第8話 闇に伏せて虎視眈々 2
もちろん、ガラ・ラ・レッドフォートは人間同士、話し合って信じ合えば分かり合える、という美辞麗句を信じている訳では毛頭無い。
というよりも、基本的に
要するに彼らが笑っていたなら、それは自分を嘲るためのものだと考えていい。
彼らが企んでいたなら、それは自分を謀殺するためのものだ。
彼らが怒っているなら、その対象は間違いなく自分だ。
そういう意味合いを伴う、と考えて観察する。
「よう。クソ蜥蜴。テメェと同行とはな」
「よせ、アエストロ。依頼を失敗させたいのか」
「……チッ、うるせえな……」
「申し訳ありませんねぇ、ええと……ガラ? さん。アエストロは気難しい男でして。私から謝罪させていただきます」
丁寧に頭を下げる竜人。彼は名をクラウノスと名乗った。
残るは男性が一人、女性一人。彼らは名乗らなかった。名乗る必要がない、とでも言いたいのか。いずれにせよ、敵意に満ち溢れた視線である。
「ああ、皆さん。ブレキンドンです、よろしくお願いします」
そしてニコニコと、何も考えていないような笑顔の商人。
ともあれ、護衛任務開始。目指すはセラフィア王国首都である。
§
ピリピリとした雰囲気が、馬車の周囲から漂っていた。
まずブレキンドンが馬車に乗り込み、クラウノスが馬を操っている。
そして馬車の中には名乗らなかった二人が詰めている。
アエストロとガラは、それぞれ馬車の周囲を徒歩で歩いていた。
馬車の速度自体はそれほど速くないとはいえ、二人は息を乱すことなく苦も無くついていく。
問題は二人の内どちらが前に出るか、であった。
アエストロはガラが信用できない、と頑として背後にいることを主張した。
騙し討ちされるかもしれないから、と。
「……それはそちらが考えてることでは?」
というガラの至極もっともな指摘も、アエストロの機嫌を悪くさせるだけだった。
ブレキンドンはおろおろするだけで、何の役にも立ちはしない。
ガラは嘆息して、分かったとだけ言ってアエストロの前に立った。
背後の憎悪、悪意が膨らんでいる。針で突っついただけで、破裂しそうなほど。
首都までの三日間、彼らはこの状態で過ごすことになるだろう。
しかし――滾るアエストロだが、決してガラに手を出そうとしなかった。
背中を見せているにもかかわらず、ガラに一切の隙はない。
(……くそ、やり辛ぇ。コイツは背中にでも目がついてるのか?)
凶悪な激情を隠しもせず、アエストロはガラを付け狙う。
だが剣の柄にそっと手をやった瞬間、ガラの手が直ちに自身の武器――
別段、アエストロの所作を鏡や遠視で覗いている訳ではない。
ただ純粋に、気配を知覚しているだけだろう。
いわゆる、達人の背中に目があるというやつ。
自身の剣の師匠が、同じことをやっていた。しかしあれは、稽古の中でのことだ。
歩いておらず、道場の真中で立ち止まっていたし。
それならある程度、気配を察することができても理解できる。
しかしガラは、歩きながら……そして、恐らくは周囲に気を配りながら、アエストロの観察も怠ってはいなかった。
信じられない。たかが、たかが
知能も低劣、技術レベルも文明レベルも低い野蛮人が。
自分の師匠と同等の、剣の領域に到達しているだと……!?
