竜斬りの蜥蜴人(リザードマン)
東出祐一郎
野太刀自顕流ゴブリン対倭刀術リザードマン
第1話 野太刀自顕流ゴブリン対倭刀術リザードマン 1
かくして吟遊詩人は竪琴をかき鳴らし、
滔々と、流々と、この村中の人間に轟けと言わんばかりに。
これは
我らの世界には異世界から
二百年前の話である。
エルフ、ドワーフ、
人を斬る技である。
人を殺すための技である。
人を傷つけ殺すことを百年二百年掛けて考えに考えに考えて編み出された、無数の技である。
ある稀人は自分のそれを天然理心流と伝えた。
ある稀人は自分のそれを北辰一刀流と伝えた。
ある稀人は自分のそれを柳生新陰流と伝えた。
ある稀人は自分のそれを野太刀自顕流と伝えた。
ある稀人は自分のそれを発音できぬ流派として伝えた。
彼らが遺した技は各種族に伝わり、その独自性に合わせるように変遷し、進化し、あるいは歪曲され、更なる発展を遂げた。
二百年前の話である。
やがてその戦乱が収まり、ある程度の平和が訪れた今も、こちらの世界で剣術は生きるための技、生きるための術として広く冒険者たちに敷衍した。
魔術がある。
剣術がある。
モンスターがある。
即ち、この世界には冒険があった。
けれどもこの世界の彼らは託された術理を元に、戦い続けている。
§
森の中で、二人の人間が対峙していた。
一人は種族、
急所部分を金属で覆ったハードレザーアーマー、手にした武器は流行りの飾りをした太刀。
今一人は禿頭のゴブリン、身長四尺五寸(約136cm)のゴブリンにしてはやや大きくとも、対峙する
鎧はない。襤褸切れとしか見えないものを纏っているだけである。
だが、手にした武器は異形だった。
野太刀である。三尺(90cm)以上の刀身を持つそれを、ゴブリンは天に掲げていた。
冒険者である
走り寄って振り下ろす。あの構えからできるのは、ただそれだけである。
職業、
頭から血を流し、その意識はない。
目の前のゴブリンが作った罠に引っ掛かって、頭部を石で痛打し、意識を喪失したのだ。
(クソ。せめて三人で来るべきだった。ゴブリン一人を倒すのに、三人なんて馬鹿馬鹿しいと思ったせいで……!)
冒険者ギルドから受けた依頼内容は単純であった。
ロクソルの森に住む、群れからはぐれたゴブリンを倒してくれ。
銅級冒険者としては存外に軽い依頼であり、依頼料はそれに反して高かった。
気軽に引き受けた彼らに受付嬢が注意していたが、それすらも聞き流して彼らは森を訪れ――
こうして、地獄と対峙している。
「キェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!」
空を引き裂くような雄叫び、来ると予感した冒険者は太刀を慌てて構えた。
その際に足元に木の根が引っ掛かった。
一瞬、それに気を取られて意識から突進するゴブリンが消えた。
言い訳が許されるならば。
気を取られたのは本当にほんの一瞬、まばたき一つ程度だ。決してゴブリンから目を背けた訳ではない。
だが、気を取られた。
気を取られ、機を取られた。
刹那、冒険者は目にしたものが信じられなかった。
ゴブリン。
ゴブリンが目の前にいた。神速であった。野太刀の分厚い刀身が、森の薄暗い光を反射していた。
(受けっ……)
そう思った冒険者は、思わず手の武器で頭部への一撃を防ごうと動いていた。
動いてしまったのである。
――野太刀自顕流の初太刀に、受けはあらず。
――一斬一殺、故に最強。
剣術の教師が言った言葉を思い出しながら、冒険者は自分の生命が世界から切り離されていくのを感じていた。
堅い革も、それを補強する金属もものともせず。
ゴブリンの野太刀は冒険者を縦に斬り裂いていた。
決着である。
ゴブリンは刃についた血脂を拭い、意識を取り戻したばかりの少女を見下ろした。
「え……あ……?」
胡乱な意識の少女に、ゴブリンは冒険者の死体を指で指し示す。
