第12話 緩やかな休息の日(になればいいな) 3


 ガラ・ラ・レッドフォートは見事に文無し寸前である。

 ギルドから金を借りることはできるが、いかんせん非常手段だ。

 あと、多分受付嬢であるセリスティアに滅茶苦茶怒られる。


「……即日依頼で働くか」


 ガラはしばし考えて、ギルドに残った即日依頼を受けることにした。

 初心者向けの薬草採取よりも更に下。下水道のドブさらいや、各区の深夜巡回などである(以前ガラがやった貧民区グルームゲートの巡回もここに含まれる)。


 ギルドに戻ったガラは、セリスティアに即日依頼を受けることを申し出る。

「それならサーブルクレスト区の深夜巡回をお願いします。ただし、一つ注意事項がありまして……」

「ああ。だろう?」

「ご存知だったのですか。……ということはよろしいんですね?」

「もちろんだ。貴族としてその用心深さは当然だろう」

 ガラがそう言うと、セリスティアは曖昧に微笑んだ。


§


 貴族たちが居住するサーブルクレスト区に向かうと、区を分ける壁には検問が張られており、案の定訝しんだ門番に誰何すいかされた。


「巡回依頼だ。通してくれ」

「……ギルドカードを提出しろ」

 門番の言葉にガラが従うと、門番がカードを確認しながらネックレスを手渡した。

「ギルドから話は通っているな? それをつけてくれ」

「ああ」


 このネックレスは、ギルドの冒険者が貴族が住むサーブルクレストでをしないための、首輪のようなものである。


 拘束の魔術式が籠められたこのネックレスは、サーブルクレストの住人たちだけが知るキーワードで発動し、対象を縛り上げる。

 並みの冒険者では、手も足も出ないだろう。


 これを装備することで、冒険者はサーブルクレストに入ることを許される。

 ただし、金級冒険者になればネックレスの装備をする必要はない。


「まあ、それだけ信用ないってことだよ。アンタたちは」

「……」

 巡回は単独ではなく、王国の正規兵とコンビを組むことになる。

 隣の兵士は中つ人アヴェリアン鎖帷子チェインメイルをプレートで補強し、鉄槍を抱えている。

 蜥蜴人リザードマンと聞いて敬遠する兵士が多い中、率先して同行を申し出てくれた、気の良さそうな人間だった。


「ましてリザードマンだしな。それ、気になるか?」

「……あまり」


 ガラは気にしないことにしている。

 拘束されたらされたで、何かしらの打開策は必要かもしれない。いや、ガラ本来の目的を考えれば、首輪への対策は必須だ。


 だが、それは今ではない。

 多少のリスクは承知の上で、ガラは巡回を引き受けたのだから。


§


 巡回に要する時間は二時間。区の巡回路を一周回って戻る。それだけである。

 ただし、盗賊などに出くわした際はこの限りではない。

 順調だった。兵士はちょくちょく友好的に話しかけ、ガラはそれに応じた。

 ネックレスが発動することはなく、ごく稀に屋敷窓からの視線を感じる程度だ。


「おお、いたいた」

 兵士がそう言って、駆け出した。ガラはピタリと足を止め、暗い路地へと顔を向ける。


 ――微かな音。


 それでよし、とガラは頷いて兵士の後を追った。

 兵士は知己である人間と合流したようだった。服の粗末さから、貴族区の住人ではない。

 腰には小太刀こだち長脇差ながわきざしとも。太刀と脇差の中間程度の長さ)が吊されている。


「お知り合いですか?」

 ガラが声を掛けると、二人が振り返る。

 ……奇妙なほど、兵士とその友人は感情を消していた。先ほどまでの友好的な雰囲気は欠片もない。

 虫を見るような目で、二人はガラを見つめている。

 じわり、と。そこはかとない緊張感が、周囲を覆い始めた。


「ああ、友人だ」

「サーブルクレストにお住みで?」

「いいや、見た目で分かるだろ?」

「分かりませんね。……区の住人でないなら、ここにいるのはおかしいのでしょう」


 生ぬるい、嫌な風がガラへと吹き付けた。

 獣臭のようなべっとりとした嫌な臭いが鼻につく。


 と笑いながら、男が肩に手を回そうとする。

 ガラは拒否するように、後ろへ飛び退く。


「……何だよ。折角、歓迎してやろうとしたのに」


 兵士の友人、という男が笑みを消した。

 兵士は一方の手に松明たいまつを、もう一方の手に槍を握った。


 ガラと、兵士たちが向かい合う。

 既にガラは臨戦態勢を整えている。そして彼らが何を企んでいるにせよ、それは自分を害する行為だと理解している。

 ならば斬る。話はそれからである。


 だが、兵士と友人はその余裕を崩さない。

「忘れてンじゃねえよ、間抜け! ――【拘束スーリリ】」


 ネックレスに仕込まれた術式が発動した。

「……ッ!」

 鎖が膨れ上がり、ガラの両腕両脚を強く縛る。ガラは無様に倒れ込んだ。


「これでよし、と。じゃあ、行くか」

 立ち去ろうとする兵士にガラが声を掛けた。

「こんな真似をして、どこへ行くつもりだ?」


「まだ分かってないのかよ。。テメエが強盗をして、一家皆殺しをして、俺がそれを止めてお前を捕まえた」

「……穴だらけの筋書きだな」


「テメエが中つ人アヴェリアンやエルフなら、そうはいかないさ。だが、蜥蜴人リザードマンだ。それなら問題ない。お前は竜人ドラゴニュートに忌み嫌われている。サーブルクレストは竜人族が多い。お前がやったって言えば、誰もが納得してくれるさ」