認められない、絶対に。
認められないから、絶対に殺してやる。
§
ガラ・ラ・レッドフォートがこの依頼を受けたのは、当然といえば当然の理由、動機がある。
そもそもあのギルドで遭遇して、あの態度を取られた時点で、ガラは既に狙われたことを自覚している。
竜人にとって、蜥蜴人は脅威ではない。
何しろ権力が圧倒的に違う。種の優劣を巡っての全面戦争などできそうにない。
ただ、ガラはここまで
その理由があるため、ガラはこの依頼を引き受けた。
慎重に竜人たちを観察しながら、彼は確信する。
間違いなく彼らは殺しに来るだろう、と。
ちりり、とガラの皮膚に針で触れられるような微かな刺激があった。
「止まれ」
ガラの言葉に、クラウノスが馬車を止める。不思議そうにブレキンドンが幌から顔を出す。
「一体何が――」
「来るぞ」
ガラはそう言って、苗刀を抜いた。
途端、甲高い叫びと共に山賊たちが一斉に襲いかかってきた。
「山賊だ!」
アエストロの叫びに、『赤牙連盟』の三人も迅速に反応した。
アエストロが太刀を抜き様、斧を掲げた山賊を斬り捨てる。
更に接近してきたもう一人には、
脇差に怯んだ時点で、山賊の敗北だ。彼は小刀など物ともせずに、走り続けるべきだった。
名無しの二人……一人は斥候らしく、スリングで石を投擲した。
致命傷でこそないが、突進してきた山賊の勢いを殺すのには充分な破壊力だ。
もう一人、竜人の女は折りたたんでいた槍を素早く組み立てて外へと飛び出した。馬車を背後にしつつ、刺突で牽制する。
欲に目が眩んだのか、下卑た笑みを浮かべた山賊が三人やってきた。
女は深入りしない。三人を相手取っている、という状況そのものが彼女にとっての勝利なのだ。
アエストロが彼らの背中から猛然と襲いかかり、一人を斬った。意表を突かれて振り向いた隙に、女が山賊の喉元を槍で突く。
クラウノスが【
そして彼ら四人の戦いを静かに見据えながら、ガラもまた戦った。
アエストロがふと気付いて、彼に顔を向けると。
そこには、四人の山賊が倒れ伏していた。
「……な、に……」
唖然とした。本当にいつのまにか、山賊たちは一人残らず殺害されていた。
ガラは淡々とした口調で告げる。
「死人から物を漁る余裕はない。このまま進みませんか?」
ブレキンドンはこくり、と頷いた。
ガラはその表情を見て、一つの確信を得る。
「で、では。進みましょうか、皆さん」
それに異論を唱える者は、誰もいなかった。元より食い詰めた風の山賊であり、貴重な何かを持っているようには見えなかった、という点も大きかったが。
§
その日の夜の出来事である。一行は今日の進みはここまでと定めて、馬車を置いて馬を休ませ、テントを張った。
焚火をつけて、鍋に具材を投入する。ブレキンドンは上機嫌でガラの隣に座っていた。
「いやあ、お強い。私は見ていなかったのですが、まさに瞬殺だったようですな」
ブレキンドンの言葉に、ガラは曖昧に頷く。
「さあ、どうぞどうぞ。遠慮なく」
「結構です。まだ任務の最中なので」
注がれそうになった酒は断り、彼は自身の革袋から水を飲む。
「では、こちらの鍋をどうぞ。せめて内側から温まってもらわなくては」
ブレキンドンが笑顔で鍋からよそった器を差し出す。ガラは受け取り、軽く食べると器を返した。
「も、もうよろしいのですか?」
「はい。このまま仮眠を取ります。交代になったら起こしてくれ」
「……ああ」
ガラが自身のテントに潜り込んだ。アエストロはブレキンドンに目線を送る、彼は頷いて鍋の具材を全て捨てると、改めて料理に取りかかった。
§
一時間が過ぎると、焚火も消されて辺りには静寂が満ちた。
クラウノスにより周囲には【
『赤牙連盟』の面々は、それぞれの獲物を構えた。
(どうする? テントの中に入るか?)
(気配で気付かれるかもしれない。テント越しに槍を突き刺そう)
(【静寂】を解除して【
(テントが爆風を遮るかもしれない。好ましくないな)
(この状態のままが一番いい。テント越しに突き刺そう。一人くらい、致命傷を与えられるだろ。クラウノスは詠唱に集中。奇襲の後は矢の準備だ)
回りくどくない、アエストロの案が一番勝率が高かろう、と一同賛成した。
(ブレキンドン。邪魔をするなよ?)
(は、はい。分かっています……)
怯えるブレキンドンはそれきり、アエストロの頭から消えた。
こうするためだけに、わざわざ追加の人員を雇わせたのだ。
彼らは雇用主と被雇用者という間柄であるが、実はアエストロの父は低位ながら貴族であり、ブレキンドンとも懇意にしている。
つまり、立場という意味ではアエストロの方が強いのである。
彼の補助で、『赤牙連盟』は銀級まで到達したといってもいい。
(アエストロは決して認めないだろうが)
……テントの影は、ピクリとも動かない。
鍋に仕込まれた眠り薬により、ガラ・ラ・レッドフォートは深い眠りに落ちている。
しかも【静寂】の魔術まで使う念の入れようだ。
その念入りな準備は、それだけこの
(……やるぞ!)
アエストロは太刀を、竜人の女は槍を、それぞれ影めがけて突き刺した。
斥候の男はテントの入り口から、石を投擲。
ただ一人、クラウノスは【静寂】を維持するため待機する。
アエストロは突き刺した瞬間、困惑した。
これは、肉の感触じゃない……!
(罠……!)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます