第35話

「花火の予定時刻まで、あと十五分くらいだけど……もう始めちゃおうか」

「そうね。じゃあ、乾杯」

「乾杯」


 ラムネの瓶を軽く当て合ってから、俺たちはビー玉を落とした。

 飲み口に口をつける。

 シュワシュワと炭酸が口の中で弾けた。


「ラムネを冷蔵庫で冷やしておくなんて、いいセンスしてるわね」

「お褒めにあずかり光栄だ」


 喉を潤してから、屋台で買った食べ物に視線を移す。

 焼きそば、たこ焼き、焼き鳥、etc……。

 定番は買いそろえた。


 元々、家に帰ってから食べるつもりでいたので、屋台ではかき氷くらいしか口にしていない。

 つまりお腹が空いている。


「聖良、どれから開ける?」

「好きに食べてていいわよ。私はリンゴ飴、先に片付けるから」

「それもそうか」


 聖良はリンゴ飴を購入しており、まだそれを食べ切れていない。

 彼女が食べ終わるまで待つのも手持ち無沙汰なので、適当に食べ始めることにする。


「ねぇ、春樹君」

「うん?」


 食べ始めてしばらく。

 聖良が声を掛けてきた。

 こちらの機嫌を伺うような、猫撫で声だ。

 あまり良い予感はしない。


「どうした?」

「リンゴ飴、味見しない?」

「……もう、満腹になったのか?」


 思わず首を傾げる。

 確かに聖良はかき氷とリンゴ飴の他にも綿菓子を食べていたが、そのくらいで満腹になるほど少食だっただろうかと。


「いや、その……ちょっと、くどくなってきて……」


 聖良は目を逸らしながら言った。

 どうやら食べ飽きたらしい。


「別に食べ切れないわけじゃないけど。味見したくないかなーって?」

「……いいよ、分かった。食べてやる」


 正直に言えばりんご飴はあまり好きではないが……。

 見たところ、聖良はすでに三分の二ほど、りんご飴を食べ進めている。

 残り三分の一くらいなら、食べてやってもいい。


「ありがとう! はい、じゃあ……あーん!」

「え?」

「あーん!」


 早く食えと言わんばかりに口に押し付けられる。

 仕方がなく口を開けて、りんご飴を齧る。


「どう、美味しい?」

「……悪くはないな」


 砂糖でコーティングされただけのりんごだ。

 不味いわけがない。

 ただ、食べている途中で飽きるというだけで。


「……ごちそうさま」

「お粗末様でした」


 りんご飴を食べ終わるのと同時に、花火が打ち上がる音がした。

 揃って空を見上げる。

 薄暗い夜空に綺麗な花が咲いていた。


「わぁ、綺麗!」


 聖良は興奮した様子で立ち上がると、ベランダから身を乗り出した。

 俺も立ち上がり、彼女の隣に立つ。


「本当に良く見えるわね」


 聖良はうっとりした顔で花火を見ていた。

 何か話そうかと思ったが、集中している様子なので、黙っておく。


「……」

「……」


 二人で黙って花火を見ていると……。


「……うん?」


 ふと、肩に重みを感じた。

 花火から隣に視線を向けると、聖良が俺の肩に自分の頭を乗せていた。


「……なに?」


 目が合うと、聖良は悪戯っぽく微笑んだ。

 俺は少し動揺しながらも、視線を花火へと戻した。


「何でもない」


 そう言いながら、聖良の肩に手を回した。

 彼女の体を引き寄せる。

 抵抗はなかった。




 花火が終わった。

 もう空を眺める必要はないが、何となく俺たちは夜空を見上げていた。

 互いに体を寄せ合いながら。


「綺麗だったわね」

「……そうだな」


 お前の方が綺麗だよ。

 という台詞が一瞬浮かんだが、クサ過ぎるのでさすがに控えた。


「私、また来年も見たいわ」

「じゃあ、また来年も行こうか。祭り」

「う、うん……そう。そうなんだけど……」


 聖良は歯切れ悪そうに、モジモジと身を捩らせた。

 そして彼女は何か言いたそうに、言って欲しそうに俺の顔を見上げる。


「何?」

「えーっと、だから、その……来年もというか、これからもあなたと一緒がいいというか……」