「それは証人が一人もいない場合だろう?」


「ハハハ。証人ってな、どこにいる?」

「お前の後ろで、お前の友人をたった今殺したところだ。首をヘシ折って」


 お笑いだ、とばかりに兵士が後ろを向く。

 薄ら笑いを浮かべた友人が立っている。

 ……かと思うと、力無くどさりと崩れ落ちた。兵士は理解できなかったが、ガラの言う通り、首がヘシ折られていた。

 一秒、二秒、三秒。


「……は?」

「ホイ毒鍼」


 兵士は状況を理解する暇もなかった。首筋に突き刺さった、小さな鍼。

 最初に感じたのは呼吸もできないほどの痛み。

 次に強烈な目眩と脱力感。

 立っていられず、倒れ込みながら――何かを思おうとする。


 何も考えることはできず、兵士はあっさりと意識を奪われた。

 兵士が握っていた松明が地面に転がると、誰かが足で踏んで消した。


 暗澹たる闇の中。

 ガラはひとまず声を掛ける。


「お美事みごと

「何がお美事だい。ってーかぁ、私が居ること知っててこのクエストに志願したな」

「もちろんです」


 近寄ってきた影が、ネックレスに指を当てるとたちまちの内に術式がほつれて元に戻った。

 立ち上がったガラは、自分からそっと離れた影に声を掛ける。


「改めて感謝を。お陰で助かりました」

「君は私が怖くないのかい?」


 目の前にいる影とは別の方向から声が聞こえる。

 驚嘆すべき擬装術。ただの盗賊にこの領域に達することは不可能だろう。


 つまり、忍者シノビ以外では有り得ない。


「怖いですよ。ただ……理不尽なことをするような人間ではない、とも思うので」

「くっそう……そこを信じられると弱い……」


 ガラは気を失っている二人を担いだ。

 影は佇んでいる――いや、あるいはもうこの場から離れているかもしれないが。

「感謝を。あなたのお陰で、色々なことが分かった」

「え? あ、うん」


 ガラは二人を担いで、歩き出した。

 それを見ながら、忍者――シャダイは思う。


「あの野郎。私をダシにして、


 拘束術式を施されたネックレスは、いつかガラの身を束縛することがあるだろう。

 だが、ガラはその術式を肌で理解した。理解できたなら、対策も練り上げられる。


 多分、彼はただそれだけのためにこの即日依頼を引き受けたのだ。

 ……うっすらと、彼が敵対する者が誰なのか分かりかけてきた。


「……レッドフォート」


 ガラの故郷は、燃えて無くなったという。

 それが真実なのか、あるいは虚言なのか。それを確かめるためにシャダイは向かわなければならない。彼が失ったという故郷へ。


 とりあえず、そう心に決めた。


 金級冒険者が突然不在になることで、様々な混乱が押し寄せるかもしれないが、それで困るのはギルドマスターのニコラウスなので、まあ大丈夫だろう。


 あれもあれで、追い詰められれば追い詰められるほど有能なのだから。

 髪の毛はなくなるのだけど。


 ……髪の毛は、消えてなくなるのだけど……。


 ちょっとだけ、シャダイはニコラウスが可哀想になった。わかめとか奢ろう。


§


 翌日の話である。

 受付嬢、セリスティア……セリスティア・アーランド(実は貴族令嬢である)は、報告を受け取ると、まず手元に用意していた胃薬を三倍増しで噛み砕いて水で飲み込んだ。

 深呼吸する。前日の夜は暖かいミルクを飲んでリラックスした状態で寝た。


