第21話 生きていく理由


サイモンが走り去ってから、市民達は優しく「大丈夫?」とオリビア達に声を掛けてくれたが、ナナは腰が抜けた様に座り込んでしまっているし、オリビアはこれ以上騒ぎにしたくなかったので、


「騒がしくしてすみませんでした。もう大丈夫です。宿に戻りますので」


笑ってそう伝えると、集まっていた人達は次第にまばらになり、家路に帰って行った。


座り込むナナにアキは、


「大丈夫…ですか?」


控えめに声をかけると、ナナは無理矢理笑って明るく振る舞い始めた。


「すみません!お二人にご迷惑おかけしちゃって…ハハッ。私なんかの為に、ありがとうございました!」


笑いながら言うナナに、呆気を取られる二人。


(でも…嘘だよ、そんなの)


オリビアはナナの両手をそっと優しく握った。


「手が…震えてる」


「…っ!」


どんなに強がって笑って見せても、体は正直なものだ。


ナナはよく見ると、小刻みに震えていた。


夜の静かな路地裏で追い付いてきた恐怖感と、オリビアの手の温かさでナナは自然と涙がポロポロと零れ落ちた。


アキもこれ以上言葉を掛ける事が出来ずに、二人の事を固唾を飲んで見守っている。


「…分かってるんですよ、私なんて居なくなっても世界が何も変わらないし、誰も困らないって。ロマ族や踊り子の職が、人から蔑まれている事も分かってるし…。私、孤児だから。親と一緒に死ねなくて可哀想とか、昔はよく言われたんで。分かってたんですけどね…。改めて言われると、ちょっとショックですね…ハハッ」


涙を流しながら、無理矢理笑おうとするナナの姿にオリビアは複雑な気持ちになった。


この国は魔王が現れてから、怪我人や亡くなる人が急増し、孤児院が作られたりもしているが、まだまだ政策も追い付かないくらい孤児は多い。


オリビアも元々孤児だから、ナナの気持ちは痛いほど分かる。


親を亡くした気持ち。家族を亡くした寂しさ。


本当の絶望感と喪失感の重さは、家族を失った者にしか分からない。


目の前にいるナナの姿に、昔の自分の姿が重なる。


オリビアが言葉を詰まらせていると、ナナは涙を何度も手で拭った。


それでもせきを切ったように、何度も何度も涙が溢れてくる。


「私のせいで、オリビアさん達にも迷惑を掛けて…。街の人にも迷惑を掛けて…。私が生きているだけで誰かの迷惑になってしまうんなら、私は誰とも関わらずに1人で生きていく方が皆幸せになれる─」


「…そんな事ないです」


ナナの言葉を遮って、オリビアは正面から強く抱き締めた。


ナナが息を飲む音が、耳元で聞こえる。


「実は、…私も孤児なんですよ」


「え…オリビアさんも…?」


抱き締めたまま、オリビアは続けた。


「私の師匠が昔教えてくれたんですけど…。神様は、人が乗り越えられる苦難しか与えないんだそうです。だから、今どんなに辛くても乗り越えて、苦難なんて跳ね返せる位強くなれ。って、よく言われたんですけど…」


「…うん」


「あと、師匠がよく言ってたのは『神様は人が産まれる時に、それぞれ生きる理由を与える』んだって。私は、今日初めてナナさんを見て、お客さん皆に愛されてるって。そう思いましたよ」


オリビアは酒場アマリリスで楽しそうに笑いながら踊るナナも、周りで声援を送るお客さんも皆楽しそうに笑っていて、幸せそうに見えた事を思い返す。



「ナナさんは居るだけで、人の気持ちを明るく出来る。居るだけで、人を笑顔に出来てる。居るだけで、…誰かを不幸にする人は居ないんですよ」


「…っ」


オリビアはそう言いながら、近くに立っていたアキに目を向けた。


視線が重なり、アキも複雑そうな何とも言えない表情をしている。


(彼の事情は知らない…。だけどそれでも─)


「もしも、…不幸が襲いかかって来ても、私が一緒に戦います」


オリビアはナナを抱き締めたまま、アキの瞳を見つめて言った。


アキの瞳に戸惑いの色が浮び、目の奥が揺らいだような気がしたが、表情は読み取れない。


「貴方が居ても不幸にはならない、と。私が証明してみせます」


オリビアの言葉一つ一つに、嘘偽りは無い。


昔からオリビアは目の前にある問題を見過ごせない、《極度のお人好し》だからだ。


彼がどう思うかは分からない。


何も私は二人の事を知らないけど。


オリビアはナナの事もアキが抱える事情も、自分が分け合えるなら二人の負担を軽くしてあげたかった。


そこに嘘は全くなかった。


「一人でもう…頑張らなくていいんですよ」


オリビアはナナとアキに向かって言う。


すると、ナナは今まで我慢していたものが溢れる様に嗚咽混じりに泣き始めた。


アキはオリビアから視線を外し、俯いてしまったので更に表情が読めなくなってしまったが…。



『─オリビア、お前は目の前にいる人だけでもいい。誰かを守れるくらい強くなるんだ。』


師匠アテナの声が脳内に響く。


オリビアはナナの背中を撫でながら、昔アテナに言われた事を思い出した。


『オリビア、お前は──


───誰かを守る剣になれ。


生きていく意味が見出せないなら、それを今日からお前の生きていく理由にしたらいい。』


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る