第11話 緩やかな休息の日(になればいいな) 2
「残念。語ってはくれないか」
「出会って二時間の人間に過去を語るのは、相当に追い詰められていると思うが」
「そりゃそうだ。じゃ、今後はちゃんと信頼されるように努力しよう!」
「ところで私からも質問がある。君の職業は、本当に斥候と弓兵だけか?」
不意に、空気が凍り付く。
そんな感覚があった。
「私は沈黙を守った」
「自分で言うのか」
「出会って二時間の人間に自分の設計を語るのは、追い詰められた所業だろうからね」
「……まったくだ」
それきり、この話は終わり。
ガラもシャダイも、当たり障りのない話題に終始した。
「私、ニコラウスは絶対にカツラだと思うんだよね」
「
「君も……大人になれば分かるよ……」
「大人なんだが」
当たり障りのない話題に終始した。
§
「じゃあ、私はそろそろ行くから。ああ、そうそう。最後に一つ」
「……」
「――宿屋のバッグ、そろそろ魔術で結界張った方がいいよ? あれではさすがに隙だらけだ」
「盗まれてもいいものだからな、ほとんどは」
「むぅ。驚くかと思ったのに」
「……そういう展開もあるか、そう思っただけだ」
突発的な出来事、突発的な言葉、そういうものに突き動かされてしまえば、剣が鈍る。だから、なるべく心を動かされないようにする。
――そう生きることができれば、苦労はしないのだがな。
ガラが宿屋に戻るのを見送ったシャダイは、ふっと姿を消した。ガラの睨んだ通り、シャダイは隠している職業が一つある。
それはギルドカードにも刻まれず、スキルも一切閲覧不可になり、ニコラウス以外は誰も知らない、金級冒険者のもう一つの顔。
――人はそれを【
冒険者なら誰もが知る、しかしてその実体を知る者はいない。
幻の希少職業である。
§
ガラは宿屋に戻ると、バックパックを床から取り出した。
いい加減、確かに別の場所を考えた方がよさそうではある。となれば、いっその事テクステリーに家を買うのもいいだろう。
もっとも、今の財産であるなら安全な家を購入できるのはまだまだ先だ。
加えて、ガラはそろそろ溜まった報酬を派手に使う気だった。
ガラはナップザックを担ぎ、再び宿を出た。
テクステリーは大まかに五つの地区に分かれている。
貴族が住むサーブルクレスト区、商人が住むシルバーリーフ区とそれに併設される形で存在する職人のブレイズハンド区、一般市民が住むウィンドヴィル区、そして最後に貧民街であるグルームゲート区。
なお、魔術師たちは概ねサーブルクレスト区かブレイズハンド区に居住している。両区とも家が頑丈であるためだ(大抵の魔術師は一度か二度、魔術の実験で周囲を破壊する)。
ガラの目的はシルバーリーフとブレイズハンド……商人と職人たちである。
目的の一つは
もう一つは、遠距離用の武器である。これは商人からベースとなる武器を購入し、然る後に職人にカスタムしてもらうつもりだった。
――『鋼の手』、という武器店にまずガラは顔を出した。
「いらっしゃいま……おや、貴方は」
白髪の老店主が店の奥から顔を出した。ガラの顔を見ても、さしたる動揺は見せない。ここに来るのは初めてだが、その動揺の無さは気に入った。
「ガラ・ラ・レッドフォートという。鉄級冒険者だ」
冒険者ギルドから提供されたギルドカードを見せる。
見せるまでもないだろうが、手順は大事だ。
「ありがとうございます。本日は何用で」
「遠距離武器を見せて貰いたい」
「弓、クロスボウ、
「クロスボウ」
「目的は狙撃ですか、援護ですか?」
「両方見せてくれ。まだどちらにするかは決めていない」
「ご予算は」
「金貨5枚分。銀貨と銅貨で支払う予定だが」
「ふむ……少々お待ちください」
店主が様子を窺っていた店員に小声で指示を出した。
店主と店員が三つのクロスボウを運び、ガラに見せる。大型、中型、小型の三種類だ。どうも用途が異なるらしい。
「こちら、ご説明いたしましょうか?」
「頼む。触れながらでも構わないか?」
「もちろんですとも」
店主は頷き、流暢に語り始めた。
「右の一番大型のクロスボウは『
ガラは『
取り回しも少し苦労するだろう。さらに狙撃用ということもあり、次弾の装填が遅すぎるのが気に掛かる。自分の戦闘スタイルとあまり相性は良くないな、とガラは首を横に振った。
「左の小型クロスボウは『レインメーカー』。援護用の連射式クロスボウでございます。と言いましても殺傷力は充分です。飛距離は『
『
こちらは軽い。片手で持つのも容易だろう。戦闘スタイルとも合っている。
だが、『雷霆二式』よりも
連射できるが、故障の可能性が高い。当然ながら耐久性も危うい……というより、度外視せざるを得ないだろう。
問題は『レインメーカー』の役割に於いて、耐久性は欠かすべからずのステータスだということだ。何しろ咄嗟に使って乱暴な動作で引き金を引かなければならないのだから。
これもないな、とガラは首を横に振った。
「それでは最後。連射式と狙撃式の特性、両方を併せ持った『カルバリオ』。重量、携帯性、共に先の二つの中間点に位置付けられます」
ガラは最後のクロスボウを抱えた。