「俺と恋人になりたいってこと?」


 からかい半分でそう尋ねる。

 月の光に照らされた彼女の顔が、真っ赤に染まる。


「そ、そういう意味じゃないわ! か、勘違いしないでよ! あなたと一緒に遊びたいってだけで、別に好きとかじゃないし。じ、自意識過剰ね……」


 聖良は早口で捲し立てると、気まずそうに目を逸らした。

 予想通りの彼女の反応に俺は思わず苦笑した。


「そうかぁ……。俺は恋人になりたかったけどな」

「え?」

「あぁ……フラれちゃったかぁ」

「い、いや、今のは、その、そういう意味じゃ……」


 聖良があたふたし始めた。

 面白いけど、これ以上、揶揄うと怒られそうだな。


「冗談だよ」

「え? じょ、冗談って……ちょ、ちょっと! 私のことを何だと……」

「聖良」


 俺は聖良に向き直ると、彼女の肩を掴んだ。

 ビクっと聖良は肩を震わせた。


「な、何!?」

「お前のことが好きだ。恋人になってくれ」


 ストレートにそう伝えると、聖良は目を大きく見開いた。


「さ、最初から素直に、そう言いなさいよ……」

「悪い。ちょっと、面白くて」

「……それにもっと、早く言っても良かったんじゃない?」

「そうかな? タイミング的には、丁度良いと思ったけど」

 

 夏祭りでデートして、花火を見てから告白。

 ムード的にもベストだと思ったけど。


「聖良はもっと、前から俺のこと、好きだった?」

「自惚れないで。そういう意味じゃないから」

「そうか? ……それで、返答は?」

「……返答?」

「恋人になってくれって、頼んでるんだから。はいか、いいえで答えて欲しいなと」


 答えは分かり切っているが……。

 様式美と言うべきか。

 やはりはっきりと、口からの返答を聞きたい。


「さて……どうしようかしらね」


 さわさわと、聖良は俺の胸板に手を這わせてきた。

 そして俺の顔を見上げる。


「告白してくるの、遅いし。意地悪してくるし。そんな人と恋人になって、私、幸せになれるかしらね……?」

「さっきのは悪かったって」

「……どうしても、私と恋人になりたいって、頼むなら、なってあげないこともないけど?」


 聖良は悪戯っぽく笑いながら、俺を見つめた。

 調子に乗り出したな、こいつ……。


「恋人になってくれないなら、お前の趣味にはもう付き合わないけど。いいか?」

「な!? な、なかなか、意地悪言うわね……」


 俺の言葉に聖良は焦り声を上げた。

 予想以上の反応だ。

 そんなに大事なところだったのか……そこ。


「分かったわ。恋人、なってあげる」

「ありがとう。じゃあ……」

「その代わり、だけど」


 気が付くと、俺たちは互いに体を密着させ、抱き合っていた。

 聖良の柔らかい胸が、俺の胸板に当たり、形を歪ませていることが分かる。


「恋人同士なら……今までよりも、過激なこと、してもいいわよね?」


 か、過激なことか……。


「具体的には?」

「それは……これから考えるけど。例えば、その……」


 そこまで言いかけて、聖良は潤んだ瞳でこちらを見上げた。

 俺はそんな彼女の顔に自分の顔を近づける。

 聖良は静かに目を閉じた。


 唇と唇が触れ合う。


「こんな感じ?」

「……うん。こんな感じ」


 聖良は小さく頷いた。


 それから俺たちは何度も、啄むようにキスをした。




_________

ひとまず、完結です。

続きは書こうと思えば書けますが、正直そんなに書くことないかなとは思っています。

後日談みたいなものは、どこかのタイミングで書きたいと思っています。


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時々履いて来ない隣の席の聖女様は、俺にだけこっそりスカートの中について教えてくれる 桜木桜 @sakuragisakura

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