『危殆《D》殺し』ダンジョン決死行

第13話 『危殆《D》殺し』ダンジョン決死行 1

 こちらの世界グランテイルにおいて、剣技の区別は以下のようにつけられる。


 奥義……その流派に伝わる必殺の剣技。対外の試合、あるいは果たし合いにて、これをもって殺せぬ時は、己が死ぬべし。そんな苛烈な掟を課す流派すら存在するほど。


 秘剣……その流派に伝わる、秘伝中の秘伝。一般的には、流派継承者など極一部の者にのみ口伝などの形で伝えられる剣。流派が説く道と逆を行くことすらある。かつて存在したある流派の秘剣は、隠し持った小型の剣で心臓を突く外道の暗殺剣だったという。


 魔剣……どの流派にも伝わらぬ、正体不明の剣技。その実は、各人が死に物狂いで習得したおのが特異性によって生じる恐ろしき剣技。即ち我流剣。

 名のみ伝わる魔剣――『昼の月ヒルノツキ』、『闇剣無惨アンケンムザン』、『鍔眼返しツバメガエシ』、『無明逆流れムミョウサカナガレ』、いずれも使用者不明。

 かつてブレキンドンが放った『闇夜剣あんやけん蝦蟇がま』も、魔剣の域に踏み出そうとしていた剣技であったろう。


 どの流派の、どの剣士も、という夢を持たない者はいない。

 無論、大部分が途中で挫折する。

 我流の魔剣など、思い付いたところでどうにもならないと諦める。

 普通の技の方が強い、と真実を言う。


 魔剣を閃いた者も、その多くが死に絶える。

 理想の魔剣に届かなかったが故。

 理想の剣技ではなかったが故。

 魔剣に到達したと考え、繰り出した剣を返されて死ぬ。死なずとも憤死する。


 魔剣に意味はない。

 だが、それでも。

 あまねく剣士たちは、魔剣を求めて止まない。


 己が剣、、そう信じて。


§


 テクステリー冒険者ギルド。その練習場で二人の人間が向かい合う。

 一人は蜥蜴人リザードマン、ガラ・ラ・レッドフォート。

 そして今一人は小鬼人ゴブリン、トラン・ボルグ。


 共に鉄級冒険者、即ち銅級以下の素人に毛が生えたレベルの冒険者。

 なのだが。


 その異様な剣気が、ギルド長であるニコラウスをして逃げ出したくなる想いに駆られている。


「祖父を殺すは、我が村落の願いでした」

「そうか」

「ボクはそうではありませんでした」

「……反対したのか?」

「ええ。祖父はボクが殺すべきだ、と思ったので」

「……そうか」

「ですから。貴方には責任があると思うのです」

「……責任、とは?」

「祖父を殺害した貴方には、ボクと斬り合う責任がある」

 トラン・ボルグの論理を、ガラは首を横に振って否定した。


「そんなものはない」

「あります。だってそうでなければ、ボクが惨めじゃありませんか」

「こちらの関知すべきことではない」

「臆したか、ガラ・ラ・レッドフォート」

「臆した」

 躊躇いなく言い切ったガラにぐっ、とトランが口ごもった。

「そこは……そこは臆してなどない、と言うべきでしょう!」

「私は冒険者だ。同胞と戦う刃は持っていない。それとも何か、貴殿は仲間を殺してこそ一人前とでも考えているのか」

「そんな、まさか!」

「では何故鉄級冒険者になった」

「え、だって、貴方が鉄級冒険者ならボクもそうならないとって思って……」

「野盗に身を落としてくれれば戦ったが」

「ボク、今から野盗になります!」


「止めろ。段々会話の内容が頭悪くなってきた」

 ニコラウスが慌てて止めた。

 トランは不満げにガラを睨んでいる。


「あの、すみませーん。お話は終わりましたか?」

「いえ、まだ……」

「終わった。とても終わった。では次の依頼を頼む、セリスティア」

「まだ終わっては……」

「それなら一緒に行けよ、新人ルーキー同士だし」

 ニコラウスの言葉。


 セリスティアは、ガラが『うげぇ』と呟くのを初めて聞いた。

 何しろ妖精人エルフの耳は鋭いのだ。


§


「オッス、オラスプーキー。斥候スカウトだ」

「こんにちは! 私、エレニアムと言います! 魔術師ウィザードです」

 いつものメンバーが集まった。

「お二人とも初めまして。ボクの名前はトラン・ボルグ。ガラ先輩には祖父を殺されました!」


 初手のドン引き事実発覚に、二人はもちろんドン引きである。


「え、あれ、もしかして……セブル・ボルグの……?」

「はい。冒険者数人を斬り殺したブッチギリ祖父です!」

「ブッチギリか」

「ブッチギリです」


 誇らしげに胸を張っているが、冒険者殺しである。他の誰かに聞かれるより前に、ガラがトランの口を塞いだ。


「あのう……ボルグさんは復讐しに来たんですか?」

 エレニアムがおずおずと尋ねると、トランはぶんぶんと首を横に振った。

 違うらしいが、ガラが口を塞いでいるので具体的な回答はない。


「では、一体どうして……」

 暴れなくなったトランを見て、ガラが慎重に口から手を離す。

「ボクは祖父を越えることを目指して、鍛えてました。でも祖父はこの蜥蜴人リザードマンに殺されました。なら、ボクがガラ先輩を倒せばまあ、祖父を越えたと考えていいのではないかと」


