緩やかな休息の日(になればいいな)

第10話 緩やかな休息の日(になればいいな) 1


 蜥蜴人リザードマンの冒険者?

 そりゃ珍しい、あいつらが自分の巣から出てくるのを見たことがない。

 そういえば知ってるか? あいつらの特性。

 俺も詳しくは知らないけどさ、あいつらは何でも色の能力があるらしいぞ。

 例えば赤なら――


                           好奇心旺盛な街の住人


§


「反省しましょう」

「無論」

「してないですよね?」

「している」

「本音は?」

「仕方がない」

「ない訳ありますか」


 こちら冒険者ギルドの面談室。別名、説教部屋。ギルドの偉い人と担当の受付嬢に、ひたすら理詰めで責められる場所である。


 責められているのは、ガラ・ラ・レッドフォート。

 責めているのは、担当受付嬢のセリスティア。普段は向日葵ひまわりのような笑みと讃えられる顔は渋柿を食べたような表情であり、一部ファンの間では星のようと讃えられる瞳は、じっとりと泥水のように濁っていた。


「……もう一度、報告を繰り返しますね。銀級冒険者パーティ『赤牙連盟あかげれんめい』とガラさんは、山賊を相手に戦ったところ、流れ矢で依頼人のブレキンドン氏が死亡。その原因を巡って、パーティ同士で言い争いが勃発。互いに罪をなすり付け合って、四人共に死亡し、何もしていなかったガラさんだけが生き残った、と」


「その通りだが?」

「不自然にも程がないですか?」


「まあまあ、セリスティア。いいさ、それで」

「ギルドマスター!?」


 ギルドマスター、歴戦の戦士然とした風貌のニコラウスは笑って断言した。


「罰則は?」

「大してないさ。アンタはそもそも鉄級で相手は銀級。本来、足を引っ張って真っ先に死ぬはずの存在が、生き残ったんだから儲けものだ。そうだな……近く行われる銅級昇級試験、残念ながらアンタは次回、受験禁止だ」


 望外に緩い罰則である。何しろ、銅級の昇級試験は七日間ごとに行われている。

 それが七日間、受験禁止になるだけだ。

 さすがにガラも「それでいいのか」と言ったがニコラウスは平気な顔だ。


「そうだな……。もし、アンタが今回の一件を悪いと思っているなら」

「……なら?」


「冒険者等級、白金級プラチナを目指せ。あと、首都に行かないでくれると嬉しいね」

「このテクステリーで、白金級プラチナになれと?」


「そうさ。俺の縄張りで白金級プラチナの冒険者が輩出される。それが俺のささやかな夢というやつでね」

「……分かった」


「ん?」

白金級プラチナまで駆け上ろう」


 ガラは真っ直ぐ、ニコラウスを見つめていた。

 そこに冗談の類いはなく、馬鹿馬鹿しいと蔑む笑みもない。

 心底から、その願いを引き受けていた。


「アンタはもう行っていいぞ。ガンガン依頼を受けてくれ」

「失礼する」


 ガラが出て行った後、見送ったセリスティアはため息をついた。


「よろしいのですか?」

「よろしいも何も。どう考えたって手を出したのは、『赤牙連盟あかげれんめい』との方だろ。銀級冒険者が鉄級冒険者に返り討ちに遭ったんだ。恥だ。あいつらの事はとっとと忘れよう」


「……ガラさんが先に仕掛けたとは?」

。先だろうが後だろうが。銀級冒険者四人がかりで、ガラ一人にブチ殺されてんだ。……ってか、何ならブレキンドンもガラが殺したんじゃないか」


「それは問題です」

「ブレキンドンが、


「……まともではなかったと?」

「そういう可能性だってあるさ。そもそも、銀級冒険者四人に鉄級加えたのがおかしいんだ。『赤牙連盟』は前衛ファイターも、斥候も、後衛の魔術師も、全員揃ってたんだからな」