「……アレン……アレン!? 嫌、嫌、嫌ァァァァ!!」
ゴブリンはそれで、彼女への義理は果たしたとばかりに背を向けて、ロクソルの森の奥深くへと消えていった。
「我が名はセブル・ボルグ。種族はゴブリン、使うは野太刀自顕流。
いざ尋常に勝負」
その言葉を、僧侶の少女に残して。
§
もう
これは、こちらの世界の物語なのだ。
さあ、聞いてくれ我らの世界の話を。
異世界の刀剣術を授かり、独自に発展させた人間たちの
人を斬るということを突き詰めた、どうしようもない屑の、どうしようもない
§
――セレフィア王国 テクステリー
「ロクソルの森のゴブリン打倒、依頼は失敗です」
受付嬢はギルドマスターに申し訳なさそうに報告した。
「これで三人目か……」
最初に依頼を受けたアレンとソフィアのコンビが、アレンの斬殺という形で失敗に終わって以来、冒険者ギルドは二組の冒険者を立て続けに送り出した。
そして、その両者共に一撃で仕留められて依頼は失敗に終わっている。
「はい。いずれも前衛アタッカーの人間が一撃で斬り捨てられています」
「一撃で、か。となるとアレか。サツマのゴブリンか……」
「間違いなく」
「そりゃそうか。ロクソルの森深奥は未だ魔獣が徘徊する異界領域。浅いとはいえそんな場所で一人暮らししている以上、あのゴブリンも相当な腕前だろうな」
「三組目は六人のフルメンバーで向かったのですが……」
結果は同じであった。
後衛の魔術師、あるいは回復役は森に仕込んだ罠で仕留められ、前衛は一人ずつ追い込んで斬り捨てる。
「銀級を投入しなければならない事態だと思うか?」
「……可能性として視野に入れています」
「現状だと許可はし辛いな……」
ギルドマスターの言葉ももっともである。銀級の冒険者を派遣する、となれば銅級より必要報酬が跳ね上がる。
つまり銀級冒険者の最低報酬金額で依頼せざるを得ないのだ。そしてそれでも、赤字は確定である。
気まずく押し黙る時間がしばらく続くと、応接室の扉を誰かが叩いた。
「セリスティア先輩、少々よろしいでしょうか?」
後輩の受付嬢である。
セリスティア、と呼ばれた件の受付嬢は頷いて扉を開いた。
「何かしら?」
「例のゴブリンの依頼を受けたい、という冒険者が来たんですけど……」
「分かりました。こちらで話を聞いてみます」
「はい。……セリスティアさん、驚かないでくださいね」
後輩の言葉に、セリスティアは首を傾げた。
「すみません。では、業務に戻ります」
「ああ、依頼を引き受ける冒険者は吟味してくれよ」
「はい」
セリスティアが受付に戻った時、件の冒険者はセリスティアの担当デスクに佇んでいた。
周囲の視線を、否応なく集めているのも無理からぬ存在だった。
何ともざらついた、緑色の肌である。
禿頭、というよりは体毛がそもそも存在しない。
鋭い眼光がひとつ。もう片方の目は、黒い眼帯で塞がれている。
口には鮫のような鋭い歯。
希少種族、
それを認識した時、セリスティアもさすがに驚愕した。
自身の村落を縄張りとして、そこから頑なに出ようとしない頑固な種族。
セリスティアも、受付嬢として働き出してから初めて目視した種族である。
見る者が見れば、魔術式を付与しているのは分かるだろうけれど。
「……」
あまりの希少さ故に、セリスティアもしばし自分を見失って、呆然と彼を見ていた。
「……失礼しました!」
だが、受付嬢としてのキャリアが彼女を引き戻した。
素早く謝罪すると、応接用の椅子に座り直す。
「冒険者ギルド、テクステリー支部。受付のセリスティアです。ゴブリンの依頼を受領したい、とのことですが」
「ああ」
「……予めお伝えしておきます。この依頼は既に銅級冒険者が三組受諾し、いずれも失敗に終わっています」
「そうか」
「パーティメンバーはいらっしゃいますか?」
「いない」
