第2話 乗車

 扉の向こうには、ショッピングモールのような広い空間が広がっていました。

 吹き抜けのある、二階建てのような構造だ。それぞれの店のような場所の中には、それぞれ本棚が広がっていて、談笑している人たちが見えます。おじいさんから私みたいな女子高生のような人まで、さまざまな人たちがいます。

 入口で戸惑っていると、若い男性が声をかけてきました。

「はじめまして! 新規さんかな?」

「はい、そうです」

「よろしく! 俺はヒビキ。君のことも聞かせてくれる?」

「わたしは、莉央って言います……」

「いい名前だね。乗車券には何を選んだの?」

 そう聞かれたので、私は笑顔で持っている本を差し出します。

「『ツインパクト!』っていう児童書シリーズです! これ、今日発売の新刊なんですよ!」

「ほう、表紙には二人の子供がいるね。似ているけど、この子達って双子?」

「そうなんです! お絵描きが好きな男の子のみおと、サッカーが好きな女の子のりおって言います。この二人、好みが男女逆なんですよ。

 学校中から冷たい目で見られるんですが、自分らしい生き方を目指して行動していくうちにやがて――って話です!」

「面白そうだね」

「ヒビキさんの本も教えてください!」

「悪いね。最近はあまり本を読めていないんだよ。だからちょっと語ることはできないかな。その代わり、ここにはたくさんの本好きがいる。いろんな人に話を聞いてみるといいと思うよ」

「そうですね、ありがとうございます!」

 会話を終えるとわたしは奥のほうへと軽い足取りで駆け出していきました。


 それにしても、本がたくさんあって、いろんな人がいて、ここはまさしく楽園のようなところです。自分も本好き、周りも本好き。ここでなら、心おきなく本を読むことができます。

 正直言ってわたしは人と会話することに苦手意識があって……他の人と交流するのは神経をすり減らしてしまうんですよね。だから、自分から話しかけることはせず、一人で本を楽しみながら周囲の会話を聞いているのが自分に合っているんです。

 そんなわけでエスカレーターで二階へと上がり、通路のそばにあるベンチへと座り、今日買った本たちを楽しんでいきます。まずは前から気になっていたシリーズの第一巻を試し読み。

 軽めの怪談って聞いていたけど、夜の小学校が舞台なんですね。

「おいお前、K文庫の新刊読んだか?」

 ほう、夜の学校で脅かそうとするオバケたちが主役なんですか。

「あぁ、あれは久しぶりに面白かったよ」

 一人の生徒が迷い込んで、オバケたちと手を組む。

「だろ? あの先生、普段はSF作家なんだけど、独特の正義感が出ていて、そこが癖になるんだよな」

 びっくりです、そういう展開になるんですか。

「まさに先生の理想の生き方、ユートピアって感じなんだろうな」

 ――シンプルながらも優しい終わり方で、おもしろいお話でした。

 ……ですけど、これでいいんでしょうか?隣の会話を聞いていると、結構具体的に内容について触れていて、ここはああだそれはこうだ、とか話しています。わたしはそこまで深く考えたことがなかったんですけど、こんなわたしが本好きを名乗っていいんですかね?

 ダメです。これ以上考えると頭が苦しくなってきます。別の場所へ移動して次の本を読みましょう。


 あー、この本も楽しかったです。けど……やっぱり周りの声が気になります。こんな単純な感想でいいんでしょうか? もっとちゃんと読み込まないといけないのでは? ここはわたしがいて本当にいい場所なんでしょうか……?

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