第5話 エピローグ

 ――――あの大火事から二年


 救助を終えた後に向かった自宅は非の打ち所のない焦土と化し、必死で貯めた銭も焼失していた。

 ユキはどこにそんな余裕があるのか知らないが、弁償すると伝えてきたが丁重に断った。

 選んだのは自分自身で、その選択に後悔は無いからだ。

 心機を改め、この二年間でしっかり銭を貯め直した私は、いよいよかつての故郷に帰ってきていた。



 *



 はじまりのあの日から、実に8年近い歳月が経っていた。

 ずいぶんと遠回りな旅をしてきたように思う。


 積年の想いを伝えるべく、自分を救ってくれたあの姿を探す。

 そんなに大きくは無い村だ。

 昔と違い今の自分は小綺麗な装いをしている分、目立っているようだが気にしない。

 程なく目当ての後ろ姿を捉え、その瞬間にはすでに叫んでいた。


「ちよ殿!」


 びくりと肩を震わせて女性が振り返る。

 ああ、間違いない。

 背はしっかりと伸び、身体つきは大人の女性のそれとなり、しかし目元は凜とした昔の面影をそのままに、彼女は美しい成長を遂げていた。


「私と一緒になってくれないだろうか!!?」


 しまった!

 あれを話そう、これを伝えようなどと、もっといろいろと考えていたじゃないか。

 積年の想いはその積層ぶりが転じて重い思いとなり、理性を突き破って最初に飛び出してしまった。




 ちよは驚きからか目を瞠りつつも、一呼吸を挟んだ後にこう告げた。


「ごめんなさい!」


「えっ?」


「つい一月前に幼馴染みと一緒になったんです。その人は子供の頃からずっと一緒で、楠の下でいつも私の話を聞いてくれた人なの」


 衝撃で鈍った脳裏を引っかき回しつつ、草むらの中から眺めたあの光景を必死に思い返す。

そうだ!

 たしかに、いつもちよの側には友達がいた気がする!


「ところで、お侍様はどうして私の名前を存じていらっしゃるのでしょうか?もしかして昔に私と会ったことがあるとか?……だとしたら、申し訳ございません……っ!!」


 何度も頭を下げながらどこか怯えたような態度を繰り返すちよの瞳に、自分はどう映っていたのだろう?

 頭は白紙状態で何も機能せず、それでも絞り出すように「それは目出度い」とか「幸せにな」とかは告げた気がする。




 それから自分がどこに行って何をしたのかまったく記憶にない。

 冷静に考えれば、なんてことのない話だ。

 たかが子供の頃に1回気まぐれで助けただけの男子より、長い時間を横で寄り添い続けた男子の方が伴侶に選びたいに決まっている。

 恋心とはこんなにも人を盲目なものへと変えてしまうものなのだろうか?



 いつの間にか長い時間を過ごした町の道ばたで、酒でグズグズに酩酊して座り込んでいたようだ。



 *



「ユキ……」


「よっ、酷い格好だなぁ。お前がそんなことになってるの初めて見たよ」


 そう告げて私に手を差し伸べる。

 私はその手を掴んで立ち上がったものの、千鳥のように足がもつれ倒れそうになってしまう。

 脇腹に肩を差し込んで支えてくれたユキがこう告げる。


「これからどうするんだ?」


「まだ何も」


「そうか……」


ユキは少し考え込んだ後に口を開いた。


「なあ、良かったら俺のところで働かないか?」


「それはこれまでと違うのか?」


「ああ、これから俺は否応なく戦に巻き込まれていく。お前の力を天下太平のために俺に貸して欲しい」


 その眼差しには強い気持ちが伝わってきた。


「ユキ、お前はいったい……」


「ああ、本当の名前を名乗っていなかったな。俺は幸村。“真田幸村”っていうんだ」


「なるほど、だからユッキーだったのか。……わかった。酔いが覚めたら詳しく話を聞かせてくれ」


 肩を組んだまま歩き始める。


「ひとつ条件がある」


「何だ?お前が手助けてくれるなら何でもするぞ?」


「名をくれ」




 きょとんとした顔でユキがこちらを見つめる。


「今日、この瞬間を機に生まれ変わりたいんだ。だから新たな名が欲しい」


 軽く笑ったあとブツブツと呟き始め、数拍したのちにうんと顔を上げる。


「義を持って人を佐に助け、猿のように飛び回る……今日からのお前は“猿飛佐助”だ!!俺のことを護る者として、これからも宜しく頼めるか?」


「ぷっ、あはっはっは!!!!巡り巡って“猿”に還ってくるのか!!あははは!」


予想外の名前に笑いが堪えられなくなる。

しかし、不思議と一笑いするごとに、腹の内に溜まっていたこれまでの古い自分が吐き出されていく気がする。


「なんだ、気に入らなかったか?」


「いや気に入った。私は今から猿飛佐助だ。影に忍ぶ者として、お前の行く末を共に歩もう」


 気がつくと夜が明け始め、空には東雲が浮かんでいる。

 私は親友とふらふらと道を進む。

 胸には、ひとつの終わりと始まりの希望が輝いていた。

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