第3話 異変

 気が付いたらわたしは帰り口のほうへと向かっていました。ですが、なぜが出入口は封鎖されています。

「どうしたんですか?」

 警備員のような人に尋ねると、

「ちょっとねぇ、乗車券がないのに入ってきた人がいたみたいで、その人を特定するまで、ちょっと出入りを封鎖することになっちゃった。ごめんね」

 はぁ、居心地が悪いです。


 当分は出られないということで、あてもなくほっつき回ります。ですが一時間ほど歩いたでしょうか、足が疲れてきて結局はじめと同じベンチに腰を掛けます。

 あぁ、結局ここでも独りぼっちで本を読むことしかできなかったです。心の奥底に沈みながらも、今日買った中でまだ読んでいない最後の一冊『ツインパクト!』の八巻を手に取ります。

 早速一人の世界で物語に没頭しようと思ったその瞬間……本を、ひったくられました。

 あまりの瞬間的なことで、誰に盗られたかまではわかりませんでしたが、走っていくひとを必死で追いかけます。

「ど、泥棒です! わたしの本、盗んでいきました!」

 私にできることは声を出すだことと、頼りない脚力で追い続けることだけ。

「おう、なんだなんだ?」

「僕たちはあの女の子の味方です! 皆さんで追いかけましょう!」

 走っているうちにわらわらと周囲の人を巻き込んで、一人から大群へと変化を遂げます。その一人、ヒビキさんから声をかけられました。

「どの本が盗まれたかわかる?」

「『ツインパクト!』っていう本で……」

「え!? それって、キミ乗車券にしていなかったっけ!?」

「そ、そうですけど……」

「大変だ! 乗車券をとられたみたいだ!」

 彼が大声で叫んだ瞬間、追いかけているメンバーも一気にざわめき始めました。

「そんなにまずいことなんですか?」

「そりゃそうだよ。ここへ来る権利がある証明だからね。なくしちゃったらここに入ることはできなくなるし、見ず知らずの人を入れてしまうことにもつながるんだ。真の本好きしか来れない場所だからね」 


「つかまえました!」

 声の先には、腕をつかまれている男がいました。その手をよく見ると、わたしの本があります。

「お前、本当に本好きか?」

 そう怒鳴っているのは先ほどまで優しかったヒビキさん。

「そ、そりゃそうだろ」

「その本はお前の乗車券か?」

「そうだよ!」

「じゃあ、その本の好きなシーンを教えてくれ」

「……」

 男の人は黙ってしまい、それによりガヤが巻き起こります。

「今日買ったばかりでまだ読んでねぇんだよ」

 苦し紛れに出したその言葉も、ヒビキさんがあっさりと返します。

「乗車券に使える本には条件があるのを知らないのか?」

「はぁ?」

「自分の一番好きな本であること、そうじゃないと乗車券としては使えないんだ。仮に好きじゃない本を改札にかざしても、楽園ここに行くことはできない。それは人から盗んだものなんだろ? さっさと元の持ち主に返せ」

「ほら、いっておいで」と小声でヒビキさん。わたしは背中を押されるままに男のほうへと向かいます。

「その本はわたしの物です……返してください……」

「ほう、あんたの本っていうのか。じゃあ好きなシーン、いえるよな?」

 挑発的な目で男の人は言ってきます。

 好きなシーン……正直、わたしはこの本についてあまり理解していません。そんなわたしがこの本について語ることを許されるのでしょうか。

「おいおい、言えないのか? じゃあやっぱりこれは俺の本だな!」

 手をクイクイと動かして挑発してきます。

 仕方がありません。正直に言うしかないでしょう。

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