「理屈だなぁ」

 スプーキーがしんみりと呟いた。


「殺害はダメだと思います」

 エレニアムはいい子である。


「……そうだな。では、こうしよう」

 ガラはしばし考えた末に言った。


「私にはやるべきことがある。それを終わらせてからなら、正式に君の挑戦を受けよう。場所も、時間も、決闘方法も、君の望むままに」

「……ホントですか?」

「嘘はつかない」

「そう言って、そのやるべきこととやらが百年とか掛かるヤツだったり?」

「そこまではいかない。そうだな……三年、三年以内に目的を果たすつもりだ」

「三年か……なら、ボクはまだ全盛期だな……。いいでしょう。でも三年後に約束忘れてたら、多分ボクは暗殺も辞さないので」

「分かった」


 トラムは頷いて、ひょいとガラの手から逃れた。

 それから、ギルドの石畳に正座すると深々と頭を下げた。


「トラン・ボルグ。ここに誓います。三年後まで、貴方に手を出すことはなく。

 貴方がある限り、尽くしましょう」


 その言葉に、ガラもまた正座して向かい合った。


「ガラ・ラ・レッドフォート。誓おう。三年後、必ず君と勝負すると」


§


「ところで皆さん、少々ご相談があるのですが」

 セリスティアの言葉に、ガラとトランが立ち上がった。スプーキーとエレニアムを含めた四人を、応接室へと案内する。


「もう、パーティとして組んでみた方がいいのではないですか? というか、組め」

 セリスティアの言葉は、静かに、厳かに、そして有無を言わさぬ口調だった。

 強い。


「え、ボクもですか?」

「そうですね。お勧めしますよ。こちらの方々は優秀です。問題児ですが」

「え、俺も?」「私も?」

 スプーキーとエレニアムが同時に声を出す。

 じとり、とセリスティアは二人に冷たい視線を浴びせかける。


「スルガーさんは直前での依頼バックレが二件。銀級試験間近だったのに、それでご破算はさんでしたね」

「娘が病気がちなもので……」

「あれ? この間、結婚して子供はまだじゃありませんでしたっけ?」

「余計なことは言わないでエレニアム」

「……まあ、その依頼を受けたパーティは見事に壊滅しているのですが……」

「危機管理意識が高いのです俺。あ、もちろんパーティには提言したよ、全く聞いてくれなかったけど」


 なので斥候であるスプーキーがバックレれば、踏み止まると思ったのだ。

 踏み止まらなかった。斥候などいなくとも、戦闘に支障はないと大言を吐いて遠征に出発し、帰ってくることはなかった。

 あるいは重傷を負って帰ってきた。


「忠告したのになぁ……」

「忠告されたのにですね……」

 二人揃ってため息をつく。


「さて、エレニアムさんは……パーティ解散が二回ありますね」

「はい! 最初に所属したパーティは七日、次に所属したパーティは十日で解散しました! 悲しいです!」

「……ですよね……」


 セリスティアはため息をついて、エレニアムの朗らかな笑顔を見る。


 ――実のところ。パーティ崩壊の原因は、間違いなく彼女である。

 いや、彼女が何かをしたという訳ではない。ただ単に、彼女が妖精人エルフであることを差し引いてもなお余りある美少女だったせいである。


 彼女の名誉のために言うが、エレニアムは決してパーティメンバーにしなだれかかったりするような人間ではなかった。

 雑用を率先して引き受け、パーティメンバーと分け隔て無く交流し、弱音を吐くことも決してない。


 なので、パーティメンバーは「もしかしてエレニアムは俺のことが好きなんじゃないだろうか」などと考え、ギスり出し、二つのパーティは絶縁直前で解散を選択した。


 つまりはパーティクラッシャー。しかもド天然。

 それがエレニアムである。


 賢いパーティは彼女の加入を断り、「君はしばらくソロで戦った方がいいかもしれない。うん、人間関係が健全なパーティがいいと思う」と忠告した。