 よし。

 話を聞こう。


「それでガラさん、一体何がどうなりました?」

「端的に言うと」

「はい、端的に言うと?」


「巡回に同行した兵士がカスで、サーブルクレストで強盗働いて冤罪被せようとしたので、反撃して捕まえた」


「なるほどぉ。すみません、胃薬だけじゃなくて頭痛薬も飲みますね」

「空腹の時に頭痛薬は胃が痛むぞ」

「ご心配どうも!!!!」


 ……とはいえ、話を聞く限りではあくまで巻き込まれただけである。

 ガラは巻き込まれた、純然たる被害者である。


 あるのだが。どうしてか『今回の騒動、半分と言わずとも三分の一くらいはガラさんに責任があるのでは?』という想いがセリスティアには捨て切れない。

 不思議なことに。何だかそう想ってしまってやまないのだ。


 大正解である。


§


「……まあ、お陰で連続強盗事件が解決した上に冤罪だった冒険者の釈放手続きも進んでいるので、よしとしますが……」

「よし」

「何かお説教したいのですが、今回は完全なる被害者なので何も言えない……!」

 ぐあー、とセリスティアは吼えた後で居住まいを正した。

「それでは改めて。本日の依頼ですが……」

「薬草採取、近隣の森での狩りなら受ける。二日後、発注した武器が届くからそれからなら、通常の依頼を受けられる」

「うう、鉄級冒険者なのに下手な銀級よりしっかりしてる……。普通の新人さんなら、何でもかんでも依頼を受けまくって破綻させるのに……。と、それよりも」


 こほん、とセリスティアはわざとらしく咳払いしてギルドに併設されている酒場に視線を送った。


 それが合図だったのか、テーブル席にいた何者かがひょいと椅子から飛び降りて、こちらに近付いてきた。


「……今回の依頼は、そちらの方への教導です」

「待ってくれ。教導? 教導は最低でも銅級、普通なら銀級の依頼のはずだ。私は鉄級でその依頼は――」

「いえ。これはギルドマスターからの推薦です。と」


「ボクもそう思うよ。ガラ・ラ・レッドフォート」


 フードを脱いだ。

 小柄な少女である。肌は薄い緑色。尖った耳、冷たい、凍るようなアイスブルーの瞳。そして、背中には自身の背丈よりなお高い野太刀。


「ボクの名前はトラン・ボルグ。鉄級冒険者になりました。よろしくお願いします。ガラ先輩。ああ、それから」


 じっ、と蒼い瞳でガラの顔を覗き込む。

 表情は無い。その膂力、技量を探るような観察行為としての視認。

 嫌な予感がする、とガラは思う。



「あなたが倒したセブル・ボルグは、ボクの祖父です」



 火の薬が爆発するような発言が、彼女の口から飛び出していた。



――――――――――――――――――――――――――――

東出です。お読みくださってありがとうございます。

というところで書き溜めが尽きました……。

幸い、本作自体は大変好評を博していますし自分のモチベも

まだまだ尽きていないのでこのまま続けさせていただきます。

ペース自体は一週間に1~2話を掲載する感じになりますが、

どうか皆様気長に見守ってくださいませ。

それでは、今後ともよろしくお願いします!


※こぼれ話

レッドウッド→赤木→赤城→レッドフォート

だったりする。

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