第20話 剣を抜く覚悟


女性の叫び声を聞いたオリビアとアキは顔を見合わせ、オリビアは声がした方向に走り出した。


その後ろを「え…!」っと戸惑いながら、アキも走って着いていく。


二人が急いで駆け付けると、街の路地裏で重厚なシルバーの装備を付けた男性の騎士が若い女性の腕を掴んで、押し問答をしている。


細身で長髪を一つに束ねた髪型の騎士は、目がギョロっとしていて何だか気味が悪い。


「どうして僕の気持ちを知っていて、僕の事を無下に扱うんだ!!」


激昂した騎士の男性の声が響く。


騎士の肩の部分の甲冑に刻まれている、赤い十字の紋章───あれは、王都騎士団の紋章だ。お


(何で王都騎士団がデリカリアに?)


オリビアは疑問に思った。


王都騎士団は、王都に配属された騎士たちの総称だからだ。


今度は若い女性が声を荒らげた。


「貴方の気持ちなんて……知らない!!」


手を離して!と女性が振りほどこうとしても力には勝てず、騎士も腕を掴んだまま離さない。


暗がりの中、よく見てみるとオリビアはその若い女性に見覚えがあった。


服装は白いマントの様な物を羽織っていたが、隙間から見えたサテンの布地と煌びやかな装飾。


あれは…!



オリビアは女性の手を掴かんでいる騎士の腕を、思い切り掴んだ。


「離してください。嫌がってます」


落ち着いた声色でオリビアは言い放った。


若い女性も騎士も、オリビアに対して驚いた表情を一瞬浮かべたが、騎士はオリビアに対して鼻で笑い、蔑むように言った。


「はっ…!田舎の冒険者風情が、調子に乗るなよ。俺は由緒ある貴族のサイモンの家柄なんだぞ!女ごときに、何が出来る。これは…俺と『ナナ』の問題だ!」


サイモンは更に激昂し、ナナは怯えた顔をしている。


オリビアに掴まれている手を「邪魔するな!」とサイモンは振りほどこうとしたが、ビクともしない事に唖然としていた。


ギギギギッ……!!


オリビアの掴んでいる分厚い甲冑のパーツが、軋んだ音を立てている。


オリビアはサイモンの腕を掴んだまま、ナナに問いかけた。


「この人は、お知り合いですか?」


「この人はお客さんで、私は何も…」


ナナが答えている途中で、


「──俺に笑いかけただろうが…!!」


サイモンは叫び声を上げて、ナナの手を強く引っ張った。


「俺に笑いかけて、俺をめようとした悪魔が…!!俺がお前を買い取って、妻にしてやると言っているのに…!!何で俺を裏切るんだ!生きている意味の無いお前に、意味を与えてやろうという俺の慈悲を!!何でお前は受け入れないんだ…!!」


激昂してナナに迫るサイモンだったが、


(コイツ…!!)


オリビアがそう思った瞬間に、



バキバキッ…!!


掴んでいた甲冑が割れ、粉々になる。


サイモンはナナの手をバッと離し、「クソアマがっ…!!」と壊れた甲冑部分の自分の腕を、守るように庇った。


どうも少し腕を痛めたらしい。


苦虫を噛み潰したような表情をしてオリビアを見ている。


「このアマ…!!王都騎士団に楯突く気か!タダでは済まないぞ…!!」


サイモンは腰に差した剣を抜いたが。


オリビアは急いでナナの腕を掴み、こちら側に引っ張って自分の後ろに匿った。


「良いんですか?…ただの市民に剣を向けて」


オリビアは真顔でサイモンに問う。


オリビアは表情こそ変わっていないが、人を蔑むような人間を決して許す事は出来ない。と、怒りと闘志が静かにたぎって燃えていた。


そんな気迫に押されているのか、サイモンはオリビアに剣の剣先を向けると、金切り声でまた叫び始めた。


「何がだ!!ナナを渡せよ!俺の物にするんだからさぁあああー!!下等な人間をどうしようと、貴族の勝手だろうがぁーっ!!」


「そうですか…分かりました」


オリビアは自分の剣の柄にそっと触れる。


ナナに「…少し下がっていてください」と告げると、オリビアはものすごい勢いでサイモンに向かって駆け出し、一つだけ剣を抜いた。


「あ゛ああああーっ!!!」


発狂しながら振り下ろすサイモンの剣を、自身の剣で受け止め、オリビアは軽く横に受け流した。


剣と剣がぶつかる、キィィンッ!という高い音が鳴り響き、火花が散る。


剣を受け流された事によって、サイモンの体勢がよろめいて体勢を崩した。


「…剣を抜く時は、覚悟してください」


オリビアは体勢の崩れたサイモンに聞こえるくらいの声量で言葉をかけた。


「半端な覚悟で挑んだ者が、殺られるんだと」



──ブンッ!


横に振り払った剣を今度は反対方向に勢い良く振り払って、オリビアは持っていた剣の柄の部分で思いっきりサイモンの顔を殴りつけた。


バキッ…!!


「ぎゃっ…!!」


蛙が潰れたような小さな悲鳴が響く。


白い歯がいくつか地面に飛び散り、サイモンの口からは血が溢れた。


殴られた勢いで路上に勢い良く倒れたサイモンは、声にならない叫び声をあげている。


そんなサイモンを立ったまま、見下ろすオリビアの冷たい瞳。


痛みと悔しさ、更に怒りでサイモンがまた剣を振りかざそうとした。


───キィィンッ!!


オリビアが振り上げた剣でサイモンの剣は上に弾き飛ばされ、


カランカランッ…


剣は遠くの方まで飛んで行ってしまった。


周囲には騒ぎを聞き付けた街の市民たちが明かりを持って集まり、「何だ何だ?」と口々にオリビア達のことを見ている。


「まだ…続けたいんですか?」


剣を鞘におさめながらオリビアが問うと、サイモンは悔しそうな屈辱的な表情をして、「クソッ…!」と悪態をつき、その場から足早に去って行った。


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