第4話 ジャンプ

 向かうは故郷の村……ではなく、その地で栄える大きな町。

 この三年間で多くのことを学んだ。

 そう、この先で直面する問題点は明らかに――――

「銭が要る」

 いくら足が速かろうが腕っ節が強かろうが、それらは決して空腹は満たしてくれない。

 誰かを迎え入れるうえで十分な蓄えを用意すべく、仕事があるであろう場所へと向かったのだ。



 一歩町に足を踏み入れると、これまでに見たことがないほどの人、人、人。

 この世にはこんなにも多くの人間がいたのか、と度肝を抜かれる光景に圧倒される。

 キョロキョロとお上りさん丸出しで目抜き通りを歩いていると、通り過ぎた人と肩をぶつけてしまう。


「おっと、これはしつ……(あれ?ぶつからないよう避けたはずだが)」


「あんだぁテメーは?」


 こちらの声を遮って敵意のこもった声をぶつけてきたのは大柄な男二人組。

 一人はネズミのような鋭い目鼻つきに髷を切り落としたようなザンバラ頭。

 もう一人は力強い太眉にまるで太陽のような輝かしい禿頭だ。


(「それぞれザンバラとイッキューと名付けよう」)


「誰がザンバラだ!!」「イッキューだと、おちょくってんのか!!?」


「しまった、口に出ていたか」


 不注意で剣呑な空気が取り返しのつかない温度にまで冷え込んでしまった。

 いつの間にか周囲の目も集めており、野次馬が取り巻きつつある。


「銭で誠意見せれば許してやろうと思ったが、やめだやめだ!」


「後悔しやがれ!」


 二人がほぼ同時に殴りかかってくる。

 命を奪う程でもないし、火の粉を払う程度に済ましておくべきか。

 飛んできた二つ拳を掌でいなしつつ、二者をすり抜けるように深く踏み込む。

 肘でザンバラの脇腹を抉り抜き、振り向きざまにイッキューの首筋に手刀を叩き込んだ。

 白目を剥いた大男二人が、糸の切れた絡繰りのように地面に崩れ落ちた。


「ふぅ」


 辺りを見渡すとその場に漂っていたのは驚嘆、畏怖、恐怖。

 それと少しばかりの好奇。

 この場に留まっていてもしょっ引かれるのを待つだけなのもあり、そそくさとその場を離れることにした。



 何本かの裏路地を走り抜け目線の追跡が途切れたのを確認してから気を緩める。

 着いたばかりでいきなり悶着に見舞われたので少し落ち着きたいところだ。



と言うわけで、手近な茶屋で団子をつまみながらこれからのことを漠然と思い浮かべていた


 師匠が渡してくれた物の中に餞別が入っていたので、しばらくは宿暮らしでも構わない。

 ……が、当の目的は蓄えを作ることであり、一刻も早く腰を落ち着ける必要がある。


「隣いいかい?」


 しっかりとした滑舌の、どこか人を惹きつける芯の通った声が考えを遮った。

 顔を見上げると見覚えのない青年。

 齢は私と同じくらいだろうか?


「どうぞ」


 先ほどのこともあり、少し警戒しつつも承諾する。


「実はさっきの悶着を見ていてね。“腕っ節が良くて分別のあるよそ者”を探していたんだ。よかったら一緒に仕事をしないかい?」


「殺しはやらないぞ」


「ああ、勿論だ。そんなことを頼む気は毛頭ないよ」


 鈴を転がしたように彼は笑った。


「まずは話を聞いてからだ」


「ありがとう。おっと、まだ名乗っていなかったね。僕のことはユッキーと呼んでくれ!」


「なんて?」


 それが長い付き合いとなる親友との出会いだった。




 頼まれた仕事の内容は、どちらかというと何でも屋……言ってしまえば雑用である。

 ユキと呼ぶことにした彼が町の先々で頼まれる依頼を片端から一緒にこなしていく。

 荷ほどきを手伝って欲しい、子供の面倒を見てくれ、町近郊に出るのの護衛をして欲しいなどなど。

 仕事を終えた際に依頼人が輝かんばかりの笑顔でユキに礼を述べている光景が、不思議と強く胸に焼き付いた。



 *



 そんな生活が二年も続き、自分が独りの時に依頼を受けることも多くなった。

 時を重ねるごとに、銭よりも解決した際に向けられる笑顔の方が好きとなり、気がつくと自ら困りごとを探して東奔西走するようになっていた。


 しかし、それに反するようにユキ自身への謎は深まっていく。

 結局どこに住んでいるかもわからない。

 何故こんなに慕われて様々な頼まれごとを引き受ける身になっているのかも不明。

 普段の態度から性根まで善人なのは疑う余地もないが、時折なにかを打ち明けようとし

ているような言い淀む仕草を見せたりもする。


 それでも、本人の善良さや気心の知れたやりとりはどこか心地の良い代物で、生まれて初めて“親友”と呼べる友をもったという実感があった。



まぁいつか話してくれるだろうと気楽に町を歩いていたとき、耳をつんざく警鐘が打ち鳴らされた。


「火事だ!!!」


 見上げると遠くに煙が立ち上っているのが見える。

 瞬間、ドクンと鼓動が跳ね時間が止まる。


「よりにもよって私の家の方角か……ッ!」


 あそこにはせっせと貯めたこの2年の汗の結晶が眠っている。

 慌ててその場から駆けだした。




 一縷の希望を胸に通りを走っていたところで、見知った顔が縋り付いてくる。


「大変だ!ユキさんが幼子を救いに火に飛び込んでいったっきり戻ってこねぇ!!」


「なんだって!?」


 二つの気持ちが一つしかない身体を巡ってぶつかり合う。

 ユキを助けに行くか、銭を回収しに行くか。

 茅葺きや土壁で作られた家が密集しており、炎が燃え広がって崩れるのに一刻の猶予もない。

 選べてどちらか一方だろう。



 私はなんのためにここに来た?

 ちよに気持ちを伝えるためにここまで長い時間頑張ってきたんじゃないのか?

 しかし、ここでユキを見放して、その先で後悔のない生を全うできると思うのか?

 答えの出ない問いは水車のように輪転し続け、早くなり続ける鼓動は行動を催促し続けた。



 *



「ユキさん助けて!!息子がまだ中に居るの!!」


 酒屋を営んでいる奥さんに泣きつかれて、迷いもせず飛び込んだ自分を後悔はしていない。

 ただし、倒れている幼子を見つけ息があることで安心し、一瞬でも気を抜いたのは後悔してもしきれない。

 その無防備な瞬きに過ぎない機を、まるで狙ったかのように壁が崩れてきたのだ。

 すんでの所で意識のない子供は突き飛ばせたが、あえなく自分の半身は瓦礫に埋まってしまったと言う訳だ。


「肉が潰れちゃいないぶんは御仏のご恩情かねぇ」


 とはいえ、身を捩っても全く脱出できない時点で二人とも蒸し焼きの運命だ。




 思えばここ数年は楽しかったな。と振り返る。

 元々それなりの生まれだが、人質としてこの地に送り込まれた身だ。

 何でも屋の様なことをやっていたのは、きっと誰かに頼られることで自分が無価値ではないと思いたかったんだろう。


 そんな中で出会った、風変わりな友の事も思い出す。

 声をかけたのは気まぐれと、よそ者であればお家事情には察しがつかないだろうという打算。


 しかし、不思議と馬が合ったのか、仕事を頼む以外でも呑みに繰り出したり肩を共にする時間は多くなっていった。

 望んでも手に入らないだろうと、かつて諦めた“親友”と呼べる存在なんだと、今更ながらに気がついた。


「あいつは巻き込まれなかったかな?」


 呟いた言葉は煙に呑まれ上っていき、崩れた天井となって返ってきた。

 ここまでか。

 時間がゆっくりに感じる。

 友の行く末を見届けることができないという少しの後悔。

 瓦礫が眼前に迫って――――




「蛟の如く猛り狂え!水遁!」


 まさに今、命を轢き潰さんとしていた瓦礫を巨大な水流が呑み込んだ。


「ユキ!無事か!!?」


 目の前で起こったことに理解が及ばず、その聞き馴染みのある声も現実の物とは思えなかった。


「瓦礫が……待ってろ!今どかす!」


 どうやら未だ命運は尽きておらず、ここは現実で間違いないようだ。


「一人じゃ無理だ!間柱に挟まれてる!早くあの子を連れて逃げろ!!」


 無鉄砲に俺を助けに来た親友を突っぱねる。

 目の前のあいつは逡巡した素振りを見せてこう言った。


「ここでこれから起こることを口外しないと約束してくれるか?」


 何を言っているんだという問いは、鋭い眼差しで制される。


「わかった。約束しよう」


 俺の返答に少し表情を和らげたあいつは、少し距離をとり気合いを入れるように構えをとった。

 その手がいくつもの形を作り出し、組み合わされる。


 そして――――


「万象なべて閑寂と化せ!風遁!」


 この部屋を中心に竜巻が巻き起こる。

 強風に逆らい、腕で覆った目を必死に開けながら耐える。

 いつの間にか下半身にどっしりと感じていた重さも無くなっていた。

 一瞬のようにも永遠のようにも感じたソレが落ち着いた後には、炎は一切が薙ぎ払われ、紅蓮に包まれた天幕は曇り一つ無い群青へと移り変わっていた。

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