第2話 野太刀自顕流ゴブリン対倭刀術リザードマン 2
これは異世界の話であるが。
その世界の、とある島で国中を巻き込んだ内戦が起きたそうだ。彼らは思い思いに武器を取り、己の習い励んだ武術を敵に披露した。
そしてそんな中で最も恐れられたのは、薩摩藩という地方の剣士が使うジゲン流であったと。
§
百年以上前のある日、ゴブリンたちの集落にふらりと
珍しいことではあるが、有り得ないことではない。
その稀人は滞在の報酬として、ひとつの剣術を伝えた。
「わしらは、けんが、できない」
とゴブリンの長が言ったが、稀人はそれを否定した。
できる、と。
お前たちならば、この技を使えるのだと。
稀人は早逝したため、その剣術全てを学ぶことはできなかった。
だが、彼が教えた『
いつしか、彼らは『
――サツマ。
セブル・ボルグは『
そしてそれ以外のことは何もできない。
だが、それでいいと彼は思っている。
§
冒険者ギルドを出たガラ・ラ・レッドフォートの背後を、二人の男女がついていく。
一人はエルフ。やや短めの、黄金の髪をした少女である。ゆったりとしたローブに身を包み、魔術師ギルドのメンバーであることを証明するタリスマンを首にかけている。
「エレニアム、と言います。魔術師です。よろしくお願いします!」
と彼女は名乗って深々と頭を下げた。未熟な若者然としているが、エルフなだけあって年齢は計り知れないが表情に懸命さと焦燥感が溢れている。恐らく相当若いのだろう、とガラは見当を付けた。
もう一人はスルガー・スプーキー、と名乗った。豚に似た頭を持つオークである。どっしりとした体格、ふて腐れたような表情で無臭(だが不味い)の噛みタバコを噛んでいた。
「
「そうだ。ただ、俺たちはアンタが依頼を達成したかどうかを確認するためだけにいる。手伝いはしない。そういう依頼だからな、俺たちは」
「構わん」
よろしいですか、と受付嬢セリスティアが告げる。
「依頼の背景も含めて、可能な限りの情報をお伝えします」
「ロクソルの森に、一人のゴブリンが住み着いています。本来、ロクソルの森のゴブリンたちは別の森へ転居することで話がついていました」
ロクソルの森は現在、幻獣フェニックスが五百年ぶりの転生を行う儀式が執り行われようとしていた。
貴重な転生儀式であると同時、転生の際に撒き散らされる羽や血、あるいは卵の殻などはあらゆる面で極上の素材となりうるものであり、旧き時代はこれを巡って国同士で争いが起きたほどである。
この儀式の障害になるものは、少しでも排除しなくてはならない。
ロクソルの森を支配する領主は、ひとまずゴブリンたちに交渉することにした。
当初は反発、抵抗運動を繰り広げていたゴブリンたちだが、
「転居先での生活の保護を認め、助力する」
という申し出に、それならばとほぼ全てのゴブリンが脱落した。
元より、故郷や縄張りといった存在はゴブリンの中では、然程重きをなさないのだ。
だが、一人だけ老齢のゴブリンが残った。
フェニックスの転生までもうまもなく。説得している余裕はない。
つまり、そのゴブリンをどうにかして追い出せないか、という依頼が届けられたのが、ロクソルの森から一番近い街、テクステリーの冒険者ギルドである。
§
「つまり、最低でも追い出せばそれで依頼は解決です。殺さなくてもいい、とお考えください」
「逆に聞くが殺した場合、依頼料はどうなる?」
「それは問題ありません。殺害しなくとも、依頼料にマイナスの査定がつくことはありませんから。他に何か、ご質問は?」
「ない」
レッドフォートにとって、それだけ聞けば充分である。
「ではいってらっしゃいませ。エレニアムさん、スプーキーさん。依頼監視、よろしくお願いします」
「はい! がんばります!」「あいよ」
素っ気ない返答と共に一行は歩き出した。リザードマンであるレッドフォートは、周囲から奇異の視線を送られているが全く意に介さない。
蜥蜴人、リザードマン。
希少種族である彼らは、一旦縄張りと決めた場所を動くことは滅多にない。
動くとすれば、それは余程のことが起きた時。
エレニアムもスプーキーも、
彼はどうして冒険者になったのか。
どうして縄張りを出たのか。
全ては謎のままだ。
聞きたいことは色々あるが、何を言っても撥ね付けられそうな雰囲気があった。
それだけに、三人共に無言を貫く状態だった。
ガラ・ラ・レッドフォート。
エレニアム・サングマイン。
スルガー・スプーキー。
ロクソルの森はここから一日半。
この三人はパーティではないパーティとして、行動を共にすることになる。
§
エレニアム・サングマインは内心でびっくりしていた。
何しろリザードマンである。
超がつく稀少種族である。ざらざらの緑色の肌が、なんだかカッコ良いのである。
ただ、種族が種族だけにあまりに未知数であった。
天気の話題を出したら非礼に取られないだろうか、などと無駄な心配をしてしまう。
エレニアムは冒険者であるが同時に魔術師ギルドにおける研究員でもあり、実力とは裏腹に銅級に留まっている。
それだけに、たまに依頼監視などという厄介な役割も背負わされるのだが――今回に限っては、それで宝くじを当てたようなものだった。
(面白いなぁ、すごいなあ、楽しそうだなあ!)