片手で扱うのは少し難しいが、できなくはない……というレベルの重さだ。
耐久性も悪くはない。慎重な取り扱いが必要だが、実戦の使用に耐えられないほどではない。
ガラは肩にストックを沿えて、片目をつむってクロスボウを構えた。
狙撃性能も悪くはない、と見当を付ける。
「こちら、試射なさいますか?」
「ああ」
ガラが興味を引かれたのが伝わったのだろう。店主がそう提案した。
§
射撃場でガラはクロスボウ用の太矢を手渡された。
短めの
カチリと音を立てて、矢が弦にセットされた。
「装填数は五本。少ないですが、一掃射に使えるのはこの程度です。これ以上多くとも、あまり意味がない」
ガラが引き金を引くと、ガチンと音を立てて太矢が放たれた。
的にぶつかったが、真ん中を狙ったはずなのにかなり右上へとずれた。
「調節は買い終わってからにしていただけると」
「だろうな」
だが、撃った感触は悪くない。続けて矢を五本貰って五連掃射をしてみたが、動作に問題はなさそうだった。この中型のクロスボウなら、背中に負って咄嗟に構えられるだろう。接近戦における動きにも支障はないように思える。
「これが欲しい。調節とカスタマイズをしたいから、職人に繋いでくれ」
「畏まりました」
「それから、
「なら、カスタマイズを担当する職人に一括なさいますか?」
「そうしよう」
「
「それもあったか。……ベルト式で頼む」
ガラは『鋼の手』を去ると、店主に教えられた職人の下へと向かった。
§
ブレイズハンド区の人通りの少ない道を、ガラは歩く。
だがドワーフはその腕に誇りと自信を持っており、同時に価格に妥協することは決してない。
従って鉄級冒険者であるガラが案内されたのは、
彼らはドワーフと異なり、広く鍛冶技術を公開することでドワーフとの技術格差を埋めようとした。
極めつけの一品物を求めるならドワーフ、
広く冒険者に
それが
「いらっしゃい。……驚いたな。リザードマンか、アンタ」
出迎えた小男の老人がそう言った。
「リザードマンだと不都合があるか?」
「ないよ。払うもん払ってくれるなら、誰だって構わんさ。紹介状はあるかね?」
「『鋼の手』から」
差し出した紙を受け取り、サインを確認すると老人は頷いた。
「これによると、武器の研ぎ直しとカスタムとあるが……」
ガラは頷き、まず自身の苗刀を鞘に入れたまま差し出した。
「ほう。倭刀か。こりゃ珍しい」
「扱った経験はないのか?」
「一度だけならな。抜くぞ」
しゃらん、と心地の良い音が鳴る。
刀を引き抜いた際の、鞘走りの音である。
「いい刀だが……さすがに疲労が溜まっているな。刃を休ませて、研ぎ直す。最後に修復の魔術を掛ければ元通りだ」
「……最初に修復の魔術を掛けるんじゃないのか?」
「三十年くらい前に発覚したんだが、それをやると刃自体は切れ味を取り戻すんだが、金属の疲労までは回復しきれないんだ。手間でも最後に掛ける方がいい。急ぎだって言うんなら考慮するが」
「急ぎじゃない。手間が掛かっても、そうしてくれ」
「よし、それじゃ次はクロスボウを見せてくれ」
「これだ」
「ほう。『カルバリオ』か。遠近両用と言えば聞こえはいいが、どちらにも極められない中途半端な代物って話だぞ」
近接用であれば『レインメーカー』がいい。耐久性の問題さえクリアすれば、接近してきた敵に、それこそ雨のように矢を撃ち込めるのだから。
そして遠距離用であれば『
一方、『カルバリオ』はどちらも難しい。近距離の速射では『レインメーカー』に、遠距離狙撃では『雷霆二式』に劣る。
だが、それでいいとガラは言う。
「そもそも極めるつもりがない。冒険者だからといって、何でも極めなければならない訳じゃないだろう?」
彼にとって、『レインメーカー』ほど近いなら倭刀術で戦えばいい。遠距離は、そもそもが無視すればいい話だ。そのどちらでもない距離に適切な武器が欲しいのだ。
「……それもそうか。よし、それで改造内容は?」
「そうだな。まず、パーツ全体をオーバーホールしたい。合わせて狙撃用にカスタマイズされたスコープをつけて……」
「スコープは発注に時間が掛かるよ」
「それまでは待つさ」
「
「重量のバランスが崩れる。止めておこう」
「じゃあオーバーホールからだ。そうさな……二日後の夕方には上がる」
「その頃には、引き取りに来る」
「それから。オーバーホールには金貨一枚分の費用が掛かるんだが……」
「問題ない」
じゃらじゃら、と金貨1枚分――銀貨を100枚落とした。
老職人は「数えるのが面倒だから、金貨にしてくれよ……」と文句を言いつつ、100枚あることを確認し、金庫にしまい込んだ。
「よろしく頼む」
「待った。名前くらい名乗っていかんか。ワシの名は、マサムネ」
「
「……レッドフォート?」
「そうだ。何か?」
「……いや、気のせいか。どこかで聞いた名だと思ったんだが」
「思い出したら教えてくれ」
「あいよ」
不思議なことを言うものだ、とマサムネは思いつつ頷いた。
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