第5話 剣術スキル≪スラッシュ≫対倭刀術リザードマン 2
鉄級冒険者が受諾できる依頼の多くは、雑用めいたものが多い。
薬草採取、スライムや大鼠退治を伴う下水掃除、あるいは狩猟代行。
多くの新人が嫌がり、忌避し、可能な限り早く銅級へと上ろうとするのを他所に。
ガラ・ラ・レッドフォートはコツコツとそういう依頼を引き受けていた。
その日の依頼は、テクステリーの下町、グルームゲート街区と呼ばれる場所の見回りであった。
公権力の目が届かぬこの街区では、白昼堂々の犯罪が多い。それを抑止するために、冒険者たちが見回るのである。
だがこちらの依頼もまた、新人に忌避されがちであった。
何しろ治安が悪い。そして新人冒険者など舐められて当然の存在である。
さすがに命を奪われることこそ稀だが、下手をすると身ぐるみを剥がされ、赤字になることも少なくない。
ならば、ガラ・ラ・レッドフォートはどうかというと。
この街区において、今のところ
誰もが怖れ、怯え、近寄らない。
強面の男からも躊躇なく
「……?」
その男を見つけたのは、偶然だった。
大荷物を抱えた男はこそこそと、しかし迷うことなく下町の通りを歩いて行く。
大荷物、である。
普通であれば、あんな荷物を持っていてはたちまち襲われるであろう。
だが、皆彼からは目を背けている。
親しまれているのではなく、怖れられている。疎んじられている。
それはつまり、彼がこの街区で特別な存在だということである。
ガラは少し歩く速度を上げると、ひたひたと音もなく彼の後を尾けていく。
§
山賊ダッパは、テクステリーのグルームゲート地区に行くのが本当に嫌だった。
単純に、恐ろしいのである。
山賊であることを示しているため、真正面からダッパを襲うような人間はいないが、少しでも隙を見せれば容赦なくダッパは身ぐるみを剥がされるだろう。
ダッパは真っ直ぐ馴染みの故買屋へと向かう。
いつも通り、この真新しい剣やら盾やらを売って金に換える。そしてすぐに、この街を出る。
故買屋の扉を勢いよく開き、奥にいる老人へ声を掛けた。
「ババア、買い取りだ」
勢いよく開いた扉は、常よりわずかに閉じるのが遅かったが、鈍いダッパは気にすることはない。
「あいよ。そら、ブツを出しな」
ダッパは重たかった荷物を床に降ろし、一息つくと冒険者たちから引き剥がした装備品を乱雑に置いていく。
「どれもまだ新品だぞ」
「血が付いているね」
老女の言葉にダッパはうぐ、と呻く。
「……ま、ウチで売る分には構わないけどね」
「そうだろ。そら、後はこれとこれとこれと――」
ダッパは安堵したように、荷物から小物を取り出していく。
魔術師がつけていたタリスマンや杖、僧侶から奪った聖印や聖水、そして最後に殺した冒険者が握っていた安物の鉄剣。
屑鉄程度の価値しかないので、捨てていくはずだったがいつのまにか荷物に入り込んでいたらしい。
その鍔に、細身の鎖が絡んでいた。
「あんた、それは、」
老女が絶句する。震える手で、鉄剣を指差す。
ダッパはその言葉に、きょとんとした表情で鉄剣をカウンターに置こうとして。
鍔に絡んだ鎖に気付いた。
訝しげに思いながら、ダッパは鎖の先にある
『鉄級冒険者 ヨハン
誕生日 赤貴月の十八』
そう記されていた。
そのプレートがいかなるものかを理解し、ダッパは青ざめる。
故買屋で守らなくてはならないルール。
身分証明証である他人の冒険証を絶対に見せてはならない。
何故なら、その瞬間に故買屋は無責任な第三者から共犯へと切り替わるからだ。
何も知らずに身ぐるみ剥がされた冒険者の装備を売るのは罪ではない。
だが、冒険証を見て知らぬ存ぜぬとはならない。
そして、魔術の幾つかには……嘘を見抜く魔術がある。
老女がいくら誤魔化そうとしても、彼女はもう冒険証を見てしまったのだ。