エレニアムは正直に言って、ワクワクしていた。
スルガー・スプーキーは前を歩くレッドフォートを、醒めた目付きで眺めていた。
そんな彼が縄張りから出てきたのだ。その時点で異常であり、スルガーにとっては警戒する余地がある。
種族の大多数から逸れた人間など、大体においてロクな存在ではない。厄介者、犯罪者、あるいは過激思想の持ち主。
大体はそういう感じだ、とスプーキーは偏見を抱いている。用心しなければならないと、彼は気を引き締めた。
レッドフォートが懐から何かを取り出した。細長い石のようなもので、色は赤黒い。
レッドフォートは自分が凝視されていることに気付いたのか、気まずそうにスプーキーに尋ねた。
「……干し肉だけど、食べるか?」
「食べる」
このリザードマンは案外いいヤツなのかもしれない、とスプーキーは干し肉を食べながら思った。
もしゃもしゃ。
§
ロクソルの森少し手前でキャンプを張ることになった。
「火を焚いていいんですか?」
エレニアムがレッドフォートに疑問を呈した。
「問題ない。例のゴブリンなら、とっくに私たちに気付いている」
「夜襲を仕掛けてくるんじゃ?」
「まだ森に入っていない。ゴブリンは森に入らなければ、襲ってこない」
「なんでそんなことが分かるんだよ?」
スプーキーの問い掛け。
レッドフォートはその疑問に答えることはなかった。
実際の話、「何故そうなのか」と問われると「直感」としかレッドフォートには答えようがない。
ただ、セリスティアの報告を聞く限り――
レッドフォートはゴブリンが何をしたいのか、理解していた。
「そのゴブリンは、正しく終わらせたいのだ」
歪な生き方、歪な在り方、だからせめて。せめてどうか。
正しく、終わりを迎えられますように、と。
§
三人来た、とセブル・ボルグは把握した。
だが、その内二人は何もせずに森の一箇所に留まった。比較的見晴らしがよく、安全な地帯に。
「戦いを見てみたいんですが……」
「遠見の魔術じゃダメか?」
「森の木々が隠しててダメなんです。うう、残念……」
用心深く周囲を警戒しているが、それ以上進もうとしない。そしてその代わり、たった一人だけが森の奥深くへと進んでいた。
遠目で見て分かる。
剣士である。全く問題なく、戦えそうな剣士である。
顔が緑色で、禿頭であるのは珍しいが全く問題はない。
彼は自分を殺そうとしている。それが理解できれば、充分だ。
野太刀を手にしたセブル・ボルグは呼吸を整えると、彼の下へと歩き出した。
木の根、石、小さな生き物。森を構成するあらゆるものを、セブル・ボルグは把握している。
彼は裸足であっても痛みも違和感もなく、目をつむっても森を軽快に走ることができる。
何しろ、四十年もの間をこの森で過ごしてきたのだから。
セブル・ボルグはサツマ拵えの野太刀を握り締めながら思う。
次の相手は、強いだろうか。
次の相手は、自分より強いだろうか。
次の相手は、自分を――
ここまで考えたところで、頭を振る。楽しいことは後で考えよう。悲しくなることは、もっと後で考えよう。
セブル・ボルグが理想的だと考える場所に、かの剣士も辿り着いていた。
一見は平坦な土地に見える。木の根もあまり見当たらないように見える。
だが。
この区域には天然の罠が張られている。
平坦に見える大地だが、実はあちらこちらに木の生長によって生じた、兎の巣穴のような落とし穴が点在しているのだ。
ここに踏み込めば、ずるりと足が飲み込まれ、結果……足を挫くことになる。
だが、そうなったとしたら理由はこの剣士が弱いがためである。
真に強いのならば、この大地でも自分に勝てるはず。
そうセブル・ボルグは考えている。
さあ、目の前に敵が現れた……現れたぞ。
怯えることなく、彼はゴブリンに真っ向から対峙していた。
「……始めよう」
「いい、とも」
そうして。
セブル・ボルグはガラ・ラ・レッドフォートと対峙した。
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