第19話 一緒にいきましょう


音楽に合わせてナナがターンをする度に、ピューッと指笛が鳴ったり、黄色い歓声が湧く。


指先までしなやかな踊りは、この場にいる全員の目線を釘付けにしていた。


何よりもその美貌と柔らかそうな豊満な胸が、更に男達の目線をメロメロにしているようだったが。


否。一人だけ、この状況についていけてない男がいた。


「あ、あの…。これは一体…?」


アキは目立たない様に聞くつもりでオリビアに声を掛けたが、オリビアが顔を向けるのと同時に近くにいたユリアが反応した。


「不定期なんだけど、たまに催しとして踊ってもらってるのよ〜。ナナちんは点々と移動しながら暮らすロマ族なんだけどね。まだ若いのに色々苦労人だから、可哀想って気持ちもあるし〜。踊りは人気だし、お客さんも喜んでくれるから私も助かるしね〜!」


「そうなんですか…。へぇー…」


ユリアの言葉に小さく会釈したアキは、ナナの舞の方にまた目線を戻した。


(ユリアさん、ほんと解説者いらずなくらい良く喋るなぁ…)


と、内心オリビアは感心しつつ。


二人が黙っている事をいい事に、ユリアはだんだんエンジンが掛かってきたかの様に喋り続けた。


「ほらぁ。二人も覚えてるだろうけど、15年前にあちこちで街が壊れたり、怪我したり死んじゃう人が多かった時期あったじゃな〜い?ナナちんのご両親もそれに巻き込まれたんだか、一人だけ生き残って孤児になっちゃってぇ…。たまたまロマ族に拾われて育てられたみたいだよ〜」


(…孤児。私と一緒なんだ…)


オリビアは楽しそうに踊るナナを見つめながら、その笑顔の裏にどんなに寂しさがあったか。どんなに辛かったか。を想像して、少し胸がキュッとなった。


人のプライベートな部分まで喋ってしまう、ユリアの無神経さは置いといたとして。


どうしてもオリビアは孤児であった孤独の暗い部分と、ナナの事を自分に重ねて見てしまう。


(私も師匠と出会った頃は生きる術も分からず、恐怖と絶望感でいっぱいだったから…。)


明るい民族音楽に合わせて踊っていたナナは、次第に動きがゆるやかになっていき、タンタンッ!と足でステップを踏んで止まった瞬間に音楽も止んだ。



音楽が鳴り止んだ瞬間にまた拍手と歓声が湧いて、ナナは深く一度だけ客に向かってお辞儀をすると、オリビア達の方に向かって近付いてきた。


「ナナちん、お疲れぇ〜!」


「今日も呼んでくれてありがとう!あれ、この人達はユリアちゃんの知り合い?」


ナナが尋ねると、ユリアは待ってましたと言わんばかりの得意気な顔で説明を始めた。


「この子は〜、オリビアちゃん。アテナさんの弟子で、この街にちょっと前に来たばかりの冒険者なんだよ〜!」


「初めまして、オリビアです。さっきの舞、とても綺麗で見入っちゃいました!」


「えー、ありがとうー!とっても嬉しいです!私はナナです、よろしくねー!」


オリビアとナナがにこやかに握手をして挨拶を終えると、次にユリアはアキを紹介した。


「この子はアキくん!北の地方出身で、まだ旅に出て来たばかりみたいなの〜!」


「ど、どうも…こんばんは」


控えめに小さく会釈するアキに、ナナは微笑んで言った。


「ナナです!よろしくお願いしますね!オリビアさんもアキさんも、また見に来てね!」


▶▶▶


ナナはたくさんの声援に包まれながら、店の奥に居なくなるとユリアも「厨房片付けなきゃ!」と足早に去っていった。


二人だけの空間になったが、目の前のお皿はもう空だし、そろそろ宿に戻りたいなぁ…。と思ったオリビアは、アキに話し掛けた。


「今日寝る場所はもう決まってるんですか?」


「いえ……。まだ決まってないんです」


困ったように言うアキの言葉に、オリビアは宿屋のベティの顔が浮かんだ。


「じゃあ、とても良い宿を知ってるので案内しますよ。オーナーさんも優しいので!」


「ありがとうございます、……助かります」


「行きましょう!」


話し終えた二人は立ち上がり、会計を済ませ、店を出た。


気付けば外は暗くなり、点々と灯る街灯の光と家々から漏れる明かりが道照らしていて、外を歩いている人数ひとかずも少なくなってきていた。


顔に当たる夜風が涼しくて、オリビアはスーッと息を吸う。


オリビアの斜め後ろをついて行きながら、アキも久し振りの満腹感に静かにフーッと息をついた。


「アキさんにお願いがあるんですけど」


オリビアは歩きながら、アキの方を向いた。


「…何でしょうか?」


「クベル村にもう一度行ってあげて欲しいんです。ユミトとお別れをちゃんとしてあげて下さい…。寂しがっていたので」


と、オリビアが言うと、考え込んだ様な様子を見せたアキは伏し目がちに言った。


「自分は、あまり一箇所に滞在したくないんですよ。自分がいると、周りの人が不幸になるので…」


「…それはどういう…」


オリビアが聞き直そうとした瞬間、


「…やめて、離して!!」


静かな街に女性の叫び声が響き渡り、街の空気が一変した。

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