「早いとこ捨ててきな! さもないと、アタシは通報するハメになるんだよ!」
老女の言葉に、ダッパも慌てて冒険証を握って逃げだそうとした。
「遅い」
その言葉は、老女でもダッパでもなく。
忍び込んだ第三者の的確な感想であった。
思い切り殴りつけられたダッパは、鼻を陥没させて床に叩きつけられた。
「ひいいいい!?」
「ご老人。カウンターのそれは、今から買い取るつもりか?」
「……い、いや。こんな胡散臭い男の品物を、買い取る訳にはいかないね」
「そうだな。ところでコイツの名前を知っているか?」
「あ、あー……確か……ダッパと……言った……気もする……」
ガラ・ラ・レッドフォートは鼻骨を砕かれて痙攣する男に、醒めた目を向けた。
「なら、こちらが連れ帰っても問題ないな?」
「もちろんですとも」
ガラはカウンターに並べられた装備品を片っ端からバックパックに戻し、最後にダッパの首を掴んだ。
「ご老体。これは独り言だが……」
「は、はひ」
「これからも、この故買屋には邪な目的で品物を売る輩が訪れると見たが」
「は、はひ」
「そういう人間の詳細を調べ、報告してくれるなら――互いにとって、良い取引になると思うが」
「そ、そうさね。考えておくよ……ああ、もちろん、前向きに」
「よろしい」
ガラが品物とダッパを引き摺って、立ち去っていく。
店を出てから、老女はやっと息を吐き出した。
このグルームゲート街区に店を構えて数十年。
これほどの重圧を感じたのは、あまりに久しぶりだった。
何よりも陰鬱なのは、彼と交わした約束である。
あれはつまり、冒険者ギルドの番犬となれと言っているようなものだ。
だが逆らうことなど、できはしない。
老女は肩を落とし、頼むから冒険者ギルドが関わるような連中が品物を売りに来ないように、祈るしかなかった。
§
「緊急クエスト招集です!」
からんからん、と受付嬢のセリスティアが陶製の鈴を鳴らしていた。
「先ほど捕縛した山賊が、アジトの場所を吐きました。ですが、夜までに帰還しなければ、次のアジトへと移る可能性があります。捕縛した山賊に道案内させ、山賊を奇襲します。資格は銀級冒険者または銅級冒険者1年以上! パーティ構成は四人から六人を目標とします!」
が、時間帯が悪かった。
今は依頼の争奪が一通り終わった後で、仕事にありつけなかった者は既に帰宅し、残っているのは鉄級の新人くらいのものだ。
首都ならともかく、テクステリーは冒険者の数自体がそもそも少ない。
数少ない銀級冒険者のパーティ、『赤牙連盟』は遠方へミノタウロスの首を取りに向かっている。
「私は……?」
「ガラさんはすみませんが参加してください。例の山賊が逃亡する抑止力となりますから」
なるほど、とガラは頷いて一歩引いた。
セリスティアが懸命に声を張り上げていると、二人がまず手を掲げた。
「じゃ、俺がやるわ」
「私も参加します」
前回、ガラの依頼を確認するために同行した二人、スルガー・スプーキーとエレニアム・サングマインが手を掲げた。
二人とも銅級冒険者として1年以上のキャリアを持つため、参加資格はある。
「ありがとうございます。では、残り三人ですが――」
ちらりとセリスティアが一人のベテラン冒険者に視線を移した。
彼は苦笑しながら、義足の右足を叩いた。
「悪いな。山賊との殺し合いにはもう向いてない体なんだ」
セリスティアは不承不承頷いた。まるでそんな事は問題ではない、というように。
しばらく誰も手を挙げないのを見て、彼女はため息をついて言った。
「仕方ありません。私が同行します」
スルガーとエレニアムが同時に「はぁ!?」と叫んだ。
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