを基点として動く。

 十の階層があるなら、九か八の層には必ずセーフティゾーンがある。


 故に、ダンジョン調査の依頼を受けたパーティはこのセーフティゾーンを探し出すことが必須とされている。


「……ん? ねーねー、ガラ先輩ー」

「どうした?」

「宝箱、あるよ」

「……ほう」


 ガラの目が輝く。スプーキーが慌てて抑え付けた。


「お前、宝箱の解除とかはダメだろ絶対」

「……スプーキー、私は……妄想シミュレートだけなら完璧なんだ。何度もやった」

「要するに現実には触れたこともないんだろうがクソ童貞!

 おら退け。俺がやる」


 ガッカリ、という感じでガラがスプーキーに譲る。


 スプーキーが宝箱を慎重に調べ、罠をしっかりと解除して開いた。

 中には幾許かの金貨、そして武器素材として非常に優秀な魔力帯びの古鉄、更に巻物スクロールが入っていた。


「金貨だー!」

 トランが即座に掠め取ってはしゃぐ。スプーキーはぽかりと頭を叩いて、金貨を没収した。


「これは俺が預かっておく。心配しなくても、きちんと等分するよ」

「古鉄は私が持っておこう。巻物だが、エレニアム。封がしてあるから、君が開けてくれ」

「はい、分かりました!」


 手渡された巻物スクロールの封に、エレニアムが魔力を帯びた指で触れた。

 通常、巻物の封はそれに反応して拒絶もしくは開封に移行する。

 魔術師以外に巻物を扱うことができないのは、この魔力を帯びる指という魔術師特有の動作が困難だからとされる。


 だが、エレニアムは失念していた。

 巻物スクロールの封には、極稀ごくまれに罠が仕掛けられている。

 それは凶悪無比で、熟練した銀級パーティですら一瞬で死地に追いやるもの。だが、通常それは考えられないことだった。

 第一層において、致命的な罠はない。それはダンジョンに潜る者であれば常識であった。

 されど、物事には常に例外がある。


「しまっ……皆さん、逃げてください!」

 その罠の名は、『転送罠テレポーター』と呼ばれている。

「エレニアム!」


 ガラが咄嗟にエレニアムの手を掴む――スプーキーはトランの肩を掴んで、飛び退く――男二人の視線が交錯する。


「任せろ」「任せた」


 視線の意味するものはそれ。

 一人が危地に陥る仲間一人を請け負い、もう一人が仲間一人と残る。


 ガラとエレニアムの姿が消失した。

 トランは呆然と、二人が居なくなった場所を見やる。

 だが、スプーキーは彼女を慰めている余裕はない。


「トラン。ここからは俺たち二人で行動する。第二層で何としてでもセーフティゾーンを探し出すぞ。そこで待機、状況によっては俺たちで救援に向かう」

「……」

「返事は!」

「は、はい! 分かりました、スルガー先輩!」


 スプーキーは焦燥を押し隠しつつ、それでも僅かな救いがあった、と前向きに考えることにした。

 エレニアム一人では、転送罠の先でモンスターを相手にしてたちまち死亡しただろう。だが、ガラが一人いれば事情は違ってくる。


 とはいえ、それでも二人が生き残るという確率は……神に祈って、少しでも生存率を向上させなければ話にならなかった。


§


 ――第?層。

 エレニアムは悄然とした様子で、巻物スクロールを握り締めている。巻物自体は、中位ランクの【連鎖雷撃チェインライトニング】で有用であるが、代償が大きすぎる。

「……ごめんなさい。転送罠テレポーターは第三層までには存在しない、という思い込みがありました……!」

 なるほど、とガラは納得する。

「……そういうことか。大和型のダンジョンは第一層から、通常ダンジョンの第四層と同等のレベルだと聞いていたが……」

「はい。まさか罠や仕掛けも、第四層レベルとは初耳でした」

「君の予感が当たったことになるな」

「……ごめんなさい……」

「謝るのは私だ。考察できる材料は揃っていたのに、それに気付かなかった。そもそも、君に封を開けろと言ったのは私だ。調べろ、と言うべきだったのに」


 ですが、と言い張るエレニアムにガラはゆるゆると首を横に振った。


「もしどうしても責任を感じている、というのなら。

 今から脱出するまでの間に、その責任……のようなものを取るべき道がある」

「それは……?」

「今からの戦いに、生き残ることだ」


 その言葉で、エレニアムは周囲を取り囲まれていることに気付いた。

 そういえば、周囲が暗闇なのにもかかわらず、部屋はやけに空間の広がりが感じられて仕方がなかった。


 試しにランタンを掲げてみると、そこには多数のモンスターの気配。

 まさか。


百鬼夜行ひゃっきやこう……モンスターパレードという訳だな」


 ダンジョンの部屋には悪辣なものが幾つも混ざっているが、

 その中でも百鬼夜行ひゃっきやこう、あるいはモンスターパレードと呼ばれるものは最悪だ。


 無限とも思えるモンスターの出現。それを止めるには、一定時間経過すると現れるボスを倒すしかない。さらに悪いことに、出現したボスは時間経過で消失する。すると、またモンスターの出現が再開されるのだ。

 この道を切り開くには、ガラには一つ足りないものがあり、

 今からそれを補うための儀式を施す。


「エレニアム。今から見るものは、なるべく秘密にしておいてくれ。

 それとも、君はお喋りな方だったりするか?」

「い、いいえ! 口は堅い方です!」

「そうか、なら――なかなか貴重な光景を、見せてやれるか」


 既にガラの至近距離までモンスターが近寄っている。

 だが、ガラは泣きながら逃げる訳でも無意味な命乞いをする訳でもなく。


「【】 ………………行くぞ」


 ガラが、ガラの肉体が、赤く染まっていく。

 血、というよりは溶岩の暑さを具現化したよう。吐息が白くなる。寒いのではなく、彼の呼気があまりに熱くなったが故、だ。


 今宵、これより。

 百鬼夜行ひゃっきやこうたちの地獄が始まる。



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