終章
一気に語り終えた魔女は、疲れたらしい。ため息をついて静かになった。
私は首を動かして、窓の向こうを見やる。ラベンダーが見えるそこにはかつて、ダリアがあったのかと。知らぬ花に思いを寄せた。
「合成人間たちは五年の勤めを終えたら人権を得られる。そのときは保存してあった生殖細胞を使って子どもを残すことも許される。……とはいっても戻ってくるのはほとんどいないから、不妊治療や人口確保のために勝手に利用されたんだけどね」
「ずいぶん身勝手な国だったのね、ここも」
「建前上は立ち直ったんだ。全部、そいつらのおかげで」
今はもう、合成人間にさせられたところで人権は奪われない。彼らにも心がある、ということを私たち生身の人間が、ようやく理解したからだ。
それでも世間には合成人間人権否定論者が無数に存在して、彼らを下等に扱おうとする連中が少なくない。そんな彼らに心を寄せる、優しい男がいることも私は知っている。
「以上が、あんたの母親の話だよ」
「母親と父親、でしょ」
「あいにく男の方はそいつの精子じゃない。いい男だったせいか、探したときには全部使用済みだったんだ。適当に選んだやつとの子があんた。悪いね」
「そんなの関係ない。私がお墓の前で泣いたとき、寄り添ってくれた風が私の親よ」
「そう、そんなことがあったのか」
あの風は、ひとり泣く娘を慰める親の手だったのだ。
ねえ、あれは、お父さんとお母さんのどっちだった? なんて、どっちでもないね。どっちもよね。
どんどんどんどん、玄関が壊される勢いでたたかれた。
はいはいと私が扉を開けば、あろうことか、着の身着のまま飛んできましたと言わんばかりの、見知った顔の男がいる。爪先から頭のてっぺんまで本人であることを再確認して、私は尋ねた。
「何やってるの?」
「いや、そ、そういえば、考えたんだけど、オレ、結婚したいって思ってたのに、お母さんにあいさつ、してなくて、それなのに、お、お別れなんて、まだはやいよ……」
「泣かないでよ。大丈夫、まだ死んでないから。むしろピンピンしてるわ」
というか、ここに来るまでの間に何回か泣いたな。頬の赤みや目尻の白いかすがそれを物語っていた。濡れて変色した袖で顔を拭う男に、私はタオルを貸してあげる。
泣きながら来ただなんて、よく恥ずかしくなかったね。そう慰めると、駅に着いてからずっと私の名前を連呼していたので、見知らぬ人たちにここまで道案内してもらったと男は言う。
私はもう、笑うしかなかった。どうにもこの男は、私を笑わせてくる天才だった。私が笑うと、この男もようやくすすり泣きをやめて、私の好きな男の、満面の笑みを見せてくれた。
「花をね、買ってきたんだ。手みやげがないって気づいて慌てて、でもこういうときってなにがいいかわからないから、こんなのでよかったかな。本当に、何買っていけばいいかわかんなくて、ごめん」
「何この花、ぐったりしてるし」
ずっと握っていたのだろう。幾重にも重なる花弁はすっかりくたびれて、体温で茎が萎びて折れていた。はつらつさを失ったオレンジの見目が悪いことといったらない。私の溶けかけの薔薇とお似合いだ。
「ダリアだよ、知らない? あっ、お母さんなら知ってる、ますよね!」
窓際に振り返った男の顔を見て、魔女はふんわりと微笑んだ。
「ずいぶんいい男だね。
「精子提供なんで父ちゃんの顔知りませんけど、母ちゃんにはぜんぜん似てません」
「そう。ああ、そっくりだよ。顔も声も、どうしようもなく優しいところも、ぜんぶ、父親に似たんだろうね」
「え? なんで」
「そっくりだ」
魔女はふふっと息を吐いた。
それきりだった。
魔女の条件 篝 麦秋 @ANITYA_
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます