第7話 プンジャオの咆哮


オリビアが開いて見せたクエスト受託証を見た村人は大層喜び、すぐに他の村人に知らせて回った。


オリビアの周りにはすぐに人だかりが出来て、


「この姉ちゃんが来たのか!」


「腰に剣を差しているわ!本当に冒険者の方が来てくださったのね!」


と期待の眼差しを向けられ、村の子供たちも


「何処から来たの!?」


「お姉ちゃん、強い冒険者なの!?」


と、オリビアへ質問攻めが始まった。


「え、えーっと…」


村人の熱量の高さにオリビアはすごく戸惑った。


(冒険者が来るのがそんなに珍しい事なんだろうか…)



「冒険者の方。私どもの村までよくぞ来て下さいました」


オリビアがそんな事を考えていると、人だかりの奥から小さなおばあさんが近付いて来て、声をかけてきた。


白髪の長い髪を頭頂部に結い、柔らかい笑みを浮かべたおばあさんはオリビアの周囲を囲む村人達に「よさないか」とたしなめた。


「私はこの村の長老です。村の者たちが驚かせてしまって、申し訳なかったですね。冒険者の数も昔より減ってしまって、物珍しくて喜んでしまったんだと思います…許してあげてください」


「いえ!私は全然大丈夫ですよ」


と、オリビアは横に手を振り笑うと、


「ありがとう、…ございます」


長老はゆっくりとオリビアに深々と頭を下げた。


「お疲れでしょう、私の家で休んでくださいな。そこで今回ご依頼した経緯をお話します」



▶▶▶


長老の家に辿り着くと、「さぁこちらへどうぞ」と中に案内され、オリビアは板の間に座った。


部屋の広さはだいたい八畳ほどの広さで、至る所に特徴的な民族模様の布が垂れ下がっている。


腰元から剣を下ろすと重たい金属音が鳴り、オリビアはまたアテナに貰った時の事をふと思い出して嬉しい気持ちになった。


(自分だけの剣が、こんなに嬉しいなんて…)


部屋の中心にある小さな囲炉裏の炉火が、室内を照らしていて、揺れる炎の揺らめきを見ていると、不思議と心が落ち着いてくる。


長老は囲炉裏で煮込んでいたであろう鍋からお椀にお粥のような物をすくい、それをオリビアに手渡してきた。


「どうぞ。身体が温まります」


「ありがとうございます。いただきます」


と、オリビアはお礼を言ってその汁物をすすった。


オリビアが食べているのを見て安心したのか、一息ついた長老も板の間に座った。


「ちゃんとしたおもてなしも出来ずに申し訳ありません…。依頼を引き受けた時にお聞きになっていらっしゃるとは思いますが、私どもの村では農作物被害を受けていて村人の日々の暮らしにも影響が出ていまして…」


「いえ!お腹も空いていたので、助かりました。私で宜しければ、お力になれたらと思っています。プンジャオの群れによる農作物被害のようですが、数はどれくらいになりますか?」


オリビアが尋ねると、長老はおずおずと話し始めた。


「最初はニ、三頭だったのです…。この村の若い男たちが協力して、一頭倒してくれてね。でも、プンジャオは仲間を呼び寄せてしまうでしょう?それからは…だいたい八頭くらいまとまって、三日に一度、仲間をやられた報復に来るようになってしまって…」


(なるほど、そういう事か…)


と、オリビアは納得した。


師匠アテナと一緒に暮らしている時に、真剣を使った実践経験はあまり無かったが、魔物たちに関する情報や戦い方は幼い頃から教え込まれていた。


プンジャオは…。


「仲間を呼び寄せる前に、その場にいる全頭を討伐が基本。ですもんね…。」


「ええ…そのようです。三日前にも被害に合い、おそらく今夜また群れが来ると思われます…。私どものやってしまった事で、見ず知らずの冒険者の方にこんな事をお願いして…。ご迷惑をおかけしますが、どうかよろしくお願いいたします…」


そう言って長老はオリビアに深々と頭を下げた。


長老をよく見てみると、体は細く、肌は白い。


外で出会った村人たちも今思い返せば、皆痩せていて服も土で汚れていた。


この村にとって、今起きている事が村人の生活を困窮こんきゅうさせている事は見て明らかな事だ。



「そんな…!頭を上げてください!」


と、オリビアは慌てて言った。


「是非。私にお力添えをさせてください」


▶▶▶


夜が深まってきた頃。


クベル村、北東の森林から魔物の迫る地響きが聞こえてきて、焦げ茶色の大きな猪の群れが木々の合間から村の方に向かって飛び出してきた。


村の家屋の影からオリビアは顔を少しだけ出して、月明かりに照らされたプンジャオの頭数を確認すると、全部で八頭。


長老が言っていた通りだ。とオリビアは思った。



プンジャオの全長は150センチメートル、高さは100センチメートル程の子供の背丈くらいではあるが、体重200キログラムのその体で誰彼構わず突進してくるので、一般の住民からしたら大変危険な魔物である。


プンジャオはまだオリビアに気付いておらず、特有の鳴き声を出して、仲間うちで意思の疎通をはかっているようだ。


オリビアは静かに、鞘から二本剣を抜いた。


「ふー…」


プンジャオに気付かれないように息を整える。


静まり返った夜の空気の中、心臓のバクバク脈打つ音が頭まで響いてきて、すごくうるさく感じるが、剣の柄を握り直すと高揚感も増してきて、オリビアは身体がうずうずとしてきた。



再度呼吸を整え、剣を構えたオリビアは低姿勢のままプンジャオの群れに向かって、すごい速さで駆け出していった。


群れの先頭にいたプンジャオが、突然現れたオリビアの存在に気付いて、一瞬たじろいだ。


その一瞬の隙を見逃さず、オリビアは剣を勢い良く振り払い、鳴き声を上げる間もなく一頭を倒した。


重い巨体がズシャッと倒れ、辺りに血の匂いが漂い始める。


他のプンジャオ達は状況が理解出来ずにあたふたとして、その場で右往左往足踏みする事しか出来ない。


「…ごめんね」


オリビアは小さな声でボソッとそう言うと、そのままの速さで次の一頭、また次の一頭、と次々に群れに刃を向けた。


───ダダダッ!


プンジャオの横から駆けて周り込み、半回転しながら刃を突き刺して力いっぱい振り抜いて次の一頭を倒すと、更に目の前に現れたプンジャオは怒りで興奮してオリビアに対して身構えた姿勢を取っている。


今にも突進してきそうな巨体を、今度はその頭上へジャンプして前転しながら背中にザンッ!と大きな斬撃を食らわせた。


また一頭倒れ、残るはあと三頭!と思ったその時、


「プギャアアアアオオオオオッ!!…」


残りの三頭のうちの一頭が大きな鳴き声を響かせ、静かな夜の森がザワザワとし出した。

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