第2話 始まりの街


始まりの街、デリカリアにオリビアが到着したのは昨日の午後の事だった。


師匠アテナから「旅に出ろ」と宣告された後、あれよあれよと準備が進み、あの話し合いの後すぐ二人はデリカリアに向かって出発していた。



▶▶▶


オリビアは自分の荷物を背負い直し、アテナの方を向いてやれやれ…といった様子で声をかけた。


「師匠。私の荷物、勝手に荷造りしてたんですか?早すぎですよ。旅に出ないって私が言ってたら、どうする気だったんですか?」


「ん?ふざけるなって、結局追い出してたかもね」


「やっぱり行くしかないんですね、私は(笑)」


オリビアの言葉に対して、アテナも肩を揺らして笑うとオレンジのショートヘアの合間から見えるフープのピアスが揺れていて、それがとても綺麗に見えた。


アテナは幼い頃からオリビアにとって育ての親であり、生きる術を教えてくれた師匠であり、憧れの存在だった。


オリビアはアテナとの別れを感じて胸が少しきゅっとなったが、師匠が頑固な事は自分が一番よく知っているし、旅立つ事はもう覆らない決定事項だ。


(右も左も分からないけど…。師匠からの教えは決して無駄にはならないから大丈夫…)


と、密かに自分自身を奮い立たせていたのだった。



▶▶▶


始まりの街、デリカリアの小さな門をくぐり抜けると、そこにはいくつかの商店が並び、人々の活気で賑わっていた。


「装備品はいかがー!?マシェル鉱石で出来た腕輪だよー!見て行ってよー!」


「新鮮なプンジャオの焼串はいかがですかー!?」



猪の様な姿のプンジャオの丸焼きが店頭に掲げられている。

その甘塩っぱい美味しそうな匂いにオリビアは心惹かれていたが、足早に進むアテナの背中を追い掛けて、一つの石造りの建物の中に入っていった。


「いらっしゃい、アテナさん。元気そうだね」


「ああ、最近体は痛いけど元気にやってるよ!」


オリビアも後を追い掛けて建物に入ると、部屋の奥にある木製の大きなカウンターで一人の女性と話すアテナの姿を見つけた。


その人は黒褐色の髪色で、アテナより少し若い大人の女性だった。


「今日はどうしたの?わざわざこの街まで出てきて、何かあった?」


「ああ、実はさ…」


しばらく話し込んでいたアテナに手招きをされたのでオリビアが小走りで近付くと、その女性を紹介してくれた。


黒褐色の髪色を持つ、女性の名前はベティ。


デリカリアで有名な宿屋のオーナーであった。


「オリビア。今日からしばらく此処に泊まっていいってさ。ベティとはもう話がついてる」


「オリビアちゃん、困った事があったら何でも声掛けて。アテナさんには昔からお世話になっているから。後で部屋、案内するね」


「ありがとうございます。よろしくお願いいたします。」


▶▶▶


これが昨日の午後の出来事。

宿屋でベティと話した後、アテナは「疲れたから少し寝たい」と言ってベティの宿屋の一室を借りて眠ってしまった。


アテナは年齢のせいなのか、体質のせいなのか最近疲れやすく、度々休息を取るようになっていたので、全然びっくりはしなかったが…。


アテナとは違う一室で眠ったオリビアは、ベッドから起き上がり、大きく伸びをした。


気付けば、朝になっていたらしい。


部屋についている小さな窓から、デリカリアの街の景色が見え、街の喧騒や陽気な音楽が微かに聞こえた。


師匠アテナがデリカリアについて、軽く説明してくれた時の事をオリビアは思い出していた。


▶▶▶


「デリカリアは、どんな街なんですか?」


オリビアが尋ねると、アテナは遠くを見て思い出すように話してくれた。


「そこまで大きな街ではないけど、冒険を始める為の免許登録を出来る所があったり、装備を揃える店もまぁまぁあるし、食べ物も美味しいね。良い街だったよ。私も若い頃はよく行った」


「へぇ!楽しみだなぁ…。そういえば、師匠も冒険者だったんですよね?」


「ああ、一応ね」


「魔王討伐は考えなかったんですか?」


魔王という言葉を出すとアテナは一瞬ピクッと反応したが、すぐにフッと笑って応えた。


「考えた時も…あったかもしれないね。だけどほら、私はもう…年寄りだから、後は若いもんに任せて。余生を楽しまないとね」



▶▶▶



「師匠。起きてますか?」


アテナが眠っている部屋の扉を軽くノックしてみたが、応答はない。


ガチャっと開けてみると、綺麗にベッドメイキングされていて、そこにアテナの姿はもう無かった。


「すーぐ何も言わずに居なくなっちゃうんだから…」



オリビアは扉を閉めると、今度はベティを探しに行く事にした。


宿屋は煉瓦という石で出来ているらしく、自分達が住んでいた木造の家よりも、大層丈夫に出来ているらしい。


宿屋は三階建てで、部屋数は15部屋とベティ一人で切り盛りするには充分すぎる大きさだ。


ひんやりした煉瓦の壁に触れながら足早に階段を降りると、カウンターの所に椅子を置いて座るベティの姿を見つけた。


「おはよう、オリビアちゃん。眠れた?」


「はい、久しぶりにゆっくりと眠れました。あの、ベティさん。師匠は一体何処に…」


と、オリビアが言いかけた所で、ベティはふふっと思い出したように笑った。


「ああ、アテナさんね!朝早くに酒場へ行くって言ってたよ。何かやる事があるからって」


「え、朝から酒場!?」


オリビアが驚いて大きな声を出すと、ベティは微笑ましそうに何だか懐かしむような笑顔で言葉を続けた。


「アテナさんは昔から朝が早いからね。大事な用事でもあるんじゃないかな?酒場って言っても、ご飯屋さんみたいな感じだから」


「あ、そうなんですね…」



「メイン通りにある「アマリリス」って場所に行ってみて。そこにアテナさんはいるはずだから」


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