「……単独での受諾はお勧めできません。最低でも二人、随伴する銅級冒険者をお連れください」
「残念だが心当たりはない」
「こちらが随伴冒険者を派遣する形でもよろしいでしょうか?」
「あまり意味はないと思うが」
セリスティアは顔をしかめた。
「……失礼ですが、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「ガラ・ラ・レッドフォート」
「レッドフォートさん、で?」
「それでいい」
「ではレッドフォートさん。冒険者等級は……」
「鉄」
「鉄!? つまりその……」
「つい先ほどここで登録を済ませたんだが……」
「ええぇ……」
銀級、あるいは銅級のベテランかと思えば鉄級。しかも登録したてで冒険者としては初心者中の初心者。
「……その、このゴブリンの撃退依頼はですね。通常の鉄級冒険者が引き受ける狼退治などとは毛色が違います」
「三組の冒険者の死者は、いずれも右肩から断ち切られているのだろう?」
「え……」
がたりと、セリスティアは思わず立ち上がった。
言うまでもないが、冒険者がどうやって死んだかの情報は伏せられている。
情報を手に入れるには、生き残った冒険者から情報を仕入れるしかないのだが――
「野太刀自顕流を使うゴブリンならば、そういう死体が出来上がるに違いないからだ」
「……彼をご存知なのですか?」
「個人としての情報を知っている訳ではない。だが、私は彼が使う技を知っている。それを打ち破る技も」
セリスティアはその言葉に動かされた。
受付嬢として長く冒険者たちを見た直感が訴えている。
この登録したての鉄級冒険者は、恐らく銅級のフルパーティ(六人)を上回る戦闘力を有している、と。
「……分かりました。でも、随伴する冒険者は二人こちらで指定させてください。レッドフォートさんの邪魔をさせません。言うなれば看取り役です」
「了解した。それならば問題ない」
「最後にひとつお伺いしたいのですが」
「何だ?」
「
「その村落が焼かれてしまえば、出ざるを得ないさ」
レッドフォートはそう答えて、椅子から立ち上がった。
§
ロクソルの森にいるゴブリンの名は、セブル・ボルグという。
齢四十。ゴブリンが
だがボルグは衰えていない。身体的にはとっくに衰えが始まっているのだが、精神――魂が磨きあがっているのを、自分でも感じ取っていた。
自分の後方、頭部から一尺離れた場所を夜光蝶が飛んでいる。ボルグは何の気なしに野太刀を抜いてそこを斬った。
細く、小さく、空を飛ぶ蝶を、ボルグの刃は真っ二つに斬り裂いていた。
二十年前には至れなかった領域である。
「……こい、こい、こい」
充実している。飯も美味い。よく眠れるのに、奇襲に対しての意識がクリアになっている。
人生で一番、充実している。
ボルグの家族は既に亡く、最後まで残っていた弟子も森を去っている。
……それ故に。このロクソルの森に住む事情はない。
ここに住んでいたゴブリンたちは人の国の王との交渉の末に、森から立ち去ることにした。
村落を捨て、人間たちと暮らすことを選んだのだ。
納得ずくで。
つまりこの森に居着く意味は、もうない。
では何故、この森にいるのか。いて、暴れているのか。
冒険者たちを殺してまで。
ボルグにも、その理由は分からない。
ただ、矢も楯もたまらずそうしたいという欲求があり、ボルグはそれに突き動かされているに過ぎない。
それが、ゴブリンたちにとって最高位の称号、『サツマ』を会得したボルグの望みだった。
「……?」
鉄の臭いがした。刀の臭いだ。つまり……。
「あらて」
新手の冒険者が、やってきたと見える。
ならばボルグは戦わなければならない。斬らねばならない。
セブル・ボルグは背中に野太刀を背負うと、森のねぐらから跳ねるような勢いで走り出した。
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