「それは……確かに」


「という訳で過去のことは忘れよう。前向きに生きていこうぜ!」

「まあ要するに全力で誤魔化す訳ですね。分かりました。責任は全部ギルド長が取るということで」

「……うん! いや、責任は折半で……」

ギルド長の責任ですお前が何とかしやがれ

「はい」


§


 ギルドに併設されている小さな酒場で、ガラは腰を落ち着けた。

 奇異の視線には慣れたものだが、今回は一際それが激しい。無理もないか、とガラは考える。


 何しろ銀級の冒険者が全滅し、依頼人も死亡し、唯一の生き残りである。

 おまけに銀級の冒険者は蜥蜴人リザードマンの差別主義者であった。

 何かあった、と思わない方がおかしい。

 というか何かあったのだし。


 残念なことに、顔なじみである二人――エレニアムとスプーキーも今酒場にはおらず、彼に話しかけるような蛮勇を持つ者もいない。


 結局、注文した蜂蜜酒ミードを一杯飲んで、ガラはギルドを出て行こうとした。

 そこに。


「あ、出て行くんだ。良かったら話さない?」


 そんな声が、すぐ真後ろから聞こえた。


 咄嗟に刀の柄に手を伸ばしかける。それほど近く、それほど感知できなかった。

 だが、苗刀みょうとうを抜くことはなく。ガラは無言で振り返った。


 兎人(メドラビット)と呼ばれる種族であった。

 性別は男とも女ともつかぬ。身長はガラの半分よりは大きい程度か。

 小鬼人(ゴブリン)よりは大きいが、中つ人アヴェリアンの子供程度の大きさだ。


 が。

 体格の大小は基本的に問題ではない。それよりも、自分の背後を取った方が、ガラにとっては大問題だ。

 気配は感じ取れなかった。油断もなかった。

 なのに背後を取られた。

 命を奪われた、とまでは考えないが――命を奪われる危険性が高かった。


「キミ、背後に立った人間を自動的に攻撃する系の人?」

 無邪気な顔で笑われた。

 そこに悪意は感じ取れない。


「ここまで気配を感じ取れずに接近を許したことはなかったのでな」

「じゃあ私がお初の人か。光栄光栄、実に光栄!」

 やはり笑う。

 不快さはない。本当に面白いと思っているし、本当に光栄だと感じている。

 そう思わせる感情のがある。


「奢ろうか? ああ、でもここじゃ何だ。視線も気になるだろうし、一杯やっていこうじゃないか」

 ガラは頷いた。


 兎人メドラビットは面白いことが始まった、と期待に顔を輝かせている。

 それを見ていると、蜥蜴人リザードマンであるガラも、何か面白いものが始まるのではないか、などと思うのであった。


§


 二人はギルドから少し離れたところにある、ひっそりとした酒場に訪れた。

 酒場の名は『夜ぎ木亭』というらしい。


 まだ昼少し前ということもあり、客は自分たち以外に二名。

 どちらも朝まで飲んでいたらしく、酔い潰れて眠っている。


「頼める?」

 暇そうだったウェイトレスが二人を見て立ち上がる。

「……い、いいですよ。エールですか?」

 彼女は蜥蜴人リザードマンである彼を見てぎょっとしたが、すぐに平静を取り戻した。


「二杯お願い。あと、何かつまめるものも」

「かしこまりました。店長ー!」


 しばらくしてウェイトレスがエールをテーブルに置き、つまみ用の干し肉を置いて立ち去った。


 ガラと兎人メドラビットが向かい合う。


「自己紹介しよう。私の名前はシャダイ・ビアイスキー。種族はメドラビット。冒険者職業は斥候スカウト弓兵ボウマンだ」

「弓兵?」

「まあ、弓は弓でもこちらなんだけどね」


 シャダイが懐から取り出したのは、やや角張った石だった。

 投石器スリングを使う、ということらしい。投石器は射程こそ弓矢より短いが、その威力は決して馬鹿にできるものではない。

 まして、それを専門としているなら尚更だろう。


「……」

「何か?」

「いや。斥候か、なるほど。その身のこなし、只者ではないと思った」

 ガラはそう言った。

 敵意はないが、好意もない、中立ニュートラルな目付きである。


 シャダイ・ビアイスキーは二つ、嘘をついている。


 一つ目、ガラに伝えたこの名前は偽名である。

 二つ目、シャダイは斥候と弓兵に加えてもう一つ職業を持っている。


「改めて。ガラ・ラ・レッドフォート。職業は戦士ウォリアー

斥候スカウトではなく?」

「……そちらの技能認定は受けていない」


「そうか。勿体ないなぁ! 良い斥候になると思うよ」

「お褒めに預かり、恐悦至極」


 二人は飲み干したエールのお代わりを要求した。

「……最初の一杯もそうだが、随分と冷えているな」

「ここは魔術師ギルドと提携して、氷魔術を使ってるからね」

「高いんじゃないか?」

「ギルドの飲んべえたちが無料奉仕してるー」

「この干し肉、随分味わい深いが――」

「魔術師ギルドが実験に使った魔獣を卸してるー」

「いいのかそれは」


 良くはない。

 というか実験材料に使ったものを肉としてお出しするのは、

 もちろん大変駄目なことである。


「でも美味しいからいいのだよガラ君」

「……これ何の肉だ?」

「人じゃなければいいでしょ?」

「許容範囲が海のように広い」


 一時間ほど経って、酒場に人が増え始めた。テンション高く様々な話題を繰り出すシャダイと、落ち着き払った態度でそれに応じるガラ。


 そして笑いながらシャダイが、不意に斬り込んだ。


「――ところで話は代わるけどさ。君の目的、何?」

「……冒険者として身を立てる、だな」

「そっかー。目標はどのくらい? やっぱ金級?」

白金プラチナ級にまでは辿り着きたいものだ」


「おお、でっかい目標。蜥蜴人リザードマンでそんなこと言う人に巡り会ったことがない。っていうか蜥蜴人に出会ったことがこれまでなかったや」

「我々は基本的に、一生涯自身が生まれた村落で暮らすからな」


「それならどうして、テクステリーに来たんだい?」


 不意に、冷えた沈黙。

 ざわめきも何もかもが遠くに流れていく。


「私の村落は事情があって滅んでな。生き残ったのは私一人だ」

「……それはまた、大惨事だ」


 何かを窺うように、シャダイがガラの目を覗き込む。


「滅んだ理由を聞いても?」

「――――」


 ガラは沈黙を守った。



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