第4話 本好き

「その本は今日買ったばっかりで、まだ読んでいません」

 わたしのその声に、周囲は大きくざわめきだす。それでも気にせず、続けます。

「ですがその本『ツインパクト!』シリーズは大好きで、今日発売の新刊を楽しみに待っていたんです」

 その声で、ざわめきは一旦落ち着きますが、まだ少々残っています。

「特にお気に入りなのは、三巻ですね。自分らしさを追い求めた双子が、ついに世界を巻き込み、世界に受け入れられていく。その生き様がこう、グッとくるところがありました――こんな感じでいいんですかね……?」

 その瞬間、拍手が巻き起こりました。

「え!? こんな感想なんかでいいんですか?」

 わたしは、混乱の渦に飲まれながら言葉を発します。周りから聞こえるのは、

「よく言った!」

「好きに理由なんかいらないんだよ!」

「愛の深さは人それぞれ、好きの方向も人それぞれ!」

 わたしをたたえる声たち。え、いいんですか……?

「しゃぁねぇな。この本は返すしかなさそうだな」

 男はわたしの買った八巻を差し出します。こんなけがされた本、本当は受け取りたくないですが、どうせ読み込んでいくうちによごれていくので大人しく受け取ります。

「楽園のスタッフです。同行願えますか」

「覚えてろぉ!」

 男は連れ去られていきました。それに対してヒビキさんは、

「ちゃんと反省しろよ。改心して本好きになったらまた来いよー」

 と声を出しています。案外のんきそう? わたしもつられて手を振りました。


「ありがとうございました……」

 騒ぎも収まって、初めて会った出入口のあたりでヒビキさんと。

「別に構わないよ。それにしても『ツインパクト!』だっけ? 面白そうじゃん。もっと聞かせてよ」

「別にいいですけど、わたしってここにいて良いのかなって思って――」

 ここに来てから今までのことをすべて話しました。

「いいんじゃない? 誰だって最初は初心者、それは愛だって一緒だよ」

「そういうものですかね?」

「もっと教えてよ、そのうちに理解も深まっていくんだ」

 なので、せっかくなのでこのシリーズのことについて説明してみました。

 孤独な状況から始まる一巻。

 一番のお気に入り、三巻。

 最高のピンチも仲間と乗り切る五巻。

 そして、目の前にある八巻。

「最初は、『りお』っていう名前がわたしと一緒なのに興味をひかれたんです。ですが読んでるうちにだんだんとキャラクターに憧れ、魅力を感じていって……それで好きになったんでしょうね」

「ふーん。ま、きっかけなんてどうでもいいことだと思うけどな。結局は好きっていう気持ちが大事なんだし」

「ありがとうございます!」

 騒動で少し疲れてしまいました。今日はいったん帰ることにしましょう。


「ご乗車ありがとうございましたー」

 出口を通ると、そこはいつも通り人でにぎわっている音々駅でした。改札にいつもの定期券をかざして通ります。

 帰ったら、八巻読もうっと。

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本好きの楽園にようこそ 冬野 向日葵 @himawari-nozomi

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