第17話 殴ってもいいですか?
「……」
「……」
店内は思い思いに話す客の会話で賑わう中、二人の間にはしばし沈黙が流れ、若い男はオリビアから視線を外しては、またチラッと見て。また視線を外して。を繰り返して、目が泳いでいる。
何でそんなに目が泳いでいるんだろうか…。
オリビアはテーブルについていた手を離すと、深々と頭を下げて男に言った。
「怪我を治して頂き、本当にありがとうございました。村ではちゃんとしたお礼も出来なかったので、お礼をさせて頂けませんか?」
「あ、いえ…そんな。…はい」
男は謙遜をしながら歯切れ悪く話していたが、オリビアが「こちらに座っても?」と男の正面の空いてる席を指差すと、「あ…どうぞ」と会釈されたので遠慮なく座らせてもらう。
オリビアが席につくと、ちょうどユリアが厨房から出てきてこちらに気付いたようだった。
ヨタヨタと足を引きずりながら、
「お待たせ〜!ここにいたのね!」
と、ユリアは湯気の立つお皿を持ってくると、それはプンジャオの肉を煮込んだシチューだった。
「た〜んと召し上がってね〜!」
笑顔でそう言うユリアに、
「ありがとうございます!あの…、こちらの方にも同じ物が欲しいんですけど、まだありますか?」
オリビアは若い男に向かって手を向けた。
「あるよ〜!ていうか、オリビアちゃんのお知り合いの方だったの〜?」
「はい。依頼があった村で出会った方で…」
オリビアがそう応えると、ユリアは興味津々といった様子で男の事をジロジロと見た。
「そういう事ね〜!お兄さん、名前は何て言うの〜?何処から来たの〜?」
ユリアから繰り出される質問の速さに、オドオドと戸惑っている様子の男は、「あ…」と言いかけて止まってしまった。
(もしかしたらこの人の名前が知れるかも…)
オリビアは二人の様子を静かに見守る事にした。
「あ、って何〜?」
男の事をじっとユリアが見つめていると、
「アキ…です。名前…」
【アキ】と名乗った男は、小さく会釈しながら静かに言った。
「アキくんって言うんだ〜!見ない顔だからきっと初めて来たのよね?私は店主のユリアよ!ちょっと待っててね、すぐ持ってくるからぁ〜!」
と言いながら、ユリアは何故かルンルンで厨房に向かって去っていった。
(イケメン好きなのか…!)
様子を見ていたオリビアは、何となく悟る。
端正な顔立ちの若い男性に、ユリアは気を良くしたんだろうか。
やれやれ…と小さく息をついたオリビアを見て、アキは厨房に消えていったユリアの方を見ながら、小さく呟いた。
「すごい勢いの人でしたね…」
「私も初めて会った時、それ思いましたよ!」
小さな声でクスッとオリビアが笑うと、アキは続けて「すみません」と何故か謝ってきた。
「自分の分まで用意して頂いてすみません」
「いえ!お礼ですから!お気になさらずに」
横に首を振りながらオリビアが言うと、
「あ、ありがとうございます。お腹が空いてたので助かります…」
アキは真顔ながら、少しホッとした様子を見せた。
そのちょっとした変化に気付いたオリビアも、実は内心ホッとしていた。
(何を考えているのか少し読みづらいけど、少しでもお礼が出来そうで良かった…)
オリビアは湯気の立ったシチューをスプーンでかき混ぜながら、アキに言った。
「討伐したプンジャオの肉を村の皆さんからから少し分けて頂いたので、それでユリアさんにお裾分けを……って、あぁっ!!」
途中で大事な事を思い出し、思わず大きな声が出てしまったオリビアは、勢い良く立ち上がってアキの右肩を掴んだ。
「一発、肩を殴らせてもらっていいですか!?」
「へ?」
ギョッとした顔のアキに向かって躊躇いもなく、許可も出ていないままオリビアは、拳を真っ直ぐに振り下ろすのであった。
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