 素直なエレニアムはその助言を受け止め、今に至る。


 そして新たに鉄級冒険者となったトラン・ボルグ。

 セリスティアは受付嬢としてのキャリアで鍛えられた観察眼で、すぐに彼女の適性を看破した。


 ――はい間違いなく問題児!! ガラさん以外に取り扱い不可とみた!

 ――まあでもガラさんもそもそも問題児なんですけどね!!


「エレニアムさんも、このパーティならソロじゃなくてもやっていけると思います。 スルガーさんも、ここなら大丈夫でしょう」


「あの。スプーキーさん、私たちなんか纏められてません」

「この機会に問題児を一緒くたに纏めようって腹積もりだよセリスティア嬢。トラブルの数が四分の一に減るだろ?」


 好き放題言われているが、その通りである。


(……トラブルの質が四倍になるのではないか……)


 ガラは奥ゆかしく、口には出さないことにした。

 それはともかくとして。


 パーティを組む、というのは魅力的な提案である。だが、ガラには事情がある。

 それ故に、なるべくソロでありたいと願っている。


 とはいえ、問題は先の『赤牙連盟せきがれんめい』のようなパーティと組まされる可能性もある、ということだ。


 ソロのみで冒険者をやっていくことは難しく、昇級もままならない。

 三年以内に目的を達しなければならないガラにとって、それは難しい。


「いかがです? 一時的なものではなく、本格的にパーティを組みませんか?」

「……分かった。そうしよう」


 ホッ、とセリスティアは胸を撫で下ろした。

 これでひとまず、問題児を結集できた。少し業務が楽になるぞ、やった。


「では早速ですが、パーティネームを決めていただけますか?」

「では……『ああああ』で」

「手抜きすんな」

 ぽかり、とスプーキーがガラをはたいた。


「ボクが思うに、『祖父殺しリザードマンの会』とかどうですか?」

「トランさん辛辣」


「ちゃんとしたパーティネームを決めないと、後で悔やみますよ。酔っ払った妖精人エルフが自分のパーティに『神殺し』とつけたせいで、聖剣教会せいけんきょうかいから抗議とか来ましたし」

「罰当たりすぎへん?」

妖精人エルフはそのへんアレなので。……私が言うのも何ですが」


「あー……エレニアムは何かないか?」

 ガラの問い掛けに、エレニアムはついと宙を見てから、思い付いたように言った。

「『危殆殺し』でいかがです?」


「……どういう意味ですか?」

「え。冒険者って、危険や危殆きたいを殺すものでしょう? だから、危殆殺し。西欧流に言うなら、Dangerous Killersかな?」

「エレニアム。D、と読ませるのはどうしてだ?」

 ガラの問い掛け。


「んー……何となく、でしょうか?」

 エレニアムの邪気のない表情に、ガラは何とはなしに気圧された。


「『危殆殺し』! いいですね、何かいっぱい殺せそうなので、ボクは全然構わないです!」

「俺は何でもいいよ。娘に恥ずかしくなければ」

「ガラさん、いかがですか?」


「D、か」


 エレニアムは意図してのことなのか、ただ単純に何となく、なのか。

 どちらかは不明だが、このパーティネームは何とも興味深いものだった。


「いいと思う。では、これで」

「了解しました。では、ガラさん。貴方がたのパーティは『危殆殺し』として、登録させていただきますね」


 言うまでもないが。

 Dにはもう一つ、重要な単語がある。それは、この世界最高の幻獣にして最強の名を冠する生物。


 彼らはそれを、ドラゴンと呼ぶ。


 そして――この世界のに位置する種族は、竜人ドラゴニュートと呼ばれている。

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