第18話 踊り子が舞う、精霊の舞


▶▶▶


ガヤガヤとした店内の喧騒の中、殴られた肩をアキは「力強いな…」と言いながらさすっていた。


周りは二人の間に起きた出来事などには目もくれずに、思い思いの時間を過ごしている。


「何で自分は今、殴られたんですかね…」


「ユミトと約束したんですよ。旅のお兄さんとまた出会えたら一発殴るって。別れも言わずにアキさんが居なくなっちゃって、…寂しがってましたよ」


オリビアは席につき、ユリアの持ってきたシチューを口いっぱいに頬張りながら言った。


鼻を抜けるスパイスの香りが食欲をそそる。


大きめの野菜がゴロゴロ入った茶色のシチューは食べ応えがあって、プンジャオの肉にも味が染み込み、頬が溶けてしまいそうなくらい美味しかった。


アキはユミトの名前を聞くと、少し俯いて何とも言えない表情を浮かべた。


「あー、…あの子か」


黙り込んでしまったアキを見たオリビアは、静かに頭の中で考えを巡らせた。


(やっぱり何かあるんだろうか…)


「あ、あの─」


「おっまたぁ〜!待ったぁ〜?」


オリビアの言葉を遮りながら、ユリアがアキの分のシチューを持ってきた。


(あー…もう、事情を聞くチャンスが…!)


内心残念がっているオリビアを他所に、目の前に差し出された皿を凝視しながらアキは、


「…ありがとうございます。頂きます」


と言って黙々と食べ始めた。


ガツガツと食べ進める様子が見れて嬉しかったのか、ユリアは嬉しそうにアキを見つめ「お口に合う?美味しい?」と引切り無しに話し掛けている。



(そんなにお腹がすいていたんだ…。『アキさんはお医者さんだって言ってなかった』って村では聞いたけど、冒険者か何かなのかな…)


一心不乱に食事をする様子を見て、オリビアは疑問に思っていた事をアキに投げかけた。


「アキさんは旅をしているんですよね?冒険者なんですか?」


「いえ、登録はしていないです。自分の故郷をまだ出たばかりで…」


アキは空になったお皿にスプーンを置くと、少し伏し目がちになって言った。


「え〜!アキくんは何処から来たの〜?」


ユリアがそうに尋ねると、


「…北の地方からです」


と、アキは答えた。


ベルラーク王国は王都を中心に北、東、南、西地方と大まかに分けられていて、地方によって地形や特産品が違ったり、訛りがあったりと様々な違いがある。


今いるデリカリアや、オリビアが住んでいた森は王都から南の位置あり、平地が多いので農作物を育てやすく、人口も王都の次に多い。


大して、北の地方は気候は涼しく山岳地帯が多い為、鉱物が特産品として有名だが、地形が平地が少ない為に小規模の村や街が点々とある程度だ。



「北の地方出身なんだぁ〜!北の地方って言うと、セイカの辺り?私も若い頃に北の地方に出掛けた事があってね。お店を出すのに色んな地方の食べ物を食べたりして、レシピを考えたりしてさぁ〜!」


ユリアがうんうん、と頷きながら流れるように喋り始め、こちらが止めるまで懐かしい昔話が止まらなくなりそうだ。


アキもユリアの方を向きながら「あー…」と相槌をうつだけで、会話に置いていかれている。


(…どうやって話を終わらせようかな)


オリビアがユリアを見つめながら言葉に迷っていると、急に店内に軽快な笛の音と弦楽器の音が鳴り響き、民族音楽が流れ始めた。


今まで思い思いに喋っていた人の喧騒の中に、拍手と「ワァッ!」という歓喜の黄色い声援が飛び交い、流れている音楽に彩りを足している。


ユリアもお喋りをする事を途中で辞め、「始まったみたい!」とにこやかに笑って言った。


踊り子のショーの始まりだ。



「よっ!待ってたよ!」


「ナナちゃーん!」


と声援が飛ぶ中、空色の民族衣装で着飾った若い女性の踊り子が店の奥から出てきて、ニコッと微笑んで客に向かって右手を振った。


明るい茶色の髪の毛を一つまとめて結い、大きな瞳が印象的な可愛らしい顔立ちをしていた。


レースとサテンを組み合わせたその民族衣装には、銀色の鉱石を連ねた飾りが所々に付いており、その踊り子が動く度に店の照明で煌めいて、星のように輝いていた。


(綺麗…)


思わずオリビアはあまりの踊り子の美しさに目を奪われてしまった。


『ナナ』はお店の開けた場所で立ち止まり、音楽に合わせてにこやかに微笑んだまま舞い始めた。


手首に付けた鈴の飾りが舞って動く度にシャンッ…と鳴る。


ゆるやかにターンしながらステップを踏むと、照明に当たった鉱石がキラキラ輝いて、まるで満点の夜空の下で踊っている精霊の様に見えた。


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